44 ルカ国王の拗らせ物語④
リンが部屋から消えて、数時間が経った。
彼女の行方は依然として知れず、もしかしてと捜索させた異世界の聖女候補達の部屋にも蔵書庫にもいないことが確認された。
あと彼女が立ち寄る形跡のある所と言えばどこだろう…。
必死に考えを巡らせるが、焦るばかりで思考が纏まらない。
「陛下…まだリン様が異世界へお帰りになったとは限りませんし、私が警備隊の指揮を取りますので少しお休みください」
騎士姿のエイダに声を掛けられるが、不安が膨らむばかりでとても眠る事など出来そうにない。
「だが、リンは夜着のままで姿を消したようだ。今頃寒さに震えているのではないかと思うと私だけが安穏と休むことなどできない」
「ですが、国王陛下までお倒れになることは国の為になりません。せめて仮眠だけでも…」
ふいにエイダの声に紛れて微かに小さな声が聞こえた気がした。
「リン⁈戻って来たのか⁈」
慌てて廊下に飛び出し辺りを見回す。
ああ…不安のあまり幻聴まで聞こえたようだ。
「国王陛下…お体に触りますので、少しはお休みください。私が代わりに陣頭指揮を取りますので…」
エイダに繰り返し小言を言われる。
…確かに今の私に必要なのは休息と冷静さなのかも知れない。
そう思い部屋へ戻ろうと踵を返した時、突然エイダが部屋を飛び出した。
廊下の隅に置いてある銅像の陰へと向かい、そこを覗き込む。
「リン様…見つけましたよ?夜通しの鬼ごっこはさぞかし楽しかったことでしょうね。今まで、こんなところで何をなさっていたのか…これからじっくりとお話を伺いますからね?」
リン…?…まさか部屋を出て数メートルの所に隠れていたとは思わなかった…。
もちろん確保して部屋へ連れて帰った。
床にしゃがみこむリンの前に私と宰相、そしてエイダが並んで見下ろしている。
異世界へ戻っていなかったという安堵の反面、簡単に逃げられたという怒りが大きい。
「何処へ行っていたのだ?」
イライラしながらリンを問い詰めるとすんなりと吐いた。
「…つまり、お前は王妃の部屋に鉄格子が嵌っているのを見て、二人の聖女候補も監禁され、私に強姦されていると思った。そこで二人の様子を確かめようと部屋を出たら、大事になってしまい一晩中廊下の隅で震えていた…そう言う訳だな?」
私はリンの勘違いに盛大なため息を吐いた。
私は複数の女性を囲う趣味は無いし、ましてや無理強いする気も無い。
…リンにしか向けていない愛情をそんな風に受け取られているとは心外だった。
「二人の聖女候補についてはお前と違って逃亡を図る意思は無いため、通常の客間で過ごしている。当然警備の者はいるが、窓に鉄格子は嵌っていない。…ついでに言えば、私は監禁も強姦もする趣味は無いからな」
そこで、彼女の顔が微かに驚くのを見て笑みがこぼれた。
…まだ逃亡の計画がバレていないと思っているのか。
「お前が私の元から逃げようと画策していることは最初から判っていた。だから侍女としてエイダを付けたであろう?」
「エイダって、普通の侍女じゃないんですか…?」
「当り前だ。王宮の侍女は下級貴族の令嬢がほとんどで、このような働きは出来ない。彼女は“王宮警備隊2番隊”の陣頭指揮を執るエイダ隊長なのだからな」
そこまで聞いたリンが突然、全く別の話をしだしたので驚いた。
「あの…私と一緒に来た二人には宝石とかドレスを沢山プレゼントしたって聞きました。…なのに、何で私にはいやらしい夜着を贈ったんですか⁈」
…リンは宝石やドレスが欲しかったのか?今日話した時には欲しくないと言っていたのに。
それにいやらしい夜着というのは何の話だろう…?
「…お前に宝石やドレスを与えれば逃亡の資金としようなどと企てるかもしれないと考えたからだ。夜着は…まあ、私の趣味だな」
いやらしい夜着のことは分からないが、多分エイダに指示した夜着の事だろう。
私の答えを聞いたリンは悲しげな顔をすると、いきなり床に突っ伏してベソベソと泣き出した。
こんなに大事になるとは思わず、恐ろしい一夜を過ごしたからか…?だったら私は怒っていないとリンに判らせてやらなければ。
そっと抱き起すと顔が涙でグチャグチャになっている。
…その涙さえ、聖魔力がふんだんに込められていると思うだけで喉が鳴る。
これも魔宝石の鉱脈がそうさせているのだろうか?
「そんなに涙を零すのはもったいないだろう?私が舐め取ってやろう」
そっと柔らかな頬に舌を滑らすと、リンが微かに震えるのが判って益々気分が高揚した。
「…国王陛下はリン様にお話しされていないようだが、異世界から来た聖女候補様の体液にはこの国が欲している聖魔力が含まれているのだよ。国王陛下は魔宝石の鉱脈と繋がっているため、聖魔力を無駄にしたくないとこんな行動をされているのだ。判ってやってくれないか?」
宰相がついでのように補足しているが、そんなことはどうでもいい。
彼女の涙を舐め取ることにすっかり私は夢中になっていた。
「もうヤダ!こんなことを聖女様候補全員にやる国王様なんて大っ嫌い!」
リンは私を突き飛ばすと自室へ閉じこもりベッドで大声を上げて泣き叫んでいた。
「国王陛下…今のリン様は少しナーバスになっておられますから、そっとしておいてあげてください…」
「だがエイダ、せっかくリンが無事に戻ってきたのだから話をしたかったのだが」
「…多分、今はお話を聞ける精神状態ではございませんよ。もう少し落ち着くまで夜のご訪問もおやめくださいね」
…エイダは笑顔だが、拒否は許さないといったオーラを放っている。
何が不味かったのかは分からないが、リンと会う時間が減らされたことだけは判ったのだった。




