8 第一回聖女選定の儀式
「これで完成ですわ。リン様、綺麗にお支度ができましたよ」
エイダがニコニコしながら言うが、朝だと言うのに私の体力は既に限界だった。
…だって朝からまたお風呂で念入りに洗われて、香油マッサージされて、最後はコルセットでギチギチに締め上げられたんだよ。…慣れていないとコルセットって本当に苦しい。
「ねえ、もう少し緩めて貰えないの?…これからご飯なのにこれじゃ食べられないよ」
ぼやいたら「本当は後1センチは締めたいのですよ?我慢なさってください」と言われた。
本当、私に人権は無いのでは?聖女様って崇められている存在のはずなのに、この扱いだもん。
…まあ、これも私が聖女様じゃないってことの証明だと思えばいいや
苦しさを紛らわそうとラジオ体操でもしようとしたら「着崩れます!」と怒られた。
…ご飯に行くまで大人しくしていればいいんですね、判りました。
時間になって、ダイニングルームへ行くと既に国王陛下と二人の聖女様候補が座っていた。
…私が一番後だったみたいで慌てるも、キチンとエスコートしてもらえることに感動する。おお!お姫様みたい!
朝から…と言ってもすでに10時ぐらいなので、こちらの人は朝食が遅いんだなと思う。
それにパンケーキとか、スクランブルエッグとかのフル・ブレックファストが出てくるところを見ると本当は私たちの世界のイギリス辺りにいるだけじゃないのかと錯覚する。まあ、永遠に帰れない旅行だけれどね…。
気分の沈んでいる私とは違って、まなかちゃんもシホちゃんも頬を染めながら、国王様に話しかけていた。皆さん、朝から本当にお元気ですね。
他愛もない話だけれど、それでも彼女らが国王陛下の興味を引きたい、自分だけを見てもらいたいという熱意だけは伝わってくる。それを邪魔しないように黙々と食べ続けた。
「…ところで、リンは今日の予定はどうなっている?」
だから、その言葉が私に向けられているものだとは思わず反応が遅れた。
「え?私・・ですか?」
慌てて国王様を見ると、彼はいつもの作り笑顔で私を見ていた。
「私は別に…。この後はリーチェス王国の公用語を習った後、国の産業について調べるつもりですが」
いきなり聞かれたので、うっかり正直に話す。
国王様は頷きながら「それでは王宮の蔵書庫を使うと良い。閲覧を許可しよう」と言ってくれた。
…何で?そんなに親切だと裏がありそうで怖い。
…それに私の目的は王宮を出てからの働き口を探したり、他国に逃げ出すための準備なんですけれど…いいの良いの?
そんな本音は言える訳もなく、私は曖昧に「ありがとうございます…」とほほ笑んだのだった。
二人は国王陛下の公務について行くと言っていたので、食事の後はお開きになった。
部屋へ戻ろうとすると、私の前にまなかちゃんが立ちふさがる様に前に立つ。
「名前を呼び捨てにされたくらいでいい気にならないで?私は国王陛下に宝石を贈っていただける約束をしたんだから」
いきなりの牽制ですか?…あれ?私、呼び捨てにされていたっけ?気づかなかった。
「そうなんだ!羨ましいな~。どんな宝石か今度見せてね?」
自分の挑発に私が乗らなかったことが悔しいのか、彼女はものすごい目つきで睨むとソッポを向いて去っていった。
着々と距離を詰めている彼女たちにはエールを送って、私は自分の道を歩いて行こう。
私はシャール先生が来る前に予習するべく、部屋へと急ぎ足で戻って行ったのだった。
「はい。昨日から更に良くなっているよ?あの後も、随分と頑張ったようだね」
シャール先生から王国公用語の発音についても褒められる。少しずつだけれど、文字も学習を進めているので、できればシャール先生に王宮の蔵書庫でも本を読むのを手伝ってもらえないかとお願いしたけれど難しい顔で断わられた。
「王宮の蔵書庫というのは国の英知が集まる場所だからね。私ごときが入って良い場所じゃないのだよ」
“だから閲覧を許可されて幸運だったね”と先生は言うけれど、そんな特別な場所を私みたいな一般人に公開したら問題なのではないだろうか?
…それとも私じゃどうせ読めやしないと高をくくっているのか…。
あの意地悪な国王様ならあり得る気がした。きっと私が文字を読むことが出来ないと馬鹿にしているのだろう!よし!吠え面かかしてやる。私は売られた喧嘩は買う主義なんだ!
無駄なところで根性のある私は、シャール先生に文字の早見一覧表を作成するのを手伝ってもらいながら、より一層勉強に励んだ。
頑張り過ぎて、うっかり夕食の時間は寝落ちしたから翌朝、エイダにものすごく怒られたけれど。
この世界に来て一週間…。ついに最初の聖女様選定が行われる当日、私は公用語をマスターしたのだった。わっはっは!努力の勝利だ。
王宮の大広間では相も変わらず警備兵が私たちの行く手を塞ぐように辺りを囲んでいる。まさに猫の子一匹逃がさないって風情だけれど、誰か逃げ出しそうな人でもいるのかな?…私か…?
国王様、あと宰相様かな?いつも国王様の傍に居る頭髪がちょっと寂しいおじさまが指示すると、私たちの前に大きな水晶玉が運ばれてきた。
直径30cm以上ありそうな巨大な水晶玉で、重厚なアンティークのワゴンに乗せて運ばれてきたけれど、相当重そうに見える。
「一人ずつ、指示があった順番に水晶玉に手を触れなさい」宰相様が名前を呼ぶ。
「先ずはマナカ・ヒナタこちらへ」
そう言われて、まなかちゃんが一歩前に出る。
そのまま両手で水晶玉に触ると球が淡くピンク色に光りだした。
おお!凄い…これが光ると聖女様ってことかな?好奇心たっぷりの目で見ていると、その光はそのまま消えてしまった。
「次、シホ・オノダ前へ」
同じようにシホちゃんが水晶玉に触れると、今度は球の色が変化した。
…透明から淡い黄金色へ…。綺麗だな…彼女の性格みたいに優しい色だ。
そして、その光もまた水晶玉に吸い込まれるように消える。
「最後はリン・イチノセ前に出なさい」
私の時はどんな変化をするのだろう?
ワクワクしながら水晶玉に触ったのに、何も変化しなかった。
…あれ?もしかしたら、これ壊れたのかな?
唖然としつつも両手でペチペチ触っていると「もう良い、離れなさい」と宰相様から怒られてしまった。
「ウフフ…あなたは聖女様じゃないってことがこれでハッキリしたようね?」
「そうね。でも国王様はお優しいから、たとえ違うとしても衣食住を保証して下さるし安心よね?」
二人にヒソヒソと言われると、別に聖女さまになりたいわけでは無かったものの、ちょっと惨めな気持ちになった。…くっそ…あの水晶玉め…。私のワクワクを返せ。
「それでは最後にそなたたちの付けているペンダントを国王陛下にご確認いただくのだ」
宰相様に言われてその存在を思い出した。…そう言えば付けていたっけね。
国王様の前に立たされて順番にペンダントを見せていく。ちょっとだけ見えたまなかちゃんの宝石は真っ赤に色を変えていた。
私の番が来ると、国王様がペンダントの鎖を引っ張った。ぐえっ‼首が締まるわ‼
…コイツわざと意地悪してやがる。本当に性格の悪い国王様だな。
そして、ドレスの中から引っ張り出して久しぶりに見た宝石の色は青く輝いていたのだった。




