49 ルカ国王の聖女に捧ぐ想い④
夕闇の中始まったダンスパーティーには、この国のほぼ全ての貴族が参列していた。
王族としての務めを果たすべく、離宮からは第2王子のトーマも呼び寄せ、今もオールヴァンズ王国の王子二人の話し相手をさせている。
私はといえば、始まる前の僅かな時間にシホの元に出向いて彼女に髪飾りを手渡してきた。
「貴女にはシトロンの宝石が良く似合う。ぜひ、これを身に着けてその美しさでパーティーに華を添えて欲しい」
そう伝えながら魅了の力も解除してきた。
あれから既に数時間が経つから彼女に掛かった魅了は消えているはずだ。
更に、第2王子のトーマには婚約者がいないことと、今回のパーティーで相手を見つける可能性があることも仄めかしてきた。
…これで互いに意識してくれれば話は簡単なのだが。
私達王族の主賓席とは少し離れた場所に聖女候補達の席も設けてある。
彼女たちが話をする楽しそうな表情ぐらいは見えるが、何を話しているのかまでは聞こえない。
しばらく見つめていたらリンと目が合った。でもすぐに逸らされ、少しだけ心がざわつく。
…リンが少し沈みがちなのは気にかかるが、今は取り敢えずトーマとシホの出会いが肝心だ。
私は心の揺らぎから目を逸らすと、王子たちとの談笑に戻った。
それからどれだけの時間が経ったのか、ようやく最後のワルツが流れ出した。
「折角ですから、お二人もダンスを踊られてはいかがですか?」
ダンスを促すと、リアム王子は楽しそうに貴族のご令嬢の手を取ってホールへと向かった。
…貴族のご令嬢にしては銀髪に儚げな外見の…少々地味なご令嬢を伴ったことには驚きを隠せない。いくらでも華やかな令嬢が誘われたそうな表情でこちらを覗っているのに、地味なご令嬢を選ぶとは少々…いや、かなり意外だった。
セオドア王子の「リアム…あいつアメリア似の女性を選ぶとか…まだ諦めていないのか?」と呟く声も疑問だったが。
「セオドア王子は踊らないのですか?…先ほどから美しいご令嬢方がソワソワしていますし、是非パーティーを盛り上げて頂きたいものです」
「ええ…もう少ししたら踊らせていただきますよ。お先にどうぞ」
そう言われてしまったら、私も主催者の立場として先に踊らないわけにはいかない。
トーマにもシホと踊るように促して、早速リンの元へ向かった。
リンは何かに気を取られているように俯いている。
その前に進もうと歩をすすめた時、マナカが腕に絡みついてきた。
「ルカ国王様!私もワルツを頑張って覚えました!ぜひ一緒に踊っていただきたいです~‼」
グイグイと腕に胸を押し付ける下品さには吐き気がするが、ここで踊らないと彼女に恥をかかせてしまうことになる。
仕方なく、ホールの中心に進み、一緒に踊ることにした。
音楽に合わせて体を動かすと、マナカは恥じらいながらもしっかりとステップを覚えていることが判った。これなら、王宮を出た後も下級貴族の妻となるくらいの技量はあるかもしれない。
マナーも学ばせたし、市井で暮らすことは望まなそうな女性だからマナカにも良い縁談を用意しなければならないな…。
つらつらとそんなことを考えていた私の目に、セオドア王子とリンが手を取りあってホールへと出てくる姿が見えた。
まさか、セオドア王子がリンを誘うとは予測もしていなかった。
動揺したのを悟られないように様子を覗うと密着した体勢で何かを囁き合っている。
その姿に激しく嫉妬した。
イライラして、その後は早く音楽が終わってくれることしか頭になかった。
慌てて席に戻ると、セオドア王子とリンも互いに何事も無かった様子で着席したのが視線の端に見えた。
…まあ“毛色の変わった子ネズミ”だと王子が言った通り、少しだけ彼女に興味を持っただけかも知れない…。
それほど気にすることも無いかとひたすらに話しかけてくるリアム第2王子に気を取られていたのが仇となった。
「セオドア王子はどこへ行かれたのだ?…離席するにしても長すぎる」
そうリアム第2王子と話をしてから数十分後にエイダが血相を変えてこちらへとやってきた。
手元にはリンが今日履いていたはずの靴が片方ある。
…まさか…嫌な予感が全身を包み、トーマに後の事を指示すると大広間から飛び出した。
「エイダ‼それはリンが履いていた靴だろう!…彼女は何処にいるのだ⁈」
「先ほど、巡回中の警備兵が発見しました。既に城内は捜索しましたが、リン様が普段お使いの部屋にはいらっしゃいませんでした。恐らくは…貴賓室かと…」
その瞬間、先ほどセオドア王子と踊っていたリンの姿が思い出された。
まさか!…そう言えばセオドア王子が離席してからも既に数十分が経つ…。
これは不味いことになったかも知れない…。
「エイダ、すぐに第2騎士団の精鋭数名と共にセオドア王子の部屋へ向かう。リンの安全が最優先だが、外交問題へと繋がるような動きはさせるな」
「ハッ!直ちに招集いたします」
準備が出来るまでの数分がもどかしく、どんどん嫌な予感で体が冷たくなる。
程なくして、向かった貴賓室では案の定リンとセオドア王子が一緒にいた。
「セオドア王子、ここに私の国の客人が紛れ込んでいると報告がありました。ご迷惑をお掛けして申し訳ないが、こちらでしかるべき処遇をするゆえお目こぼし願いたい」
無事で良かったという安堵から、床に座り込んでいる彼女につい手を伸ばすとセオドア王子がリンの前に歩み出て微笑んだ。
「リン様は私の国へ亡命を希望されています。既に彼女とは契約も済み、隷属の強制力も働いています。ここからは私が彼女の世話を請け負いますからリーチェス国王におかれましては気遣い無用です」
「…隷属の契約…?まさか⁈」
「ええ、既に契約は完了していますから。無理に取り戻そうとすれば国家の問題になりますよ?どうされますか?」
“隷属の契約”とは本来奴隷が主人の元を逃げ出さないようにするために結ばせるもので、我が国では違法だ。だが、他国から持ち込まれた魔法であれば処罰の対象外となる。
その上、強制力が強いため、本人が契約後に破棄したいと望んでも無効となってしまう。
セオドア王子は明らかな越権行為で私を挑発しているわけだ。
「何が望みなのだ…」
私の言葉に一瞬目を見開くと、表情が切り替わり、あからさまに捕食者の目を見せる。
…やはり隙を作った方が負けるのだ。
「…そうですね。では引き換えに魔宝石の有望な鉱脈の一部を頂く…というのは如何ですか?」
ああ…やはりソレが狙いだったのか…。
そう気づいたときにはもはや手遅れだったが…。




