47 ルカ国王の聖女に捧ぐ想い②
トーマとシホの事で悩んでいた私を更に困らせることが起きた。
「オールヴァンズ王国の王太子殿下と第2王子が我が国を訪問したいだと?」
宰相から告げられた言葉に思わず絶句した。
…何も聖女選定の時期を狙って訪問することもあるまいに…。
まあ聖女召喚の儀はリーチェス王族の秘匿事項なのだから偶然なのだろうが…。
「だが、なぜこの時期なのだ?選定の儀が終わる数週間先まで待ってもらうことは出来ぬのか?」
「それが、オールヴァンズ王国現国王からの書状にはエンネル様と第2王子様のリアム様との婚約が正式に整ったと…。ですから少しでも早くそちらに挨拶に伺いたいと強い要望がございまして…」
チッ…まったく忌々しい。
今まであれ程に我が国を下に見て放置しておきながら、いきなり婚約を整えたから外交の準備をしろとは…。
「しかも数日中にも来るとなれば、滞在施設の準備すら儘ならぬ。…王宮に滞在させるしかあるまい」
「では、聖女候補の方々はどうなさいますか?…見た目からして異世界人であることは隠しようもございませんが」
「最終夜にダンスパーティーを行い、そこで初お披露目という形を取れば、友好国に対し隠し事はしていないという大義名分にもなる。それまでは聖女候補達には出歩かせず、個別にダンス講師を付けて本番までに体裁だけは整えさせろ」
「はい。承知いたしました。…リン様はいかがなさいますか?」
リンか…彼女にはしっかり言い聞かせないと、また好奇心のままに行動してとんでもない事をしでかしそうだ。…私の口から伝えた方が良いか…。
「リンにもダンスの講師を手配しろ。…高齢の講師が良い。詳細については私から直接伝える」
私室でのリンと語らうひと時は私にとっても心が休まる唯一の時間だ。
だからこのタイミングでオールヴァンズ王国の王太子一行が来るせいで、この貴重な時間すら奪われるのが口惜しい。
夜半過ぎ、いつものようにベッドで同衾するとリンは嬉しそうにすり寄ってきた。
「これから1週間の間、私はオールヴァンズ王家につきっきりで対応することになる。当然こちらの私室に戻ることもほぼ無くなる…」
私が来れないと告げた時のリンの悲し気な瞳…これは、もう完全に私の事を好きになっているだろうと確信する。
“聖女候補を出来るだけ隠すために、食事もしばらくは各自の部屋で取り、外には出ないように気を付けて欲しい”ことを告げ、ダンスの練習も促すと少しだけ困った顔で頷いた。
彼女はどうやらダンスは不得手らしい。
…まあ、私を倒そうとした身体能力があればどうとでもなるだろう。
後少し…聖女選定が終わったら今度こそお前に聖女だと告げて、私の気持ちを伝えよう。
今はまだ告げる事が出来ない…そんな想いを込めて深く口づけた。
以前のように拒むことの無い唇に酔いしれながらその晩は深い眠りについたのだった。
翌日からはオールヴァンズ王国の主賓を迎えるための準備と執務に追われ、私室に帰ることが全く出来なくなった。
リンの身が心配ではあったものの、警備体制の見直しが必須だったため、エイダも通常の騎士団勤務に戻し、王太子一行が滞在する際の警備計画などを第一騎士団と連携し進めさせるためだ。
他国の王族が滞在する場合は主賓室の警備が一番の問題となる。
もしわが国で滞在中に暗殺でもされた場合には外交問題であり、下手をすると戦争が勃発しかねないからだ。
当然食事の安全面や清掃のための人員にも気を配らねばならず、滞在の予定日時も迫っているためにほぼ毎日、執務室で数時間の仮眠を取っては準備を続けた。
…かなり無理はしたが、おかげで王太子一行が到着する前に準備を終えることが出来たことに安堵する。
…そうだ、王太子一行の為のダンスパーティーには、当然我が国の第2王子であるトーマも同席することになる。
そこでシホと躍らせれば互いに番いであることが解るのではないか?
我ながら素晴らしい思いつきだと思えた。
…これならば外出せずとも自然に二人は出会えるし、リンも外に出たいと騒ぐことは無い。
時間は無いが、当日までにトーマの象徴であるシトリン宝石を使った髪飾りを作らせ、当日、彼女に掛かっている私の魅了を解いてからシホに渡そうと計画した。
これを髪に飾らせ、トーマと惹かれ合えば如何に鈍いトーマでもシホを意識するだろうと思ったからだ。時間的猶予は無いが、何とか間に合うだろう。
オールヴァンズ王国の王太子は現在の婚約者に強い執着を持っていると風の便りで聞いたことがある。
その弟も妹姫のエンネルと婚約が成立した以上、彼らの寝所に色事目的の女性を準備するのは失礼になるだろう。
…まあ、聖女候補達に色目を使われる危険も無いから安心といえば安心だが…。
それでもオールヴァンスのセオドア王子はかなりな美丈夫だと聞いたことがある。
まさかリンに限って彼に心を寄せることは無い…とは思いたいが、不安は消えない。
まあ、王宮内でオールヴァンズ王国の王子に出くわす可能性などほとんど無いだろうし、杞憂に終わると信じたい。
出来るだけ彼女を自由にしてやりたい思いと、気ままに私から離れて逃げ出そうとする彼女を閉じ込めてしまいたい思いがせめぎ合う。
早く傍に行って抱きしめたい。彼女の温もりを感じて、彼女の微笑む顔に口づけたい…。
そうすればこんな思いなどすぐに消えてしまうだろうに…。
私はため息を吐くと執務を再開したのだった。




