37 ルカ国王の初恋②
「それでは、只今よりお部屋へご案内いたします」
私はエイダに合図を送り、リンの護衛とメイド業務を兼ねさせることにした。
他の二人には通常のメイドを傍付として配置する。
「私と今夜のディナーを取るまでの間は部屋でゆっくりと過ごしていただきたい。気に入ってもらえると良いのだが」
周りから“天使と見紛う微笑み”と称される笑顔を向けるとシホもマナカも鬱陶しいほどに私にすり寄ってきた。
「リン・イチノセさん?貴女も勿論私と一緒にディナーをしていただけますよね?」
当然彼女も誘いを受けてくれるものだとばかり思っていた私は、彼女から体調不良を理由に断られて驚いた。
…本当に具合が悪いのだろうか…?見た目では解らないが、私の正妃にもしものことがあっては困るので、後でエイダに確認させねばと心に刻む。
「判りました。…ではリン様とはまた、体調が戻られたら別に時間を設けましょうね」
そう言って引こうとしたが後の二人が存外しつこく、グイグイと体を押し付けてくる。
どうやらリンだけ別にと言った特別扱いが気に入らないようだが、私にとっては当然のことだ。
興味の無い女に言い寄られるのは面倒なので作り笑いで一歩引くと、またリンが眉をひそめた。
…まさか、今まで誰にも気づかれたことが無い私の感情を伴わない笑顔を見抜いたわけでもあるまいし、なぜリンがそんな表情をするのかが判らない。
モヤモヤした気持ちのまま、その日は二人の異世界女性と共にディナーを終えた。
翌朝、エイダを呼びだしリンの具合を確かめると“疲れていただけのようで、今は元気に過ごしている”と聞かされ安堵した。…むしろ私の体調の方が良くない気がする。
「エイダ…私はリンを見ていると、胸が痛い。しかも動悸が激しくて顔まで火照るのだが…これは病気だろうか…?」
「あの…国王陛下、昨日リン様をご覧になってからその症状が出たのでしょうか?」
「ああ、今までこんな状態になったことは無い。まさか不治の病か…突発的な病気なのだろうか?」
「…僭越ながら申し上げますと、陛下はリン様に初恋をされたのではないかと思われます。“恋の病は医者でも治せない”と申しますから不治の病ではありますが…」
エイダの言葉に一瞬思考が停止する。…初恋…?顔を見るだけで色々な感情が湧きだすこの気持ちが…?
狼狽えつつも、聖女相手に恋心を抱いたことには安堵した。…これならば媚薬なしでも抱くことが出来る。あとはリンの気持ちが私に向くだけで良い。
「ただ、リン様はどうも国王陛下に対し…あまりご興味がないご様子です。私の方でも働きかけてはみますが、国王陛下自らリン様のお部屋を訪問されてはいかがでしょうか」
エイダの提案に成程、そういうものかと頷く。
私には今まで愛する女性がいなかったので、異性に対しどうやってアプローチをしたら良いのかが全く判らないのだ。
元々権威も名誉もあるため、相手の方から積極的に来るのが常だったのだから仕方ないだろう?
…まあ、だからこそ今、困っているのだが。
先にエイダを部屋へと帰し、公務を終えてからいそいそとリンの部屋に向かった。
…先ずは、彼女の興味を引く話題をしなければいけないが、それを聞き出すことから始めた方が良 いか…?思案しながら部屋へ着くと、エイダが迎えてくれる。
「リン様は現在、ベッドでゴロゴロとなさっています。お暇だと仰っていましたのでぜひ話し相手になって頂ければ…」
一日ぶりに彼女に会えるとウキウキしていた私は、エイダが水を向けてくれた会話に混ざろうかとこっそりベッドに近づいた。
「異世界から来られたお二方はルカ国王陛下に夢中なご様子なのに、リン様は陛下がお嫌いなのですか?」
昨日会ったばかりで嫌う理由も無いだろう。“そんなことないよ”と彼女が答えたら出て行こう。…その期待は裏切られることになる。
「うーん…嫌いじゃないけれど、苦手…かな? だって、ルカ国王っていつも笑顔だけれど、あれって作り笑いでしょ?目が笑っていないから直ぐに判ったよ。大体、金髪碧眼で自分がイケメンだから適当に相手していれば勝手に相手がなびくと思っているところも嫌いなタイプだし、昨日初めて会った時にも冷静に観察している感じで態度が悪いよね?それに…」
あまりにも的確な悪口に二の句が繋げない。
今まで誰にも気づかれていなかったはずの愛想笑いをリンは見抜いていた。
しかも興味が無いからと適当に相手をしていたことまで知られているとは…。
振り返るとエイダが天を仰いでいた。
…このまま突撃するしか道は無いようだ…。
「ほう…?リン・イチノセ様は私が余程お嫌いとみえますね?」
出来るだけ穏やかに言ったつもりだが、ひきつった笑みになってしまった。
「それに、貴女は中々私のことを良く見ているご様子…。実際には私のことを気にしているのでは無いですか?」
…ここで彼女がYESと言ってくれれば“私もあなたに興味があります”と言えるのに。
そう願っても彼女は何かを考え込んでいて一向に私と目を合わせようとしない。
思わず焦れて彼女の顎を掴んで無理やり私の方を向かせる。
「聞こえていないのですか?本当は私のことを意識し出しているのでしょう?」
我に返ったように慌てて頷く彼女が憎たらしい。
「そうです。ルカ国王様って素敵だな~って思っていました。でも、御前に出ると緊張し過ぎて…私ごときが傍に寄るなんておこがましいかなって」
…これほど適当な言い訳を言われるとは思ってもみなかった。彼女の本心が知りたいのに、私の前では彼女は偽りばかりを口にする。
「先ほどは、作り笑いだとか、適当に相手をしていれば靡くと思っているところが嫌いだとこの口は言っていたようですが?」
そう言いながら、彼女の頬をムニムニと触ると驚くほどの柔らかさに手を離しがたくなる。
…世の中の女性と言うのはこんなにも柔らかく触り心地が良いモノなのだろうか?
気持ちがいい…もっと触りたい。…できれば彼女の全身を余すところなく触れてしまいたい。
そんな欲求に溺れそうになっていた時、リンの腹の虫が盛大に鳴ったのだ。
『ググ~グググ…グウ~』
思わず唖然とし、その後堪えきれず大笑いしてしまった。
リンは色気より食い気が勝っているのだと感じたから。
「いつもみたいに嘘くさく笑っているより、そっちの方が絶対に良いですよ」
リンが初めて本音で話した言葉がそれだった。
「今、なんと申した」
リンの本音をもっと聞きたい。彼女を手に入れたい…。そう思うとつい詰め寄ってしまう。
「いや…だから、愛想笑いしないで今みたいに笑っていたほうが体にも心にも良いですよって話ですよ!私はここに来る前の世界で、はやり病で死んじゃう人をいっぱい見て本当に辛かったから、無理して笑う人はもう見たくないんです!」
…そうか、それが彼女の元居た世界と彼女の本音なのか。
私も両親をはやり病で亡くしているから彼女の気持ちは痛いほど分かる。
伝染病が疑われる場合は死に目に会う事すら許されないのだから。
…そんな世界で辛い思いをして、健気に頑張っていた彼女の気持ちを思うと触れたくて我慢できなくなる。
彼女の意思を確認もせず、思わず顎を掴んだまま引き寄せ口づけた。
ああ…彼女の唇はなんと柔らかく甘美なのだろうかとひたすらに思いながら。




