無数に煌めく氷の結晶
こうして相見えるのは何度目だろう。そんなことをアイトはのんびりと考えていた。
やがて、黒き翼はアイトの元へと到達する。
「アイト・カイト、か」
いつも通りのセリフ。何度聞いても聞きなれないような、そんなムズムズするような声にもアイトは反応しない。
「貴様に用はない。我はその先へ用事があるのだ」
「だが、その用事に手を出させる訳にはいかないな。文字通り、お前に用事がなくとも、俺にはあるんだよ。なぁ、ワイギース」
厄災、ワイギース。だが、アイトはワイギースを突破できない敵だと認識しながらも、最後の戦いの前哨戦だとも捉えている。
この世界が定めた霊感定則の。
「わからんな。貴様ほどの男が、世界の運命を乱す元凶に肩入れする意味が」
世界は円滑に周り続ける。
本当の厄災は復活し、この世界を一度滅ぼす。そして、新たな世界が生まれる。そうして、世界はまわり続けていた。
「我が名はワイギース。円環の理により、世界を乱す元凶を滅ぼす者」
ワイギースは気付いている。万全のアイトと戦えば、勝てはしても重症を負うだろうと。だが、無視して進むことは造作もない。
「知らねえよ。円環の理なんて。俺は、ただ、どうしても救いたい女の子を救いたいだけの、ただそれだけの騎士だよ」
瞬間、無数の魔法がワイギースに襲いかかる。
だが、
「───くだらんな。運命に抗うとは、神にでもなったつもりか?」
その攻撃は、即座に欝散させられた。
「言っただろ?我には勝てぬと。………守りたいと言ったな?神にでも祈ってみるか?」
「俺は一生、神には祈らない」
不敵な笑みを浮かべるアイトだったが、ワイギースはつまらなそうにアイトを見るだけだった。
「気に入らんな。──── 頑張れば、すべてがなんとかなると思っているその、傲岸不遜な態度………わからないのか?貴様の行動は、無意味であると」
くだらなさそうな声にも、アイトは揺るがない。それどころか────笑ってしまいそうな表情筋を抑えるので必死だった。
「邪魔しなければ、今貴様を殺す理由もないな。見逃してやるから消えるなら消えるがよい………」
「───ククク………」
だが、そんなワイギースのセリフに、アイトは笑いを堪えることができず、ついに笑ってしまった。
「なにが可笑しい?」
「可笑しいに決まってるだろ………ただ、一つ言えることがあるな………」
「………なんだ?」
「────お前はもう、………終わってるんだよ」
瞬間、二人の周りを雪の結晶が舞った。
「!?」
ワイギースは驚愕し、アイトは薄く笑みを浮かべる。
「お待たせ、アイト」
そう言いながら、少女は天から舞い降りた。
「───遅いぞ、レベッカ」
「むぅー………これでもはやく来たんだよ!」
少女───レベッカは空からアイトの隣に降り立った。その優雅で可憐な姿は、アイトとワイギースの思考、視線を一身に浴び、奪うほどに。
「───ところで、なんで雪の結晶なんだ?」
「え?だって………綺麗でしょ?」
そんな漠然とした理由だけで降らされた雪も不憫なものだ。
「───おい」
と、そこで意識を復活させたワイギースがレベッカに対して声を発した。
「………なに?」
「───まさか貴様、そんなくだらぬ理由で、我相手に無駄に魔力を消耗したというのか?我を舐めてるのか?」
「無駄なことじゃないもん!パフォーマにとって、ステージ作りは必要なことだもん!」
「知らぬわそんなもの」
だが、客観的に見てもレベッカがワイギースを舐めてるように見えるのは仕方の無いことでもある。
「まあ、いいだろう。覚醒したといっても、まだ慣れておらぬ筈。直ぐに始末してみせよう」
そうしてワイギースは、殺気を全力で放出するが。
「───なんでだろうね。………きっと、強いはずなのに、怖いはずなのに」
レベッカはそう言いながらアイトの手を握る。
「負ける気しないや」
そうして、笑顔でそう言い切った。
「………そうだな」
アイトもまた、レベッカの手を握り返す。
「時間は?」
「一分」
「十分だ」
その短い会話だけで、互いの意図を察した二人は、それぞれワイギースに視線を向ける。
そして、三人は同時に衝突した。
■■■
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
最初に吹き飛ばされたのはレベッカだった。
流石に覚醒したといっても、まだ数秒。戦闘経験は皆無。そんな状態で、その力を存分に振るうことなど不可能だったのだ。
「やはり脆弱。その身を完全体に至らせるまで身を隠さなかったこと、理解に苦しみます」
そうしてワイギースは、レベッカに接近して首を撥ねようとしたが、
「そうはさせねえよ!」
ワイギースが振るおうとした刃は、アイトの刀に止められた。そして
「ワイギースがここにいる筈がない。なぜなら」
アイトが呟き出した言葉の一部を聞き、ワイギースはアイトの体を切り刻んだが、もう遅い。
