1.03 目撃
§§
「――ッチ…」
「だから悪かったって、機嫌直せよ。ほらメニュー、好きなの頼めよ」
テーブル越しに不機嫌そうな顔をしながらソファーに座っている裕子。俺の差し出したメニュー表を力尽くで奪い取り、テーブルに置かれたボタンを渾身の力で勢い良く押す。
「あ゛ぁ゛?何であんたが上から目線なの?殺されたいの?」
「こ、壊れますよ…?」
すると店内に響く呼び出し音なのかそれともボタンを破壊するか如く力強い音に反応して、直ぐに気を利かせた笑顔の店員が寄ってきた。
「激盛りピュアピュアチョコレートパフェ、チェリエード、ストロベリーケーキ、それとー、このパンケーキとー」
「ちょ、そんなもんで…」
「あ゛ぁ゛?!?!」
「…」
「後ですね――」
裕子の獲物を狩る様な威圧に俺と店員は圧倒される。威圧に負けて口が出せない俺を見て、堂々とした態度で次々と注文を再開する――。呪文のように詠唱される単語は本当にこのメニュー表に書いてあるのだろうか、長すぎて何処で単語を区切るのか分からなくなってきた。
「そ…そろそ」
「黙ってなさい、反省してないの?」
この場での人権は俺にはないらしい。確かにショッピングモールに着くまで無視してたのは悪かったとは思う。けどこんな仕打ちを受けるとは思っても見なかった。
「まぁこんなもんで許してやるか。ほらあんたも決めろ」
「俺はミートパスタで…」
財布の中が尽きるの恐れて一番量の多そうなメニューを選ばせて頂いた。
注文を取り終えた店員はニコニコと軽く会釈して逃げる様に消え去って行く。取り敢えずこういう時は取り敢えず謝罪から入ろう。今朝学校で学んだ事だ、これも立派な学習だな。
「す、すみませんでした」
「何が」
「その、無視し続けて…。悪気があった訳では無くてですね…、そのぉ…」
裕子は机に置かれた水と氷の入ったコップをテーブルの上でカラカラと態とらしく回しながら俺の話を聞く。そしてコップを机に置き、鞄から何か雑誌を取り出して俺に見せて来た。
「これ」
「…?」
雑誌に映るのは銀色の変わったデザインをしたハート型の二連ピアス。これがどうしたと言うのだろうか。
「買いなさい、私の為に。誠心誠意を込めて、有り難く」
「は?!これ以上俺の財布の中身を食い散らかす気か!?!?」
「これ以上って、ここの会計は払わなくていいわよ。けど、これ買ってくれたら許してあげる」
「まぁ…なら良いけど」
「なら良し!!」
恐る恐る店員が飲み物から順々に頼んだ商品を持ってくる。机の上には大量のスイーツが並べられ、俺の前にはポツンと大盛りのパスタが置かれた。
「いただきまーーす!!」
「いただきます…」
キラキラと目を光らせながら食事を始める裕子。俺は窓から外の様子を見ながら優雅にパスタを食べる。外には沢山の人が少し混雑した電車内の様な道を歩き、その周りにはアパレルショップが幾つも立ち並んでいた。
――駅地下のショッピングモールに遠着した俺は直ぐにでも遊兎達を探そうと歩き回っていたのだが、道の途中で痺れを切らした裕子は俺の首根っこを力強く掴んで引き摺っていく。
そうしてそのまま引っ張られる形でこのお洒落な喫茶店に入店させられた。俺はもう少しジャンクな物を食べたかったのだがそんな文句が言えるはずもなく――、俺達の主従の様な光景に驚いた周りの目線など気にもしない裕子は俺を放り投げて堂々と椅子に座った。
そうして今の状況に至る。こうなるなら最初から飲食店に入って昼飯を食べた後に探し始めれ良かったと今更後悔していた。
「おい、最初っからご飯食べに来れば機嫌良かったのにとか思ってるでしょ」
「…」
「私も骨の一本ぐらい貰っていいかしら」
「すいません…」
