51 ルカ国王の聖女に捧ぐ想い⑥
翌日、オールヴァンズ王国の王太子ご一行は爽やかに帰国して行った。
「フフ…リンにもよろしくお伝えくださいね。結果的に彼女を騙してしまいましたが、ルカ国王陛下なら彼女を幸せにして下さると思ったからこそ、隷属契約までしたのですから」
自分の婚約者の為だけに暴走しておいて、リンによろしくとは…どの口が言うのだろうか?
こんな腹黒な王子と兄弟関係になるとは頭が痛いが、これも国の為だと不満は飲み込んで微笑みを返した。
「ええ、彼女は幸せにしますからご心配なく。セオドア王子も婚約者の方に執着し過ぎて逃げられないようにお気を付け下さいね」
「…彼女が私から逃げる理由がありませんけれど?」
「ハハハ、これは失礼しました。将来の婚姻式でお二人にお目に掛かれることを楽しみにしておりますよ」
「ルカ国王陛下もリンに逃げられないように…ああ、“隷属の指輪”でもう逃げられる心配はありませんよね?これは失礼いたしました」
「おかげ様で。セオドア様のお相手もお揃いの“指輪”を着けるのが楽しみですよ」
別れの間際には腹の探り合いで、かなりギスギスとした会話になったが、それでも友好的に別れることが出来たと思う。
…本当に大変な日々だったが、これで少しは息が付けると安堵した。
後は、数日後に迫った聖女選定の最終の儀と、トーマの婚姻問題、そしてリンが私を受け入れてくれるのかが最大の問題となる。
既にリンの心は相当に私の事を愛していると思われるが、彼女は頑なに認めようとしないしベッドでも口づけや触れる以上の行為は拒まれてしまう。
最終の儀でリンのペンダントの色が鮮やかな青色に染まっていれば、それを突きつけて彼女の気持ちを強引に暴くことも可能だが、より頑なになることも考えられる。
リンは先日、セオドア王子に騙されてかなり強いショックを受けていたと聞くし、今は私の顔を見るのも辛いだろう。
本当は傍に行き抱きしめたいが、あと数日だけでも彼女の心をかき乱さず穏やかに過ごさせてやりたいと思い、執務室で眠る日々が続いた。
「国王陛下、リン様は陛下のお帰りをお待ちでいらっしゃいますよ?」
そうエイダに告げられても素直には頷けない。
「聖女選定の儀が終了すればどうしたって彼女を私の妃にするしかないのだから、今はリンをそっとしておいてやってくれ」
「でも…リン様は数日前から国王陛下の夜の御渡りを楽しみにされて、国王陛下から贈られた夜着を着用されてベッドでお待ちですよ?」
その言葉に思わず反応してしまう。
「リンが…あれ程に嫌だとごねていた夜着を着ている…?」
どのような心境の変化があったのだろうか?
…まさか、魔宝石の鉱脈の事で責任を感じて自分の身を捧げるという事か⁈
…それは…かなり魅力…いや、やはり駄目だ。
リンが私を愛して自分からその身を私に開いてくれなければ何の意味もない。
これから一生共に暮らすのだから、彼女の心が欲しい…。
「…どうせ、後一日だ。選定の儀が済めばリンの元へ向かい、彼女に愛を乞わねばならぬからな」
そう告げて執務に戻った。…顔には出さないよう努めたが、少しだけ浮かれながら…。
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結局リンとは顔を併せないままで、最後の聖女選定の儀式が始まった。
「マナカ・ヒナタ前に出なさい」
宰相に促されてマナカが水晶玉に手を触れると、今まで見た中で一番の光を放ち水晶玉が輝いた。
輝きが消えると同時に、マナカの体が崩れ落ちるように倒れる。
待ち構えていた王宮警備隊が彼女を医務室へと運んだ。
…これで彼女の聖魔力は余すところ無く水晶玉に奪われた。
ペンダントの宝石もレッド(危険)を表示しているし、完全に聖魔力の枯渇を確認できた。
これで漸くマナカは下級貴族との縁談か、市井で暮らすことが出来るようになったわけだ。
マナカが倒れ、不安がる二人に問題は無い事を告げると、儀式を続けるように促した。
「次はシホ・オノダ、前に出なさい」
先ほどのマナカを見たことで恐ろしくなったのか、シホはためらいながらそっと水晶玉に触れた。
黄金の輝きが水晶玉の中で踊る様に揺れている。
これこそが、トーマのシトリン宝石を現している証明となる。
聖女選定の儀式は高位貴族に結果を正式に書面で公開するため、シホをトーマの正妃として認めさせることが出来そうだと安堵した。
「最後にリン・イチノセ、前に出なさい」
リンが手を触れても水晶玉は冷たく光っている。
彼女の聖魔力は全て私のモノなのだから当然だが、何も知らない彼女はガッカリしたように俯いた。
「これから最終の確認をする。ペンダントを国王陛下にお見せするのだ」
シホのシトリン色に輝くペンダントを確認すると思わず微笑みが零れた。
この濃さから言って彼女もトーマにべた惚れのようだ。
これで二人の障害は完全になくなったことになる。
あとは時期をみて二人の婚姻の発表もしなければ…。
やることは多いが、それでもトーマとシホが愛で結ばれたことは兄としても喜ばしい限りだ。
最後にリンがオドオドした素振りで私の前に立った。
…内心では少々瘦せたようだがきちんと眠れているのか?とか食事は足りているのかと親のように心配してしまうが、今はペンダントの確認が先だ。
「リン、ペンダントを見せなさい」
彼女がそっと胸元からペンダントを出すと、それは鮮やかな青色に輝いていた。
ああ…彼女は完全に私の事を受け入れ、私の愛を乞うている…そう思うだけで今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られる。…だが、今それをすれば気持ちを抑える自信がない。
私は黙って彼女から目を逸らした。
「…これによりリーチェス王国の聖女は選ばれた。聖女様には個別で話をさせてもらおう。今までご苦労であった」
私はここに聖女候補の選定儀式の終わりを宣言したのだった。
明日で投稿は終了となります。要望があれば番外編とかも不定期で書くかもしれません。
最後までよろしくお願いします。




