1.02 影
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「…暇だなぁー」
石の階段に座りながら手を地面に着く、そして顔を上げて後ろを振り向いた。
「んー、んじゃどっかに喧嘩でも売りに行くかぁ?」
いつもの神社へと上がっていく階段の一番上に座った俺の後ろに、指をバキバキと鳴らしながら鋭い瞳を輝かせる遊兎。黒髪のポニーテールに金メッシュが入った髪型を風に靡かし、ニヤニヤといつもと同じ悪魔の様な顔に突然湧き上がったのであろう高揚感を溢れさせている。
「行かねぇよ、喧嘩したいなら一人で行けよな。毎回巻き込むんじゃねぇよ」
「バァーカ、一人で行っても仕方ねぇだろが。それに巻き込んでねぇよ、ちゃんと参加券は渡してるだろうか」
「参加券って、基本始まってから渡されるだろ。そう言うのは事前に渡す物なんだよ」
「事前に準備して喧嘩する奴なんて今時いねぇよ。昭和の考えかよ、果たし状とか今どきねぇから」
遊兎との会話に呆れながらそのまま空を眺める。暇だと言いながらも、いつものこうして二人で何もなく時間をつぶす事に不満は一切無かった。
「んじゃー…そうだ!裕子にでもちょっかい掛けに行くかぁ?最近のハマりなんだがな、背中にこのゲジゲジの玩具をだなぁ――」
「あいつ直ぐキレられるから却下。だったら真希とかの方がまだマシ」
「はー?俺達が真希と戯れるのは良いけど、直ぐに真希と亜弥がガチで喧嘩するぞ。いや…、でも待て。それもまぁ面白いと言えば面白いな。全部亜弥のせいにして逃げっか?」
今からの予定が決まりそうなので重い腰を上げて立ち上がる。
そしてスマホから真壁真希に連絡を入れるためにメッセージを打ち込み始める。
「つか亜弥今日来るの?何か忙しいとか言ってた気が」
「おーん。告白されたから返事済ませてから来るって言ってたぞー」
「あ?またかよ、記録更新?」
「んぁー…、分からんけど。でもこのまま行くと更新するかもなぁ」
今月で知る限り五人目だった気がする。周りもよくめげずに頑張っている思うが、いつの間にか振られる事に快感を持ち始めてる奴も少なからずいるんじゃないのかと疑い始めている。
非常にキモイが仕方ないとも思ってしまう自分がいて、告白する奴の気持ちが分からない事もない。それ程までに亜弥は周りに好かれやすく好感が持たれる性格をしているから仕方がないのだ。
「俺達って普段何してるっけか?」
「駄弁る、喧嘩、買い物の付き添い、ゲーム――とかか?それ以外なら今からやる誰かをからかいに行くとかか」
「くだらねぇ事しかしてないんだな、もう少し考えて何かするか」
「いやいや、考えて何か始めたら面白くねぇよ。まぁその中だったら俺は考えずに始めれる喧嘩が一番好きだな」
「ヤベェよ、マジで巻き込まれる身にもなってくれ」
「へへへっ、悪い気してねぇくせに」
遊兎の悪役の様な恐怖を感じる笑い方。なんで俺はこんなイカれた奴と友達になってしまったんだろう、溜息が漏れそうになる。
そうして真希へのメッセージを打ち終わり、後ろを振り返った。
「――もう少し大人になれよ」
「んじゃ大人になれたら考えるわ」
俺がどれだけ何を言っても言い返されるような気がしてしまう。偉そうにそれっぽい事を言う口ばかりは昔から勝てる気がしなく、これだけは唯一遊兎に負けを認めれる事だった。
言い返す気にもならない俺は再び前を向き階段をゆっくりと降りて行く。
「こんな時間が続けば良いなってたまに思うんだよな」
「んだよ、湿っぽい事急に言い出して。自分は大人アピールか?キメェな」
「ちげぇよ、こんなつまらない毎日でも楽しいって言ってんだ」
一歩一歩、この時間をゆっくり噛み締めながら下へ進んで行くと、階段の先には亜弥が待っていた。
俺達が降りてくるのに気付いたのか、相変わらず子供の様な幼い笑顔で小さな背を伸ばして大きく手を降っている。
「…なぁ、急に何だけど」
「んぁ?」
「――遊兎は亜弥の事好きか?」
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「…ツン、ツン」
眠気を覚ます様に腕に僅かだが痛みを感じる。数日前の夢を見ていた様な、思い出せないが数日前でも懐かしく感じる不思議な記憶だった気がする。
それにしてもまだ眠っていたいのに腕が痛い。寝方が悪かったのか、腕の位置を少しずらして姿勢を正した。
「えいや」