初めて来た喫茶店だったがパスタが非常に美味しい。量もそこそこあるのにリーズナブルなお値段設定。テーブルに置かれた会計を見るとパフェやケーキも意外と安い。また裕子を怒らせたりしたら来よう、良い店を見つけた。
「それで、玲奈に何て言われたのよ」
「玲奈?さっきの頭悪そうな女か?」
「あんたねぇ、失礼過ぎるでしょ。あぁ見えて学年でもトップレベルで頭良いのよ」
人は見かけによらないんだと少し感心してしまう。似た雰囲気で見た目もギャル同士、しかし頭の出来だけは違うらしい。
「へー…、お前とは――!」
「続き言ってみなさい?」
馬鹿にしようと思ったが決死の思いで我慢した。
「…ここら辺で遊兎を見かけたんだとよ」
「あんたねぇ、だからさっき…。いい加減にしなさいって」
「分かってるよ、悪かった」
最初は少なからず可能性を感じた情報だったが、ここに来てそれも無くなった。流石にこの人数の中探し出すのは至難の業だろう。探しただけ時間の無駄、もう少し確信的な情報を得たら動き出そう。
「その内元に戻るんだからな…」
「…」
それにあいつ等もいつまでも学校をサボってるわけにはいかない、待ってれば来るんだ。俺は自分にそう言い聞かせる事にした。
「俺の居ない間学校どんな感じだったよ?」
「馬鹿な事する一番の生徒達が居なくなったからそりゃ平和だったわよね。遊兎が喧嘩売ってた他校の生徒も二人が居ないって分かったらすぐ帰っていったし、茶道部のお茶菓子が盗まれる事も無くなり、農業部の畑が人間に荒らされる事も無くなり、野球部とかテニス部の備品が突如消える事も無くなり、学校に入ってくる謎の苦情電話も無くなり――」
「あーー、分かった、分かったから。もう良い、分かった」
「…まぁその分暇だった生徒も居たみたいだけど」
そう言いながらストローでジュースを飲み干す裕子の姿は何か言いたげに寂しそうな雰囲気を醸し出す。
「悪かったってば、なんかもう少し違う意味で変わった事ないのかよ」
「んー…、これと言っては無いわね」
「何だよ、つまらねぇな」
「つまらないって、いつも楽しそうに過ごしてる奴が何言ってんのよ。そんな急に何か変わる事なんてないのよー」
――俺は大盛りのパスタをあっと言う間に完食し、満たされた腹の幸福感に浸る――。
「――はー、食った食った」
「早っ、ちゃんと噛んでるの?」
少し膨らんだお腹は久々のカロリーにまだ食欲を出していた。まだ入る余裕はあるが取り敢えず今はこの位が丁度良い。夕食と思って来たが、もう少ししたらまた別でなにか食べよう。そう決めると机に置かれた水を飲み干し、早速次に向かう準備をする。
「あー満足だわ。それじゃあさっさとこれも食って行こうぜ」
「何処に行くとか決めてるの?私結構回りたいところあってね」
「は?ピアス買うんだろ?」
「…え?本当に良いの?!」
「お前が言い出したんだろ?意味が分からんのだが、買うんだろ?」
自分から言い出した癖に、驚く姿に逆に俺が困惑する。さっさとピアスを買いに行って違う飲食店を探しに回ろう。
「でも、お金とか…。それに申し訳無いし…」
「さっきのは冗談だよ。それにここの会計も大丈夫だから」
「え…?ほ、本当…?」
「おう、ほらさっさと食え。食えないなら食ってやるぞ」
「ダメダメ!!これは私のだから!」
付き合うって言ったのは俺だ、それに涙まで流されては流石にと思ってしまう。ちょいちょい亜弥に付き合ってた日雇いバイトのお陰で学生小金持ちの俺にはかなりの余裕がある。趣味も無いし、使う機会が全く無いのでこういう所で使わないと減る事が無いので助かる。
「よく食べるよな、その量。胃袋化け物かよ」
「何言ってんのよ、余裕よこのぐらい。あんた達が食べなさすぎるの」
