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世間知らずの彼女は背負うモノが多すぎる  作者: 春巻
別れと出会い
5/8

1.04 逃走



「待てよ…!おい!!」



 周りの人混みを押し退けながら一直線に走り前へと進む。やっと、やっとの思いで見つけた。この機を逃す訳にはいかない。



「うわ、あぶなっ」


「すんません…!、っくそ…」



 しかし、そんな思いを拒もうとする人混みは何度も目の前を遮ってくる。それは俺と二人の親友との関係を断ち切ろうとする様に。

 進めば進む程二人との距離は段々と離れていく。それでも視界から姿が消え無い様に必死に縋り付く体は自然と前に出る。



「はぁ、はぁ…っくそ!」



 息切れ動悸が激しい、それに体と体が打つかる度に電流が走る痛みを感じる。この体で無茶をしたらそうなるに決まっていたが、ここまで酷いとは。だが気にしていたら切りが無い。 

 包帯を巻いた右腕やまだ治りきっていない体を酷使しながら前へ前へと突き進む。



「あー…畜生…」



 道を進んだ先にはライブを待つ人溜まりが先程よりも完成しており、二人の姿を隠す様に俺の視界から消えてしまう。

 更に奥を見渡すが座った人達の中にいる気配はない。馬鹿兎の人混みや多数で群れる事を避ける一匹狼の様な習性を考え、もう一度周囲を警戒する。



「――!!」



 するとライブ会場の横から少し離れた所に見えた避難口のドアを開けて出ていく亜弥の姿が見えた。方向を変えて再び人混みを掻き分けていく。




「っ…逃がすかよ…俺がどれだけ探したと…!」




 ずっと探していた二人の親友――。入院してる最中にまででも内緒で外出をして探し回っても見つからなかった二人を、今ここで見失ったらきっと次が無い。

 体から警告される痛みは俺を必死に止めようとしてくるが、それに反して無理をしてでも動かそうとする気持ちを脳が極限まで高める。

 そうして湧き上がる気持ちを全面に押し出して避難口の前に到着する。中へ入るとそこにはどこか屋外に出るための薄暗い上りの鉄階段が上へと繋がっていた。



「しんどいなぁ…ぁ゛あ゛ーー!!畜生!!」



 体が火照り暑い、熱でもあるのだろうか。後ろから足を掴んで引き摺る様に体の内側から骨が疼く音まで聞こえ始めてくる。

 だが直ぐそこまで来ているんだ。もう少しの辛抱、我慢しろ。痛みや熱等の疲労を全て無視して全力で上まで駆け上がって行く――。



「はぁはぁ…!」



 階段を上がる最中、走馬灯の様に思い出される三人の記憶。熱のせいなのか、ふわふわとした頭に一つ一つの光景が鮮明に思い出されていく。

 いつもの名前すら知らない神社で当たり前の様に遊兎とする喧嘩を母親の様な目で見ている亜弥。本気と言えど、どちらかをひれ伏せさせる程度の優しい喧嘩。俺達にとってその程度は戯れ合うのと変わらない、その程度の喧嘩ならいくらでもしてきた。だがその度体中はボロボロになり亜弥に迷惑をかけていた――。



「――どう考えても馬鹿兎が悪いだろ!」


「はぁ?ならもう一回やるかぁ?!」


「ストップ、ストップー。ほら、まずは獏!湿布貼るよー。えいやー!」


「いでぇーーー!!!!」



 喧嘩をした後は必ず亜弥が俺達の怪我を見てくれた。そしていつの間にか仲直り、それがいつもの流れだった。

 どれだけ喧嘩しようと、何度も遊兎が持ってくる大変な事件に巻き込まれても、亜弥が笑ってくれるから俺達はずっと仲良く出来てたのかもしれない。


 

「いつか取り返しつかなくなるよー、もー」


「良いんだよ、こんな馬鹿兎いなくなっても。たまには俺達だけで何かしようぜ」


「は?仲間はずれってか?面かせよぉ、もう一回やろうぜー」


 いつだったかも分からない日常。


「だからもー、だめだってばー」



 ――でも、この後の言葉だけは鮮明に覚えてる。 




()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 ずっと仲良し、亜弥はそんな言葉を幼い頃からよく使っていた。まるで言い聞かせる様に、約束などした事ないのだが。その言葉に俺は特別な思いを感じた事は一度もない、でも今となっては特別に感じてしまう。



 ――それはその約束を俺が最初に破ってしまったから――



 俺はいつの間にか亜弥の事が好きになってた。理由などない、()()()()()()()。亜弥の言う仲良しではなく、愛していると言う意味での好き。でもそれは遊兎も同じだった。

 その気持ちを俺は殺しきれず、そして遊兎へと誘発した。そしてあの喧嘩と言うには程遠い殺伐とした殺し合いが生まれた。

 確かに俺が三人の関係にヒビを入れてしまった事は悪いと思ってる。でも応援すると言った癖に裏切った遊兎を許す気はない。会ったら絶対に殴り殺してやる。だがそれはいつもと一緒。遊兎を許した事なんて一度もない、そうしていつの間にか解決しているはずだった。




