5 国王陛下の気持ちが全く理解できない
二人が帰った後は特に誰も来ないし、何もすることが無い…暇だ…。
「エイダ、私も何か出来ることある?メイドの仕事のお手伝いとか…掃除くらいならできるよ?」
「聖女様候補にそんなことはさせられません!私が怒られてしまいます」
良かれと思って言ったのに物凄く嫌な顔をされた。
「聖女様じゃないんだから大丈夫だよ?暇だし、何かやらせて下さい」
そう言っても首を横に振られる。
「そんなにお暇でしたら、他のお二人のように国王陛下と沢山交流をされて、ご一緒に王宮の中庭を散策なさってはいかがですか?」
ニコニコと提案してくれるけれど、全く気が進まない…。
うーん、国王様と一緒に行動したくないから頼んでいるのに…。
「えー…?じゃあ、国王様がいない場所で私がやっても良い事って何?」
「…聖女様は国王陛下とお子を生されるために来られたのですよ?お傍に行かなくては話しにならないではありませんか!」
…ムムム。結局エイダも国王側の人間なんだな。雇い主だから当たり前か。
「…じゃあ、部屋にいるからいいや。ここでこの国の言葉を勉強したいから、エイダが教えてくれる?」
そう言った瞬間、エイダの顔が輝いた。
「まあ!リン様、やっと聖女様になるためのご準備をされるお気持ちになったのですね?リン様がこの国の言葉をしっかりマスターできるよう、講師の先生をお願いできないか聞いてまいります」
そう言うとウキウキと走って部屋を出て行ってしまった。
…いや、王宮を追い出された時、困らないように言葉を覚えようと思ったとは言えないな…。
翻訳機能がなくても大丈夫にならなきゃ市井で生活できないし。
…後はどんな仕事ならこの国でも女性一人で生活できるのか調べないと。
いくら一生衣食住が保証されるとしても、ルカ国王との接点は断ち切った方が良い。
そう私の理性が警告を発していた。後戻りできなくなる前にここを逃げ出せと…。
「初めまして、私はリーチェス王国公用語の講師を務めさせていただきますシャール・ヴィ・モルツでございます」
優雅な身のこなしで、イケオジの講師先生から挨拶されたのは、私が言葉を習いたいと言いだしてから2時間後の事だった。
いや、手配早すぎでしょう?こんなに直ぐに講師が用意できるものなの?
それとも、私以外の二人も一緒に学ぶから直ぐに来てくれたとか?
「いえ、聖女様候補の他の方々は国王陛下のご公務中もお傍にいらっしゃいますから」
そうなんだ。じゃあ、どちらかが王妃になるのもほぼ確定だし、私は先生を独り占めできる!早く習得するチャンスじゃん。ラッキー!
嬉しくなって先生に精一杯の笑顔で挨拶する。
「リーチェス王国の公用語に興味がありますので、是非ともご指導をお願いします!」
「国王陛下のお相手である聖女様からそんな笑顔を向けられても私は手を出すことも出来ないから困ります。美しい女性とは親しくなりたいのに許されない恋ですね」
…うーん…。この国には女と見たら口説く人間しかいないのかな?
それでも、さすがは王宮御用達の先生だけのことはあった。
すごく発音がきれいだし、イントネーションも判りやすい。
…英語に近い発音なのも、理解しやすい要因かもしれないな。
ディナーの1時間前までには、私も少しは言葉が話せるようになっていた。
「リン様は呑み込みがお早い!これならば、数日で公用語を話すことが出来るようになりますね」
そう言ってウインクされるとまんざらでもない。
「シャール先生の教え方が素晴らしいからですよ!明日もよろしくお願いします」
先生は満足そうに笑顔で帰って行った。うん!今日の私も頑張りました。
「エイダ…勉強を頑張り過ぎたらお腹がね、少し空いたんだけれど夕食もここで…」
チラチラと媚びるようにエイダに言ってみたものの力いっぱい拒否された。
「本日は国王陛下とご一緒に召し上がっていただきますからね!あのお二人よりもリン様の方が国王様には相応しいのですから」
何でエイダはそんなに国王様を推してくるのよ?お付きメイドの株でも上がるの?
「ええ~…国王は絶対に私のことを嫌っているよ。全然心開かないし、いくらイケメンでも私も苦手なタイプだし…」
ゴニョゴニョと言い訳してはみたもののエイダの強い視線は緩まない。
「さあ!今からお風呂に入って、ディナーまでには完璧なレディに仕上げますよ?」
そう言うと、無理やり服をはぎ取られて、お風呂へ叩き込まれた。
ぐえっ⁈エイダ⁈…泡が鼻の穴に入っている…ブッファ…⁈ゴホゴホ苦しいよう…
そんな私には構わず、エイダは全身をゴシゴシと洗い上げると、今度はベッドの上でバラの香油を使った全身のマッサージを始めてくれる。
うおー⁈こ、これは気持ちがいい…エイダの手が背中を滑って、私の肩コリまでほぐしてくれるようだ。しかもバラの良い香り…。
気持ち良すぎて寝てしまうかもしれない…。
そのままエイダのテクニシャンぶりに私は寝落ちしてしまったのだ。…しかも…裸で。
もちろんベッドの上だし、ベッドも周りは天蓋が下ろされているから外からは見えない。
でもね、いくら女性同士とは言っても裸で爆睡するのはいかがなものか?
ましてやここは王宮だと言うのに。油断し過ぎだろう?私…。
よだれまで垂らして寝ていた私に微かな笑い声が聞こえる。…ぅ…ん?もう夕飯かな?
「エイダ…私寝ちゃったみたいで…」
むにゃむにゃと寝ぼけながらも体全体が暖かくて、もう一度寝落ちしそうになる。お布団で包んでくれたのかな?すごく気持ちいい…。
「お前は、私が嫌いだと言ったり、裸で抱き着いて誘惑してきたりと随分と気を持たせるのが上手いな。…どこでこんな手管を覚えたのだ?」
…うん?耳元から声が聞こえる気がするけれど…まさか…⁈
「私もそろそろ聖女候補である二人の元へと行かねばならぬ。このままお前を抱いてやる時間も無いが…お前は一体どうしたいのだ?」
この声は…もしかして…。恐る恐る目を開けると、そこには金髪碧眼の意地悪国王が私を抱きしめていた。
ベッドの上で一緒に寝転んだ状態…しかも私は裸ですよ⁈
いや、国王様はちゃんと服を着ているけれどね⁈
あまりのパニックに慌てて離れようとするけれど、彼の手が腰に回っているので動けない。
「まったく…。お前ほど直接的に行為を迫る女は見たことが無いな。お前には慎みというものは無いのか?」
そう思うなら離してくれよ⁈しかも、掌で腰を撫でまわすのも止めろ‼
「…迫っていないし、抱かれたくもありません。…そろそろ離してください」
平静を装いながら必死で振りほどこうとするも、その手は緩まない。
「私が来るのをベッドで待っていたくせにか?…しかも生まれたままの姿で」
そう言いながら首筋を舐められると、思わず声が出そうになる。うう…危なかった。
「別に国王様の事は待っていません。エイダに香油でマッサージをしてもらっていたらすっかり寝入ってしまっただけですから」
身を捩りながら、ジタバタともがくとやっと国王陛下は私から手を離してくれた。
「お前は本当に面白いな。では私は先に広間で待っているから、準備ができたら来い」
いきなり興味が失せたように、今度は振り返りもしないで部屋を出ていった。
裸で残された私は呆然とする…。一体何だって言うのよ…?