――モデル体系の今どきの白い肌をしたギャル系女子の裕子。何処にその量のスイーツが収まるのか不思議だが、美味しそうに頬張る姿は見てて飽きなかった。普段は口煩く何かと怒ってくるが、この姿を見ていると裕子が男女ともにモテるのが良く分かる。
男勝りで怒りっぽいが何だかんだ優しく世話焼きな性格は女子にも人気があり、俺もそんな裕子が好きなので奢ったりする事に抵抗がなかった。財布の件も冗談で最初から奢るつもりだったので全く問題ない――。
「御馳走様でした!!」
「へいよ、御馳走様」
裕子は机に置かれた全ての食事を無限の胃に吸収させて満足そうな表情をしていた。流石に動こうとすると少し苦しそうだったが、そんな事よりも早くピアスを見に行きたいのだろう。ソファーに置かれた鞄を背負い颯爽と売っている店舗へと向かって行く。
俺は苦しみながらも嬉しそうに跳ねる背中を後ろから温かい目で見ながらのんびりと付いて行った。
「美味かったー。それにしても人が多いな、秋なのに暑苦しいんだが」
「っぐふ…、確かにね。何か特別な事でもやってるのかしら?」
「苦しいならもう少しゆっくり歩けよ…」
進む人混みの更に先には小さな籠に入れられた蟻の様な大きな人溜まりが出来ていた。
並べられた椅子に座る人や、立って奥を覗く人達。特設会場のような物が更に奥見えるが、有名人がライブでもやっているのだろうか。年齢層も見た感じバラバラで子供から大人まで幅広く見に来ている様子だが。近づくに連れて周りの歓声は大きくなる――、だが俺には一切興味がなかったので真っ直ぐ店舗に向かって行った。
「あ、これこれ!」
店舗に着くと裕子は一目散に店頭に大々的に飾られたピアスを手に取った。
「てかピアスで良いのか?穴開けてないだろ、しかもそれ二連だぞ」
雑誌で見るよりもキラキラと美しく輝くハート型のピアス。
「わーっ…」
相当欲しかったのだろうか、見惚れる様に目を光らせている。そして鏡で自分の着けている姿を想像するようにピアス穴の開いてない耳に持っていき確認を始める。
「開けるから良いの!ひゃー、可愛いー!マジ可愛いー!!ねぇねぇ!本当に良いの?」
「良いってば、周りもいるからもう少し静かにだな…」
「どう?どう??」
「…似合ってるよ。ってか耳の形綺麗だな」
「えっ?あ、ありがとう。意外と耳に自信あるんだっ」
ピアスに負けないぐらいの眩しい笑顔で裕子は耳に合わせたピアスを見せつけてくる。それだけ嬉しそうにしてくれれば買う側も嬉しい気持ちになるってものだ。店内に立つ店員を呼んで新しい物を持ってきてもらう事にした。
「でも何でピアスが欲しいんだ?他にも色々あるだろ」
「んー…、内緒」
「何でだよ、穴開ける前に買うなんてなんか理由があるだろ」
「煩いなぁ!良いじゃん!女子の秘密をそんなに知りたがるもんじゃないの!」
「何だそれ、意味が分からん。ん?なんだよ?」
そういうモノなのか知らないけど、そこまで知りたい訳でも無いので正直別にどうでも良い。裕子は手に持つピアスを何故か俺の耳に合わせて確認を行う。
「獏はピアスとか着けないの?」
「考えだ事ないな、ブレスレットとか指輪の一個はたまに着けるけど」
亜弥に着けろと言われたり遊兎に無理矢理着けさせられたりする事しかなく、自ら装飾品を着けた事は一度も無かった。別に嫌いとか穴を開けるのが怖い訳じゃない、考えた事すらも無かったので少し興味が湧いてくる。
「まぁでも…確かにな…」
指輪とか大量に着けたらパワー増しそうだな、パンクなトゲトゲのブレスレットとかもいざという時に拳につけたら強そうだ何て考えてみる。
学校内でも装飾品を着けてる生徒も沢山いるし、少しぐらい着けても良いかもしれない。
「…」
「一個着けてみたら?」
「ピアスか…、強さ増すか――?」
「は?強さ?見た目の強さは確かに上がるかもしれないけど…。どういう基準なの」
