34 届いた気持ち
「少し前までは外の世界で暮らすことしか考えていなかったの。前の世界では流行り病で亡くなる人が多かったって話したでしょう?それが辛くて、少しでも助けになりたくって頑張っていたんだけれど」
でもこのリーチェス王国に来てからは、もう遠い世界の話になってしまった。
あんなに毎日、必死で働いていたのにそれすらも遠い過去に感じる。
「リーチェス王国で王宮にいたままだと、私は誰の事も助けられないし、自分だけが安穏と暮らせればそれで幸せって思うことは出来ないと思ったの…だから外の世界に出て行きたかった」
私の拙い想いをルカは静かに聞いてくれていた。
「言葉を覚えて違う国に行こうと思ったのも、自分の知識が役立てば良いなって思ったから。でも、結局オールヴァンズの王子様に騙されて、ルカに迷惑を掛けただけになってしまったけれど…」
自分が愚かなせいで周りに迷惑を掛けてしまった。大切な人を傷つけて、やっと自分の愚かさにも気が付けたけれど…。
「でもね、最初は人の役に立ちたいなんて言っておきながら、最後の方はルカから離れるためだけに…王宮を出たかったんだよ」
「…それほどに私が嫌いなのか…?」
悲しそうに呟くルカを見つめて、私は首を横に振りました。
「私がルカの事を好きになっちゃったから…聖女様とルカが愛し合うのを傍で見ていることが苦しくて我慢できないと思ったから離れたかったの…」
思わず涙が頬を伝い落ちるのが判りました。
「私の事をルカが大切にしてくれるのは、あくまでも聖女候補だから機嫌を取っているだけだと思ったの。愛玩動物のような扱いじゃ傍に居るのが苦しかったから…」
「…お前が…嫌だと言うから触れないように我慢したというのに…?」
「うん…。だって私以外の人を抱くくせに、私に触れるなんて我慢できないもの‼」
「…お前自身が聖女なのに、お前は自分にヤキモチを焼いていたのか?」
確かに今になれば馬鹿なヤキモチです。
でもあの時の私は自分が聖女だなんてこれっぽっちも思わなかった…。
「絶対にシホちゃんが聖女だと思っていたから。ルカがシホちゃんに触れて微笑むたびにイライラしてこんな自分が嫌いになりそうだった」
そう言うと嬉しそうな顔で口づけられました。
「…リン…お前がヤキモチを焼いてくれて嬉しい…」
「中庭で散々あの二人とイチャイチャしていたくせに‼…傍に侍らしてデレデレしていたでしょう⁈」
「…あれも、お前に意識して欲しくてやったことだ。あまりにお前が靡かないからエイダに相談したら『リン様には少しヤキモチを焼かせた方が良いです』と言われたのでな」
…くう…‼あれもエイダの作戦だったんだ…‼
「じゃあ…私にだけエッチな夜着を贈ってきたことは…?」
「あれは…まあ、男がドレスを贈るのと同じ理由だな」
「…ドレス…?着飾らせたいとか、そういう…?」
そう聞くと、私の毛布をはぎ取りながら耳元で“脱がせたいからに決まっているであろう?”と囁かれました。
「愛する女性の全てを暴くのも夫としての大切な務めだからな。…ところで、この煽情的な夜着はどうしたのだ?」
ニヤニヤしながら聞かれて、自分が今エッチな恰好をしていることを思いだしました。
「ギャーッ⁈こ、これはエイダが…あの…ルカ様にごめんねとおねだり用にって…」
「これもエイダの仕業か…流石に婚姻済みだけあって男のツボを判っているな」
「え?エイダって結婚しているの?…相手は私の知っている人?」
「ああ…お前の言語学の講師だったシャール・ヴィ・モルツがそうだ。確か、エイダが惚れこんで彼に迫ったと聞いたが…」
「ええっ⁈シャール先生と結婚していたの?じゃあ、最初に先生から口説かれたのも社交辞令だったんだ…」
私の言葉を機嫌よく聞いていたはずのルカがそっと私を抱き寄せました。
「シャールに口説かれた…そう言ったか…?」
ひえっ⁈何だか笑顔が怖いです。何か拙いことを言ってしまったのでしょうか?
