29 自覚した恋心
「魔宝石の鉱脈はリーチェス王国の宝だ。それを他国の者に売り渡すことは出来ない」
ルカ様の厳しい言葉にもセオドア様は動じません。
「土地を売ってもらう必要はありませんよ。一部の有望な鉱脈で産出された魔法石の輸出に関する権利だけ欲しいのです」
「それでも、我が国にとっては大変な損失になる。そのような話には乗れない」
「…ではリンは要らないのですか?彼女がいなければ昨今困ることになるのは貴方の方では無いのでしょうか?」
「セオドア王子‼…貴方は何を…どこまで知っているのだ⁈」
「まあ、ある程度推測できたので。別に私はリン自身の知識を持って帰っても良いのですよ?ただ、リーチェス王国の為にも交渉は必要かなと思ったもので」
セオドア様の言葉を聞くとしばらく考えたのち、ルカ様はため息を吐きながら頷いた。
「判った。…貴方の要求をのもう」
「ありがとうございます。勿論タダで貰おうとは思っていません。適正な金額であれば私の私財から支払いもしますよ」
「オールヴァンズ王国の名義にしなくても良いのか?」
「ええ。私の個人名義でお願いします。愛する婚約者と確実に婚姻する資金を用意しておく為ですからね」
二人のやり取りを呆然と床で聞いていると、セオドア様は少しだけ申し訳なさそうな表情で私を見る。
「ごめんね、リンちゃん。君の事を利用して…でもこれも私の幸せのためだと諦めて」
そして、唖然とする私には目もくれず『契約書の名義をリーチェス国王では無く、ルカ殿下にしておきましたよ。これで契約は成立です』と契約書を交わしている。
…私はもしかしたら二重の意味で騙されていたのだろうか…。
セオドア様には私を亡命させる気は最初から無く、リーチェス王国の魔宝石の鉱脈の権利を奪うことだけが彼の望みだとしたら…。
今回、ルカ様が聖女様と成婚しなければならないのも、魔宝石の産出を増やすためのモノだと言っていた。知らない聖女様と結婚して体を繋げるのも国王の務めだと…。
なのに、その魔宝石の鉱脈をセオドア様に奪われたら、ルカ様は何のために自分を犠牲にしてまで成婚するのか…。こうなったのも浅はかな私のせいだ…。
私が選んだ逃亡への道はとっくに塞がれていて、私に残ったのは隷属の指輪とルカ様に対する後悔だけ。そんな悲しい結末しか選べなかった自分が大嫌いで、私はそこから立ち上がることが出来なかった。
結局、ルカ様はセオドア様と共にパーティー会場へ戻り、何食わぬ顔で談笑を続けたらしい。
私はと言えば、ショックで立ち上がることも出来ず、王宮の騎士に抱きかかえられてルカ様の部屋へと帰された。
私を一人にさせるのが心配だからとエイダも傍に居てくれたけれど、私の頭は未だパニック状態で上手く言葉を紡ぐことさえ出来ない。
「…リン様、お顔の色が真っ青です。温かいお茶でもいかがですか?」
エイダが私にティーカップをそっと持たせてくれると、立ち上る香りと温かい湯気にホッとして、思わず涙が零れた。
「…わ、私がここにいたらルカ様に迷惑がかかると思ったから…だから…」
最後の方は言葉にはならなくて、ポタポタと零れる涙が、お茶に雨の様に波紋を作っている。
「ルカ様に幸せになってもらいたいの…。でも私じゃダメだから…傍に居たら辛いから」
「…リン様が王宮から消えてしまう方が、国王陛下は悲しまれると思いますよ?」
私の泣き言を聞いていたエイダが、そっと寄り添ってくれる。
でも、今の私にはそれさえも辛かった。
「私が馬鹿だから、セオドア様に騙されて、ルカ様が大切にしていた宝物を取られちゃった…私のせいだ…ぅう…もう消えちゃいたいよ…」
「もう済んでしまったことは仕方ありません。それよりも、ルカ様のお傍で、貴女が幸せにしてあげる選択肢は無いのですか?」
「私じゃ…聖女じゃないとルカは幸せになれないんだもん…でも聖女様を抱きしめているルカ様を見るのも辛いから離れたかったのに…」
「…リン様は…国王陛下が…ルカ様の事がお好きなんですね?」
エイダに言葉にされると、その感情は驚くほど素直に私の心の空洞に納まった。
私はルカ様の事が好き…自分がペット扱いされるのが辛かったのも、彼がシホちゃんにだけ髪飾りを贈ってコッソリ会いに行ったことに傷ついたのも、全部ただのヤキモチで…。
一緒に笑って、沢山話しをしたことで、ルカ様の事を知って、好きになった。
最初は金髪碧眼のイケメンだけれど、冷たい印象の国王様だと思っていた。
でも意地悪で、変態なところも知ったし、寂しがり屋で甘えん坊なところも彼の魅力だと思えた頃…既に私は彼に堕ちていたのだ。
「うん…私、ルカ様が好き…」
エイダの目を見て伝える。
「ではそのお気持ちを国王陛下に直接お話しされた方が…」
「それは…ダメだよ。ルカ様は絶対に聖女様と結婚するんだって言っていたし、私が気持ちを伝えたら、きっと苦しむもん…」
私みたいなペット相手でも、彼は絆されて捨てられなくなってしまう。そうなれば、聖女様との関係を邪魔することになってしまうから…。
「だから言えないの。でも話を聞いてくれてありがとう、エイダ」
ルカ様への想いはきっと、彼に一度でも伝えればドンドンあふれ出してしまう。
そのうち独占欲で、彼を縛りたくなってもっともっと苦しくなるだろう。
「明日、ルカ様に会ったら、王宮で働かせてもらえないか聞いてみる。魔法石の鉱脈の損失分だけでも返せるように…一生かかっても返すから」
エイダは困った顔で私を見たけれど、今の私に出来ることはそれぐらいしか無いのだから。
自分の事しか考えていないクズ王子って良いですよね←誉め言葉