「なる程…まぁ取り敢えず今回はいいや、そのうち考えるわ」
「ふーん…そっか」
店員が新しいピアスを持って来て最終確認を行う。最初から買う物を決めていたので買い物はスムーズに進んだ。そしてレジへ行って会計を終えた裕子はピアスの入った袋を手に持ち嬉しそうに燥ぐ。
「やったーー!!マジありがとー!帰ったらすぐ穴開けて着けるね!」
「へいへい、そりゃどうも」
「…もう少しだけ中見てて良い?外で待っててくれれば良いからさ、だめ?」
俺の顔を覗き込んで甘える様に両手を合わせてお願いをされた。
「ごゆっくりどうぞ、俺そこら辺で座ってるから」
その提案を俺は快く受け入れた。店内で他の商品を見て周る裕子を置いて、少し進んだ先にある店の外に置かれたソファーに座り休憩する事にした。
「はぁ…」
鞄をソファーに下ろし、ゆっくりと腰掛ける。――思った以上に疲れた、自分にこんな体力が無かった事に気が沈む。この程度の怪我と一ヶ月寝ていただけでここまで疲弊するなんて。
「あー、うぜぇ…」
カッコつけてここに来たのに、そんな自分が恥ずかしくなってくる。別に取り繕ってた訳じゃない、けどふとした時に体が唸り声を上げてしまう。イライラしてしまうがそんな事は裕子には関係無い、今の光景の様に楽しそうにしているのが一番だ。
痛みに頭を抱えながら道の奥を見ると遠くにはまだ人溜まりが出来ており、何やら先程よりも騒がしくなって人も増えてきている気がする。少し興味を持ってソファーからボーッとその光景を眺めていた。
「まだ出てこないのか?」
「お姫様の登場はまだまた先だぞ」
お姫様ってどういう事だろうか――。
通りすがる人の声が耳に入ってくる。だんだん興味が湧き上がり、スマホでこのショッピングモールを検索する。すると検索に引っ掛かるワードの中に、奥で行われてるイベントの内容が書かれていた。
――新時代に生まれた最強のアイドル藤枝美貴スペシャルライブ――
初めて聞く名前だった。テレビなんて殆ど見ないし、アイドル何て俺にとってはかけ離れた存在。ウェブサイトに載っている写真はショートの茶髪に米粒の様にかなり小さな顔、キリッとした眉毛にパッチリとした睫毛、整ったやキレイを通り越して美しくすら感じる。流石アイドルと言うのか――、可愛すぎて逆に性格が悪そうとすら思える印象だった。
こんな感じが今の流行りなのかと次々と藤枝美貴について調べているとスマホからポロンっと気持ちの良い音が鳴り、画面に通知が入る。そこには疲れきった気持ちを昂らせる様な、何気ないメッセージが書かれていた。
――河西亜弥・怪我治ったんだね。安心した。
その瞬間――、ソファーから立ち上がり周囲を見渡す。ゆっくりと慎重に、一つの景色を何一つ見逃す事なく。
「――何処だ…!」
そして俺自身の体中が覚えている二人の感覚を鋭く研ぎ澄ます。毎日感じていた柔らかい雰囲気と、常に湧き出ていた殺気に満ちた強さを思い出せ。体中の触覚が気配を追おうと敏感になっている。見つけ出せ、絶対にこのショッピングモールに二人は居る。
もしかしてが確信に変わった。見る限り店内や俺達が来た方向には居ない。居るとすればライブ会場の前にいる群衆の中か、そこに行くまでの道の何処か。目を必死に凝らしながら人混みを探る。特徴がある二人だ、居るなら絶対に見つけられる。
「――っ!!」
そしてライブ会場へと続く道の中、目に入る見覚えのある二つの背中。
一人は背が低くく、黒く大きなパーカー、オレンジ色の様な茶髪に黒いリボン姿をした女。そして隣には俺と同じぐらいの背丈、ダボダボの黒いパンツに着崩したスカジャン、そして特徴的な結び方をした黒金長髪の男――。
湧き上がる昂った気持ちが俺の体を勝手に動き始めさせる。
カクヨムに掲載されている内容までは毎日投稿させて頂きます。