19 深夜の鬼ごっこ
※誤字報告ありがとうございます。本当に気づかなかったので助かりました。
慌ただしく王宮を走り回る警備兵と、扉の向こうで時おり聞こえてくる怒号…。
現在、王宮警備隊が全総力をあげて探していただいている私は、柱の陰で震えています。
逃亡を始めてからものの5分で逃亡が発覚して、物凄い数の警備の人が血眼になって探しているのに、素人の私ごときが逃げられると思いますか?
国王様の扉のすぐ傍の廊下の角っこの柱と銅像の陰に体を小さく丸めて隠れるだけで精一杯でした。移動距離5メートル!…本当にどうしようコレ…。
今さら帰ったらどんなお仕置きをされるか判らないし、二度と王宮の外に出して貰えないかもしれない。いや、それどころか、鎖につながれて監禁…もしくは牢屋行きとか…?
既に、逃げたくても逃げられない状況で私は完全に詰んでいるのだから。
せめて、まなかちゃんやシホちゃんの部屋とか、蔵書庫へでも逃げ込めていればな…と考えていたら、バタバタと足音がして警備隊の人が報告に来た。
「聖女様候補のお二人の部屋はくまなく捜索しましたが、リン・イチノセ様は見つかりませんでした」
「蔵書庫はどうだ?特別に捜査の許可を出しただろう」
「そちらも隅から隅まで確認しましたが、現在のところ発見に至ってはおりません」
「裏門や全ての出入り口は封鎖したのか?他に彼女が出ていきそうなところを探せ」
「王都の方にも捜索の手を伸ばしますか?」
「ああ…絶対に逃がすな…何が何でも見つけるのだ‼」
バタンと扉が閉まると、警備隊の面々が廊下の向こうへ走り去っていった。
さっきの国王様の声…今まで私が怖いと思っていた比じゃない程に恐ろしかった。
きっと、本来の彼は国王としての威厳を持って無慈悲で冷酷な判断もするのだ。
…自分の大切な国を守るために…。今まで、本当に手加減して貰っていたんだなとは思うけれど、それでも私には十分に恐怖だったのに。
これだけの騒ぎを起こしてしまったから、内乱罪とか執行妨害とか…よく判らないけれど罪に問われるのかな?
せめて国外追放とかなら良いんだけど、多分牢屋行きか、部屋に監禁されるルートしか想像できない…。
それに、まなかちゃんとシホちゃんの部屋も捜索されてしまった以上は、もうそこに逃げ込むことは出来ない。…彼女たちに私の巻き添えを食わせるわけにはいかないから。
軽い気持ちで部屋を出ただけなのに、こんな大騒ぎになっちゃって、本当にどうしたらいいのだろうか…誰か教えて欲しい…。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
何度も人が行き来しては大騒ぎしている割に、私は意外にも見つからないまま数時間が経った。
もしかして、ここって意外と盲点なんじゃね?まあ、意味は無いけれど。
…逃げ出した人間がいつまでも王宮内でウロウロしている訳は無いし、ましてや数メートルしか離れていないところに隠れているなんて思わないか。
既に真夜中になっている時間だと思うけれど、王宮のざわめきは収まらない。
無関係な王宮警備隊の皆さん、貴重な睡眠時間を奪ってごめんなさい。
でも、聖女様候補が一人、逃げ出したぐらいで騒ぎすぎじゃない?…何も分からないんだから放っておいても生活できなくて勝手に戻って来るとは考えないのだろうか?
お金も生活基盤も無い女性がいきなり異世界で生活できる訳無いじゃないか。
…あっ!そうか!ドレスとか宝石とかをその場で買い取りして貰って、代わりに古着でも売ってもらえば当座はしのげるのか!しかも街中でも目立たないで逃げやすくなる。
…しまった。それじゃあ商人を呼んでもらって、宝石が欲しいって言えば良かったな…。
次回逃げ出す機会があったら着けられるだけガッツリ持って逃げよう。…多分、泥棒とは言われないよね?
うつらうつらしながら、何度か寝落ちしそうになる。ぅう…寒い。
あれからずいぶん時間が経った。
いくら絨毯が敷かれているとはいっても、ここは廊下だし私は薄いナイトガウンを夜着の上に羽織っただけの状態だ。…そろそろ朝になる時間なのか、かなり冷えているし鼻水が垂れそうになる。
ぅう…この状態が続いたら風邪を引くかもしれないな…。
「…ックシュン…」
寒さのあまり、うっかりクシャミをしてしまうと、扉の向こうでガタンと大きな音が聞こえた。
「リン⁈戻って来たのか⁈」
いきなり扉が開くとルカ様が血走った目で辺りを見回すのが見えた。
怖い怖い怖い⁈…ルカ様って耳が良すぎ…。
こんな小さな物音が廊下でしただけなのに分かるなんて警察犬かよ。
…もしかして一晩中寝ないで私の帰りを待っていてくれたとか…?貴方、おもちゃに対して執着し過ぎでしょう?
「国王陛下…お体に触りますので、少しはお休みください。私が代わりに陣頭指揮を取りますので…」
聞き覚えのある女性の声がする…。国王様の代りに陣頭指揮を取れるほど偉い女性なんて私が知っているハズないのに。
そう思いながらそおっと柱の陰から覗くとそこには鎧を身に纏って立つエイダの姿があったのだ。その姿は明らかにメイドでは無く、王宮の騎士にしか見えない。
「え…?何で…」
驚いた私が思わず呟いた声をエイダが聞き逃すはずも無く、私はあっさりと見つかった。
「リン様…見つけましたよ?夜通しの鬼ごっこはさぞかし楽しかったことでしょうね。今まで、こんなところで何をなさっていたのか…これからじっくりとお話を伺いますからね?」
そう言って私を見下ろす笑顔のエイダがどれ程恐ろしかったことか…。
私はガッチリと首根っこを掴まれたまま、元の部屋へと連行されたのであった。