「ええっと…仲良くなりたいのに禁断の恋だねとか適当な社交辞令を言われただけで、口説かれたって言うのは誤解かな~なんて…」
アハハと必死に取り繕ってみたものの、ルカの腹黒笑顔は消えないままです。
「大体、寝所で別の男の名を呼ぶのも気に食わん。お前は私を怒らせたいのか?」
後ろに真っ黒な闇が見える…笑顔がヤバいです…。
い、今こそエイダ直伝のあの作戦を決行する時だ‼
「ルカ…大好き…」
そっと口づけると、ルカの表情が驚きに変わりました。
「…私の全部をあげるから、ルカの気持ちも全部欲しいの。聖女じゃなくて、ただのリンとして愛してくれる…?」
真っ赤になりながらも想いを伝えると、彼の表情から全ての感情が抜け落ちました。
…あれ?もしかしたらこれじゃ気持ちが伝わらなかったかな…?
「お前は…私をどうしたいのだ?」
突然噛みつくような口づけが降ってくると、そのまま口内まで舌が侵入して私の全てを蕩かしていきます。あまりの激しさに、ぐったりした私を見下ろすとルカはゆっくりと私を組み敷きました。
「もうすでに、私の心はお前のモノだ。…ああ一度愛するだけでは終われる気がしない。このまま、私の気が済むまでお前を離してやれそうもないな」
その言葉に戦慄します。
「あの…私、初めてなので…そんなに長い間は無理かと…」
必死に抵抗したものの、彼は性急に服を脱ぐと妖艶に微笑みました。
「あんなに私を煽った責任を取ってもらうだけだ。それにあのオールヴァンズの王子いわく、『世界は概念で繋がっている』そうだぞ。お前の聖魔力がこちらの世界を癒し、潤せば、異世界のお前の国にも癒しの力は降り注ぐ。だからお前が私を愛すれば愛するほど、異世界のはやり病も癒される可能性はあるな」
だから、お前は私をたっぷりと愛せばいい…そう囁く彼から愛され続け、そのまま3日の間…私はベッドから出してもらえませんでした。
ぜ、絶倫すぎるでしょう…。
一週間後、ご機嫌なルカに無理やり執務室に連行された私は、相も変わらず膝枕でゴロゴロすることを強要されていました。…皆の生暖かい眼差しがキツイです…。
“コンコン”扉がノックされ、宰相様が大量の書類と共に入ってきました。
…もう、この状態の私を見ても誰一人動じないのね…。
「国王陛下、先ほど魔宝石の鉱脈の産出量についての調査報告書が上がってまいりました」
「フム…。前年との比較はどのようになっている?」
「はい。…大変申し上げにくいのですが…」
え?もしかして減っているの?それじゃあ、やっぱり私が聖女だって言うのは間違いだったの⁈
思わず飛び起きて宰相様を見つめると、ルカに後ろから抱きしめられました。
「リン…少し落ち着け。椅子から落ちるでは無いか。…産出量についての報告の続きを」
「はい…あの…前年との比較といいますか、過去最高の産出量を記録いたしました」
「鉱脈との聖魔力の循環は上手く言っているようだな。…品質はどうなのだ?」
「量、品質ともに申し分ない物となっております。今までの物より格段に品質が向上しているため取引価格が高騰し、一週間で昨年の数か月分の国庫収入を超えました」
「…少し、輸出量を抑えないと近隣諸国から目を付けられるかもしれぬな」
「オールヴァンズ王国とは国交を回復していますし、それ以外の諸国との取引材料として輸出量を絞ることが必要かと…」
「…判った。それで進めてくれ。…リン?どうしたのだ?」
最後の言葉は私に向けられていたようで、ハッと我に返りました。
「あの…魔法石の産出量が増えているってことは…その、これからはルカとの夜の関係も…少し落ち着くってことで良いのかな?…なんて…」
何がって?もちろん夜の営みの事ですよ‼だって、国王様といっぱい交わったから聖魔力が足りているってことでしょう?じゃあ、私も少しは夜、ゆっくり眠れるってことですよね?
私の言葉にニッコリほほ笑んだルカは、何故かエイダに目をやりました。
「エイダ…?この後の公務の予定は?」
「ハイ。あとは雑務となりますので、余程重要な決裁以外は宰相様で大丈夫かと存じます」
「宰相…?お前があんなことを言ったせいだぞ?責任を取って今日はここで政務に励めよ」
「…はぁ…国王陛下の御心のままに…」
何で、こんなやり取りがされているのかもまったく分からないまま呆然としていると、私を抱きしめていたルカの手が離れました。
そのまま、今度は横抱きされ…お姫様抱っこ⁈何で今⁈と狼狽える私を尻目にルカは執務室を出て行ったのです。
後1話…続けて投稿させていただきます。