「うぉぉぉ!!!痛ぇぇぇぇ!!!」
「うぉぉぉ!!」
誰かにシャツの上から脇腹の骨を摘まれ、痛みで体が反射的に腰が跳ね上がり咄嗟に言葉が漏れる。
「馬鹿か!!」
「ビックリした!馬鹿はアンタよ、今何時だと思ってんの?!」
急な痛みに眠気が嘘の様に覚めた。
隣には小さなカバンを背負い、膝立ちで座る裕子は俺がまるで悪い事をしたかの様にスマホの時計を見せつけてくる。時刻は既に学校の授業が全て終わってから三十分程は過ぎていた。けど別に何の問題も無いだろ、何でそんなにムッとしてるんだ。
「あぁ!!俺弁当食ってねぇ!!もったいない!!!」
「死ね、二度と起きるな」
「くぁぁぁ!っ痛ぇつうの!!」
弱点を見つけたとでも思ったのか、隙をついて脇腹を何度も摘んでくる。割とまだ冗談抜きの本気で腕も体も痛いので止めて欲しい。
「ほら、行くわよ。帰り遅くなっちゃうから」
「は?どこに?嫌だよ」
「…」
「嘘嘘!!ごめんなさい!!着いて行きます!!行かさせてください!!」
裕子の澄んだ目を光らせながら両手をワキワキと動かす姿に恐怖で反抗する気持ちが失せてくる。
「最初から黙って着いて来ればいいのよ、毎回一言余計なの」
「へいへい…」
本能的に出会った頃からよくキレる裕子には逆らうなと脳が強く指示を出してくる。遊兎は問答無用で茶化していたが、俺には何か機会がない限り一生出来そうにない。
仕方ないので渋々立ち上がり、一度背伸びをしながら深呼吸をした。
「っう…」
「ちょい、大丈夫?あんたまだ相当酷いんじゃ」
「大丈夫、この程度全然余裕」
今日は珍しく心配ばかりする、この程度の痛み全然余裕なのだが。病院に居た時の方が何倍も痛かった、それよりも俺が遊兎に食らわせた拳の方が断然痛いし重い。
「ふふふ…、ふはははは…」
今頃悶て苦しんでいる頃だろう。そのまま一生苦しめば良い、そんな馬鹿の姿が頭に浮かんでくる。そう考えていると自然と微笑みが溢れてきた。
「…やっぱり行くの止めとこっか」
「え、な、何でだよ」
裕子は俺を見て何故か見るからに無理した笑顔を作っていた。それに急にテンションが下がったように声まで小さくなる。
そんなに笑顔がキモかっただろうか、少し凹むんだが。本当にどうしたのだろう、心配になってきた。
「いやー、別に今日行く必要もないしさ。ちゃんと治るまで安静にしましょ。こんなに寝てるって事はまだ相当疲れてんのよ、だから安静にしとけって言ったのに」
「あ…、あぁ。そっちか…」
顔じゃなくて良かった。キモいとか言われたら流石の俺でも凹む。
裕子は今朝から明らかにしなくていい心配をしている。そんなに心配されると何故かムカつくし、強がるぐらいなら最初からもう少し上手くやってもらわないと困るんだが。
本当は行きたいって顔に書いてあるし、何て分かりやすいのか。
「はぁー…、面倒臭い奴だなぁ。よいしょ――っと」
「は?!何よ、その溜息!ウザッ!」
地面に置かれた鞄を肩に掛ける。寝て多少楽になったのか、少しだけ体が軽く感じる。
そうして裕子より先に扉の方へ向かって歩き出した。
「ほら、ボケーってしてないで行くぞ。昼飯食ってないんだから、腹減って仕方ねぇんだよ」
「え、でも――」
「でもとかねぇよ、飯食わなきゃ治るもんも治らねぇし。どこ行って何食おうかなー」
「…」
流石に昼飯を食べてないのでお腹の調子も良くない。別に約束したからとかじゃない、俺が行きたいから行く。それに着いて来るかは裕子次第だ。
「くーっ!腹減ったー!」
病院食ばかりでお腹は高カロリーな体に悪い食事に飢えている。ラーメンにするか何処か食べ歩きにでも行くかと考えていると、後ろからトトト――、小動物の様に黙って追い付いてこようとする足音が聞こえてくる。
「えへへ、ありがと!でも食べる物は私が決める!」
「痛゛ぇ゛!!離れろ!!」
「照れないでいいからー、早く行こーう!」
気を使ってたはずなのに裕子は躊躇なく腰に抱きついて来る。さっきまでのテンションは何だったのか。だがやっぱりこのぐらいが丁度良い。しゅんとされても困ってしまうし、俺の調子がおかしくなる。
「いい加減どけ!!」
「えー?たまにはいいじゃーん」
腰の痛みを必死に訴えながら裕子を無理矢理引き剥がして屋上を出た。階段を降り、廊下を進むと生徒達がまだダラダラと喋っていたり、教室には楽しげに部活動行う文化部が残っている。
「…っち」
「は?なんで舌打ちしたの?」
「何でもねぇよ」