『ごめんね』




 何が違うのか、それは亜弥が笑っていなかった事と二人で何も言わず消えた事。

 喧嘩をしたのは確かに決別を意味していた。その時は確かに殺してやる――、もう二度と顔を合わせないと思いながら殺り合っていた――()()()()()()

 なのに今の俺は二人を永遠と探し続けている。どうでも良いと思っていても頭と体が勝手に動いて、いつの間にか二人の事を考えている。



 ――言葉にはしたくないが寂しいんだと思う。あの二人がいない日常が――



 遊兎に怒ったのは裏切られた事であり、亜弥が遊兎を選んだならそれはそれで良かった。言い訳かもしれないけど、本当にそう思っている。

 亜弥が何を考えているかが分からない。遊兎を選んだにせよ何で二人で消えたのか、いつもの様に何で笑ってくれなかったのか。

 俺は亜弥が何とかしてくれるとずっと甘えていたのかもしれない、その結果二人が消えた。居なくなってから気づく喪失感。そして喧嘩をした事への後悔。

 ダサいかもしれない、それでも。もう一度あの日常に俺は戻りたいと思ってしまう。いつも通り有耶無耶になって、喧嘩する俺と遊兎の間に亜弥が笑って居てくれればそれ以上は何もいらないから。



――意識はフラフラとしながらも、足音を強く鳴らしながら長い鉄階段を駆け上がりきった。一番上に到着すると鉄階段は床の様に広がっており、直ぐ目の前にあるドアを疲弊しながらも強く蹴り飛ばした。



「くそっ!マジかよ――」



 勢いよく開かれるドアから差し込む眩しい光、そこは再び人混みが広がった景色がひらける。人混みの先には更に人との距離が少ししか空いていない混雑した十字路が見える。

 ここは先程とは別の更に大きな商業施設なのだろうか。同じ様な作りだが何だか入ってる店の色や社員の雰囲気が違う。

 周りを見渡すが人数の多さに絶望してしまう。頭はまだ体を動かそうとするが、これ以上はもう体はついて来てくれなかった。この先は自分の足で探しても無駄だと思い、ポケットに入ったスマホを開く。そして急いで電話帳から河西亜弥を選び、通話を掛けた。



「…出ろよ」



 コール音が長い時間続く――。その間にも無駄だと分かっていても周りには目線を配らせながらゆっくりと周囲を歩き続けた。探している事がバレたくないあまりに連絡を取っていなかったが、今はそんな事も言ってられない。



「早くしろよ…!!」



 早くなっていく足音、プルルと繰り返し鳴るコール音がいっそ焦りを加速させる。




「――ップ。…久しぶり」




 ――歩く人混みの中、俺の足が完全に止まる。




「…もしもし?」




 まるで俺だけの世界から隔離された様な空間。集中する耳から唯一聞こえてくる安心するような聞き慣れた声。やっとの事で繋がったスマホに勢いよく声をかける。



「おい!今どこだ!?」


「…」



 しかしその一言で黙ってしまう亜弥。その間に分析をする――、通話音から聞こえる音からするに既にこの場所にはいない。人混みの声も聞こえない、車の音がするので既に外だろうか。



「なんで黙ってんだよ、どこ居るって聞いてんだよ!なんで逃げるんだ!」


「…ごめんね、今はまだ会えないの。もう少ししたら戻るから。じゃあね」


「もう少しって、おい!!」



 やっとの事で繋がった会話が僅か数秒で終わり、ツーッツーッと通話が切れた呆気ない音が耳元で鳴り響く。スマホを耳からそっと外すと止まっていた時間が動き出し、当たり前の元の世界に戻ってくる――。



「おい…てば…!」



 スマホの画面を見るとロック画面に戻っていた。そこには皮肉にも相変わらず馬鹿な顔をして映る三人の姿――、画面をそっと閉じる。

 亜弥の声に安心感を感じていた耳には、古い床を強く踏みしめる様な不快な音が塞がった口から聞こえてくる。

 今にでも倒れそうな足を引き摺りながら非常口の鉄階段へと戻り、一番上の足場の大きな鉄の床にスマホを叩きつけた。



「ックソ!!!」



 全てが無駄に終わり、悔しさを押し殺す様な怒鳴り声と共にスマホが階段の下へ落ちていく。



「なんで…なんだよ…!!」



 やっとの思いで見つけたのに、亜弥のもう少しと言う元気の無い言葉に苛つきが増していく。自分がやった事に反省なんてしていない。でも俺は後悔はしている。心に空いた穴が更に大きく、後悔が重りのように背中に襲いかかる。



 それはまるで自分が犯した罪の様に――。



「何なんだよ、俺は…」



 階段に座りに項垂れる。上がった息が整うまで、痛みを感じる体と心を癒やす為、再び癒しを求め世界から隔離させて欲しいと、ゆっくりと意識が閉じようとする。



「はぁ…、少し寝よう…」



 体は唸りを上げており、分かってはいたが体力にも限界が来ている。静かに――、深く眠りにつく様に――、重い瞼が落ちていく――。

カクヨムに掲載されている内容はここまでです。今週にもう一話投稿します!

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