#9「そして生徒たちは知る」
「――と、このようにヒューロ・ヘッツェファーは魔法の使い方を確立していきました」
ヨランダは眼鏡をクイッと正し、話を終える。生徒たちもみな真剣に聞いていたようで、教室内には静寂が漂っていた。
その静寂を破るように授業終了の鐘が鳴り響く。
「では、今日はここまで。次回からは通常通り授業を行いますのでそのつもりで」
ヨランダがそう言うと、教室内から「え~」という残念そうな声が響く。中にはブーイングを行う生徒もいた。しかしヨランダは毅然とした態度を崩さずにその生徒たちを見据えた。
「よろしい。今不適切な行動ととった者は覚えておきました。あとで私の部屋に来なさい。居残りの課題をプレゼントします」
反抗していた生徒たちはみな静まり返り、頭を抱える者まで出始めた。そんな生徒たちをしり目に、ヨランダは教室から出ていってしまった。トキオも急いで教科書等をしまい、その後を追って教室を飛び出た。
「ヨランダ先生」
廊下を歩いていたヨランダは駆けつけるトキオに振り返る。
「なんですか?トキオ・クレイス」
「さっきの話の続き、聞きたいんですけど」
「ダメです。次回からは通常通り授業を・・・」
真剣な眼差しで彼女を見つめるトキオに、ヨランダは言葉に詰まってしまう。そして「はあ」とため息を吐くと言葉を続けた。
「分かりました。では、放課後に私の部屋に来なさい。そこの二人も来ていいですよ」
トキオが振り返ると、柱の裏にレオとソフィアが隠れていた。レオは「あはは、ばれてら」と頭を掻いている。
「それとトキオ・クレイス」
ヨランダの視線はもう一度トキオに戻る。トキオは「はい」と短く返事をすると、姿勢を正した。
「廊下は走ってはいけませんよ」
ヨランダはクスと微笑むと優しい声音でそう注意した。それを聞いていた後ろの二人組はプッと噴き出していた。
時は過ぎ、トキオたちは放課後を迎えていた。先程のヒューロの話の続きが気になり、トキオはレオとソフィアと三人で先生たちの住まう北塔へと向かっていた。
「で、そのとき変身魔法が解けてミラだってバレちゃたの」
「ハハ、最悪のタイミングだな」
三人は楽しげな会話をしながら北塔に続く石造りの橋を渡る。
トキオは話に夢中になっており、進行方向に背を向けながら歩いていた。すると、ドンッと誰かにぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい」
トキオはぶつかって直ぐに謝った。すると向こうはいいよとでもいうように手を軽く挙げた。申し訳ないことをしたなとトキオが思い視線を下げると、真下に白い手袋が落ちていた。
「あの!手袋落としましたよ」
トキオはまだ遠くへ行っていないその人物へと声を掛ける。すると、心当たりがあったのか、すぐさまくるりと振り返ってその人物が戻ってきた。
先程はぶつかっただけで特に気にもしなかったが、こちらに近付いてきたため、容姿がはっきりとしてくる。黒い髪に整った顔立ちの少年。背丈の高さから見るに、トキオたちの上級生であろうことが伺えた。
その人物はトキオたちの前で立ち止まるとニコッと笑みを堪えた。
「拾ってくれてありがとう。トキオ・クレイス君」
トキオたちとはそれほど歳は離れていないはずなのに、落ち着きのある声で彼は話した。
「いえ、こちらこそぶつかってごめんなさい」
トキオの丁寧な返しに「いいよ」とだけ言って彼は踵を返す。ある程度遠くまで行ったところでレオがぼそぼそと彼に聞こえないように話し始める。
「おい、さっきのってエイデン・イビルライトじゃないのか?」
「エイデン・イビルライト?」
ソフィアは顎に人差し指を当てて頭をコテンと傾けた。
「知らないのかよ、純白の騎士」
「純白の騎士?」
「何でも白に関する魔法を使うらしいって。前にそれで上級生を十人以上ボコったって・・・」
レオはあわあわと口を動かした。
「へえ、そうなんだ」
「なんでお前は平気なんだよ」
「え?なんで?」
トキオは首を傾げて聞き返す。
「なんでって、お前あのエイデン・イビルライトにぶつかったんだぞ?それに何故か名前も覚えられてるし・・・。後で呼び出されてボコられるかもしれないぞ・・・」
「大丈夫だよ。あの人優しそうだったし」
慌てるレオに対しトキオは落ち着いて返す。しかし、トキオにはもう一つ不気味に思うことがあった。エイデン、彼を認識した瞬間から、カラスの鳴き声が絶えず鳴り響いていたのだ。
橋を渡り終え、北塔に辿り着いた三人は、塔の螺旋階段を上がり、ヨランダの部屋がある七階までやってきた。
赤く塗られた木製のドアをコンコンとノックするトキオ。すると中から「どうぞ」と返事が返って来る。
中に入ると、ヨランダが職務壁の肖像画を見ながら立っていた。
「どうぞ座って」
そうヨランダが三人に促すと、壁際にあった椅子が一人でに動き出し、三人の足元にやってきた。赤い派手な椅子に座る三人。高級なものを使っているからか座り心地はとても良かった。
「さて、話の続きをする前に、三人に聞きたいことがあります」
ヨランダがティーポットを指差すと、それが浮き上がり、三人の前に差し出されたティーカップに紅茶を順番に注ぎ始めた。それを見届けるとトキオは話を戻す。
「聞きたいことって何ですか先生」
「それは、なぜあなたたちがこの話に興味を持ったかです。レオ・グリーン、あなたは?」
紅茶を啜っていたレオは簡潔に答える。
「素直に面白いと思ったから」
その答えを受け、ヨランダは目を瞑る。
「そうですか。ではソフィア・ロペスあなたは?」
同じく紅茶を啜っていたソフィアは飲みかけの紅茶を置き、静かに答える。
「私たちが学んでいる魔法の基礎と、ヒューロが発見した法則が少し異なっていたので、それが気になりました」
「そうですか、それはこれからのお話で明らかになります。では、トキオ・クレイス、あなたは?」
真ん中に座っていたトキオは一瞬下を向き、考えるような仕草をとる。そして数瞬の間の後に顔を上げて言い放った。
「理由は分かりませんが、聞かなければならない気がして・・・」
それらを受けてヨランダはもう一度目を瞑る。そして数秒間何かを考え込むような顔をした。そして目を開けると、今度は三人を見据える。
「分かりました。やはりあなたたちがここに来るのは必然のようですね。その理由も後で分かることでしょう。さあ、話の続きをしましょう」
そう言うとヨランダは椅子に腰かけ、話を再開した。
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