アイトは一瞬にして、自分が死んだ事実を嘘にすると、残りの言葉を紡いだ。
「なぜなら、彼は今世界の果てまで散歩に行っているからだ!」
言葉が完成された瞬間、ワイギースの姿は消えた。まるで、元からそこにいなかったかのように。
だが、そんなことがワイギースにとっては無意味な行為であることはアイトもわかっている。
(さっきよりも、馴染んできてる………)
だが、レベッカとアイトにとっては無意味ではなかった。
「笑止」
既に座標を覚えていたワイギースはその場に転移し、レベッカへの攻撃を仕掛けるが、ガキンッッ!という音がなって、ワイギースの刃を、レベッカが素手で受け止めた。
「なっ!?」
驚愕するワイギースを置いて、レベッカは首元を掴み取ると、そのまま地に向かって投げ飛ばした。
「この程度………」
ワイギースの予想外に、レベッカの覚醒がその体に適応しつつあるのには驚愕したが、まだ自分に敵うほどではないと判断し、一度折り返すために体の向きを変えようとして、
「───」
雷速で接近してくるアイトが視界に入った。
「愚かな………」
それでもワイギースは、雷速の攻撃を喰らってもダメージはかすり傷に等しく、カウンターを狙ってアイトの接近を待った。
「来い」
そして油断したワイギースの肉体に、
「火雷斬」
アイトの渾身の一撃が炸裂した。
「ガバッ!」
肉体だけでなく、魂にまで強烈な一撃を喰らい、ワイギースは下に落ちる。
「一刀流、奥義───」
だが、アイトはそこへ追撃を加える。だが、ワイギースには見えていた。アイトの刀が、レベッカとの戦いで既に消耗し、先程の攻撃で既にボロボロだということが。
その瞬間、勝ちを確信して、アイトが刀を投げ捨てた瞬間に、混乱がワイギースの頭の中を渦巻いた。
「………は?」
久しく出すことのなかった困惑の声。だが、アイトは空いた手を広げて。
「アイト!」
そう言いながらレベッカがピンク色の刀を投げ飛ばした瞬間に、全てを悟った。そして
「消え失せろ」
アイトの半身を消し飛ばした。これでアイトは刀を掴むことはできず、そのために恩恵を発動しようにも、タイムラグがあるアイトの恩恵では、ワイギース相手に勝利を掴み取る事はできないと考えていた。
「一刀無限斬」
アイトが消し飛ばしたはずの手で刀を持ってワイギースを攻撃するまでは。
「────」
ワイギースはもう、驚愕しようにも驚愕できない。
アイトは、レベッカの聖火のオーラによって既に体を守られていた。そして幻影魔法によってアイトの半身が吹き飛んだように見せたのだ。
驚愕するワイギースを他所に、アイトの斬撃は無限に続く。
一刀流奥義────一刀無限斬。
アイトが開発した、剣士として最も美しい型。
無駄に二撃、三撃と加えることなく、攻撃する技。即ち、沢山斬って一刀両断する。
それが一刀無限斬。この一連鎖は、反撃する間もなく、相手の10割を消し去る。
そして、その無限の斬撃は、レベッカの授けた剣の寿命によって中断された。
「ゲハッ」
ワイギースは、完全にその肉体の九割を消滅していた。
だが、ワイギースは生きている。
「跪け」
そう言って繰り出すは極大の魔法。
だが、上空にいるアイトに向かって放たれた魔法は、ポスッという音を立てて、消滅した。
「………は?」
そこには、なにもなかった筈だ。例えば、今降っている雪はあったのかもしれない。だが、それだけだ。それ以外には………
「───まさか………」
そしてワイギースは気付いた。
「貴様か!?」
全て、レベッカの仕業だと。
「だとしたら、なに?」
可愛らしい表情で首を傾げるが、ワイギースにそんなものは通用しない。
即座に上空まで飛び立つと、掌をレベッカに向ける。
「この雪がなんの役割を果たしているのかはわからぬが………」
レベッカに向けていた掌を天に向けると、極大の炎魔法が浮かんだ。
「我は厄災へと導くもの。故に、我こそが最強。そして、冥土の土産に、見よ。これが世界最高の到達点、生命の限界点である」
そう言って放たれた極大の魔法。驚愕すると思われたが、アイトはそれを無表情で見ており、レベッカは
「ただ、威力が高いだけの魔法でしょ?何が生命の限界点、よ。それは、ただのあなたの限界点でしょ?」
ワイギースの魔法が消し飛ばされ、レベッカが放った聖火の一撃がワイギースに直撃した。
「────っが!?はぁ!?なんだこの威力!?貴様!何を放った!?」
何を、と言われても、レベッカからしてみると、適当に手頃な攻撃を選択しただけだった。故に、
「えっと、ごめんね?威力間違えちゃって………練習がてらもう一度撃ってもいい?」
だが、それにはさすがのワイギースも否定する。
「は!?巫山戯るな!世界の裁定者として任命された、この我が!下等種族の遊び気分の攻撃で殺されたりたまるか………」
だが、その言葉は、最後まで紡がれることなく、ワイギースの体は消し飛ばされた。
「綺麗な花火だね」
そんな、レベッカの呑気な言葉を残して。