まるでアリとキリギリス、だったら俺はそれを優雅に眺める鷲と言った所だろうか。
そんな生徒達を横目に歩いていると、少し遠くからこちらに向かって甲高い声が飛んでくる。
「裕ちゃーーん!やっほー!」
「やっほー、どしたのー?」
裕子と同じぐらいの背丈――、茶髪にキツめのパーマを掛けた髪型をしたギャルっぽい見た目の女子生徒が俺達の前に立ち止まる。
「硲君も復帰オメー。うひゃー顔とか腕まだ酷いねぇ。珍しいからちょっと触って良い?」
「どうも、止めて下さい。迷惑です」
初めて喋ったのに妙な馴れ馴れしさを感じる。女だから許すが、今の精神状態で相手が男だったらムカついて一発ぐらい殴ってそうだ。そのムカつく男の例が直ぐに頭に浮かび上がる――、糞程苛つくので頭の上を軽く薙ぎ払ってやった。
「二人でどっか行くのー?」
「ちょっと買い物ついでにご飯にねー、そうだ!一緒に行く?」
その提案にはあまり良いとは言えない。流石に初めて喋った奴にまで連れ回されるのは体がしんどいし面倒臭い。
それに一ヶ月ぶりに会う友達との会話にも積もる物があるかもしれないので今日ばかりは遠慮して欲しいのだけど。
「いやー、私は良いよ。硲君が明らかに嫌そうな顔してるし」
「ちょ、馬鹿!」
「あ、ごめん。でもその通りです」
「ウザっ。まぁでも良いんだって、気にしないでー。それよりもさー」
そう言いながら裕子の友達は俺の耳元に猫の様に擦り寄って来る。その行為もあまり好きじゃなかったが、裕子の友達という事で仕方なく受け入れた。
そして裕子に聞こえないぐらいの耳障りな小さく色っぽい声で耳打ちされる。
「――加賀君見掛けたよ」
「どこでだ!?!?」
「うぉ!」
その言葉に脊髄が反応する。目の前の二人は俺の大きな声に驚いていて、申し訳ないと思いつつもその話の続きを早く聞きたい。今すぐに、早く――。
「まぁ焦りなさんな。教えてほしい?だったら一つ条件付きで――」
「良いから、早く教えろ。勿体振るな」
「何コソコソ話してんのよ…、あんた達仲良かったの?」
もう一度耳打ちをする、だが今度は俺から寄って行く形になった。条件なんて何でも良い、謝れと言われればすぐにでも謝ってやる。何で俺がその情報を欲しがってるのを知ってるのかと言う疑問はあるが、そんな事はどうでも良い。今すぐにでも行って、もう一度殴り飛ばしてやる。
「条件は今からちゃんと裕子と全力でデートする事、分かった?」
「――分かった、だから早く」
「…即答って、本当かしら。学校に一番近い駅の地下にあるショッピングモールよ。そこで加賀君ともう一人女の子が歩いてるのを見掛けたって聞いたけど」
「それこそ本当だな」
「もち、約束だかんね。破ったらキレっからなー」
裕子の手を無理矢理握り、急いで廊下を歩き出す。 そんな突然の行動に裕子は動揺している様だった。
「え?ちょ、ちょ。急にそんな大胆に?!」
「約束は守ってよーー!」
後ろから聞こえる声など気にもせず前にいる生徒達をすり抜け黙々と進む。無視している訳じゃないが、そんな事よりも頭の中は別の事でいっぱいになっている。
「ま、周りが見てるんだけど…。恥ずかしい…」
スマホを確認しても亜弥からの返信は無い。今流行りらしい位置情報共有アプリとか言うのを入れておけば良かった。亜弥に入れろと言われたが何となくキモいと思って避けていたのを今になって後悔する。
さっきの情報は今日の出来事じゃないと思うし、本当かどうかも確証はない。でももしかしたらと少しの可能性にかけていた。
「…ば、獏。別に嫌って訳じゃないけど段階ってものが…」
ショッピングモールに居たという事は少なからず二人はその付近に生息しているはず。ホテルか、それともネットカフェ的な場所なのか、それとも誰かのアパートかマンションか――。学校をサボって何してるのか知らないが、絶対に見つけ出してやる。
「…獏?」
俺達は下駄箱を出て、歩きでショッピングモールに向かった。到着まで約二十分、その間に頭にあった夕食の事や先程約束をした事は完全に忘れさられていた。
遊兎と亜弥に会う。それだけが頭の中の容量を満たしており、一緒に居た裕子の存在すら忘れかける程だった。そんな夢我夢中に突き進む姿を隣で見ていたであろう裕子が何を考えていたかは分からないが、到着した途端その見返りはやってくる――。
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