この想いよあなたに届け
記念すべき100話目です
散々引きこもっていた底穴から遂にアイトは出てきた。
「………」
だが、その顔に喜びも不安も悲しみも、なにもなかった。
ただ、無表情。無関心だった。それだけだった。
「太陽、久しぶりですね………」
今まで出てくることはあっても夜中ばかりだったので、なんだか新鮮な気持ちには、ならなかった。
アイトはため息を吐きながら再度歩き出す。
集合場所はアイトも知っている場所。
そう考えながら、昨夜レベッカが言った言葉を思い出す。
覚悟を決めた、そんな声を。
「懐かしい、ですね………」
レベッカがアイトに挑んできたことは過去二回あった。一度目はループ開始から9億1413万5903回目だ。その時は単身で挑んできて、アイトが圧勝した。
2回目はそれから305億8045万4735回経過した時だった。その時は何人ものメンバーで倒しに来たが、それもアイトが完封した。
2回目のレベッカの挑戦から1020億7466万4308回経過している。
今回も失敗かと思いながらも、どこでなにが変わるのかわからない。なにより、今回は戦う前にデートに誘ってきた。
「なにかが、変わるかもしれませんね」
淡い期待を抱きながらアイトはレベッカに会うために向かった。
■■■
鏡に映る自身の顔は、傍目に見てもわかるほどに落ち着かない様子だった。
目線はきょろきょろと定まらず、挙動不審に手足を動かしては衣服の乱れがないかと確認する少女は不安を露わにしている。鏡の前に立つレベッカは、どことなく緊張したような面持ちで上から下まで姿見に映る自身の姿を見つめていた。
そんなレベッカの様子をチノはため息を吐きながら見ていた。だが、そのレベッカの衣装はチノが用意したこともあり、そのため息の裏には満足そうな表情を浮かべており、どこか浮足立ったレベッカに微笑みを浮かべ声をかける。
「準備はできた?」
「あ、チノ。うん。大丈夫だとは、思うんだけど………どこが変なところない?こんな服、来たこともないからよく分からなくて。似合うかどうか………」
「似合うに決まってるじゃん!フィアラも、今や立派なパフォーマーなんだから、しっかりと自信を持って!」
チノの審美眼を持ってして用意した衣服を着たレベッカの容姿にチノは、落ち着きなさそうな感じでクルクルと回っているレベッカに100点満点の太鼓判を押した。
「元々の素材もいいし、フィアラが東奔西走している間に集めたかいもあって素敵に仕上がってるね。あ、新しく測ったサイズに合わせた下着も幾つか見繕っておいたから」
「本当に、なにからなにまでありがとう!チノにも、みんなにも助けて貰って………」
「それは、全部終わってから言う台詞でしょ?それに、今回の一件は私も思うところがあるからね」
チノは、レベッカから断片的にだがアイトとの事は話している。だからこそ、思うところもあるし、全力で力を貸すのだ。
「頑張ってねフィアラ」
「うん」
チノは一度目を逸らした。着替えているのはチノの自室。そして壁にはナイルと、チノと、レベッカで海に行った時の写真が飾られている。
「………フィアラの選択は、決して楽なものじゃないと思うの。だけど、やると決めたなら私たちは全力で応援するだけだからね。どうせ、後悔なんてどんな選択をしても纏わりついてくるんだし、全力でぶつかって来てね。お洒落も、恋も、喧嘩も、ね?」
「うん。本当に、ありがとう」
そうして身支度を整えたレベッカは二階から一階へと降りる。
アイトとの約束の時は近い。身支度を整えたレベッカは再度振り返ると、チノに頭を下げる。
「本当に、なにからなにまでありがとう!おじさんにも、言っておいて!」
「うん。二人が帰ってくるの、待ってるから」
そう言って、チノは元気にレベッカを送り出した。
家の外に出たレベッカは切り札の確認をする。
沢山の人から預かった『鏃』。使い所を間違えるとダメだが、出し惜しみはもっとダメだ。慎重に、それでいて出し惜しみせずに。
レベッカは元気に一歩を踏み出した。
■■■
集合場所はルーズ領の入口。ヴァインヒルトが屋敷を爆破した影響でルーズ家は終わったかと思われたが、フーラ家とリリルナ家が全面的に支援してくれたお陰で最低限貴族家としては復興しつつある。
そんな領地の前で二人が再会した。
「………」
「………」
二人の間には気まずい雰囲気が流れる。お互いどう話し始めればいいのかわからず、沈黙しているが、両者ともこのまま沈黙では不味いと感じていた。
「は、はやいね!もしかして、待たせちゃった………?」
「いえ、僕も今来たばかりです………。ですが、レベッカもはやいですね。予定の一時間前ですよ?」
「………待たせたくなくて、つい………」
「………まあ、僕も似たようなものですよ」
チノの全面協力もあって、身支度はすぐに整え終わり、気が逸ったレベッカは示し合わせた時間よりずっと前の時間帯に到着していた。誤魔化すように微笑んで眉尻を弛める彼女に毒気の抜けたような表情で息を吐いた少年は、くいと指で入口の方を指し示す。
「行きましょうか。時間は有限です。まだ朝食を食べていないのでしたら、軽く食べに行きましょう」
「あ、うん!」
そうしてなんやかんや始まったデート。場所は初めての頃と同じルーズ領となった。
ルーズ領に入って、最初はどこに行こうかなとなったのだが、アイトは露骨にレベッカの方を見ようとしない。
「………アイト」
「ああ、すみません。………そうですよね。せっかくの、デートですし………」
アイトは僅かな困惑と共に返事をし、レベッカの頭を優しく撫でる。
ずっと、ずっと小さいときから一緒だった彼の手の感触は、ほんの半月程度しか離れていなかった筈なのにひどく懐かしいと感じた。
「………これで、最後ですしね」
「────」
それは違うよ、と口に仕掛けた言葉を呑み込む。
────今はまだ、その時ではなかった。
「ねえ、アイト。最初は、あそこに行こうよ!」
そう言ってレベッカに連れて来られたのはパフォーマンス会場だった。
「こんなものができたのですね」
「うん。リリルナ家が支援してくれるようになってからできたんだって。パフォーマーの全国進出の第一歩だって」
パフォーマーの需要はそこそこあるが、まだ民衆に親しまれているほどでは無い。故にこうして少しづつ拡大しているのだ。
「そういえばレベッカもパフォーマーでしたね?」
「うん。マスタークラスまで上り詰めたよ。ユニットで、だけどね………」
まだソロだとノーマルランクのレベッカだが、それでも誇るべき偉業だ。
「そ、そんなことより中に入ろ!」
そうして二人とも中に入ってパフォーマンスを見る。
「さすがに派手な演出はなかったけど楽しめたね!」
「そうですね。僕にとっても新鮮でした」
そんな会話をしながら二人は会場を出る。
パフォーマンスは、ノーマルランクのみが出場していたので盛り上がりこそリリルナ領に比べれば劣るが、それでも十分に楽しめるものだった。
そうして、ルーズ領にある色々な観光スポットを周り、最後に二人がピクニックに出かけた湖に来た。
アイトがレベッカを手紙で呼び出した、湖に。
「アイト。今日は、楽しかったね」
沈む夕日を眺めながらレベッカはそう呟く。
「そう、ですね………」
アイトもレベッカの言葉に静かに返す。
「僕も、久しぶりに時間を忘れてしまいました」
「うん。私も本当に楽しかった………」
二人の間に、短い沈黙が流れる。
「ねぇ、アイト。私アイトのこと好きになったこと、後悔したことないよ。今までも、この先も。一度だって後悔することは無いから」
「ありがとうございます」
「………でも、ごめんなさい」
そうして二人の楽しい時間は終わった。
レベッカから感じる雰囲気に、アイトはなにが起こるかを理解しながらも会話を続ける。
「………本気、ですか?」
「もちろん」
「………手心は、加えられませんよ」
「アイトが私を想ってくれてるのと同じように、私も、大切な人たちと未来を掴み取りたいから」
そのレベッカの瞳には今まで感じ取れなかった覚悟が浮かんでいた。
そしてレベッカが指を鳴らすと、周囲に巨大な鏡が展開された。
「私ね、今日みたいなデートを、今日で最後にするつもりはないから」
「アイトとずっと一緒にいたい。今度は、もっと遠出したい。温泉だって行ってみたいし、他国だって行ってみたい。友達も誘って、みんなで遊びたい。みんなと一緒に料理を食べて、一緒に遊んで、一日にあったことをみんなで話して、笑って、泣いて、喜んで………そんな日々をあなたと一緒に送りたいから。そんな日常をあなたと過ごしたいから」
「だから、ね」
「私は、大切な人達がそばに居てくれないとダメなんだ」
「チノやナイル、ルルアリア姉様とももっと話したい」
「でも、そのためにはアイトも隣にいないとダメ。アイトは、私にもっと欲張ってもいいって言ってくれたけど、私って、思ってたよりもずっと、欲張りだったみたい」
「だから────」
だから────全力で倒すね。
瞬間、全ての鏡が光り輝き、鏡の中から無数のレベッカが飛び出してくる。
鏡は全方位に展開されている。つまり、四方八方からレベッカが飛び出し、ありとあらゆる武装で攻撃を仕掛けてくる。だが、その全てを切り捨てたアイトは、鏡の一枚を破壊しながら問いかける。
「この程度で、僕に勝てると?」
間髪入れずに鏡が全て崩壊させられ、レベッカのコピーが蹂躙される。
その様子をレベッカは上空から見落としながらも準備を怠らない。次へと繋ぐ一撃を加え続ける。
「………勝つよ」
小さく呟かれた決意を新たにそれを成すために少女は全力を尽くす。
「私は………絶対に負けない」