11 国王様の部屋で暮らすことになりました
「相手が国王陛下だということは分かっていながら攻撃されたのですね?」
…はい。
「しかも、リン様が聖女だった場合には夫となる方だと知っているにも関わらず枕で殴ってから蹴り飛ばしたという事ですね?」
はい…。
「国王陛下からは、リン様のお顔の汚れを拭きとって下さっただけで攻撃されたと伺っています。リン様ときたら…」
は…あれ?拭き取った?よだれを舐めあげたんだよ、コイツ?
「大体、未来の夫相手であれば、もう少し恥じらいや慈しみの心を持っていただかなくてはとても聖女になることは出来ません。私が甘やかしたせいで、リン様が国王様に手を挙げるなど以ての外です」
… 聖女じゃないし。未来の夫じゃなくて痴漢を撃退しただけなのに…。
私は痴漢に慈しみの心を持てるほど寛大じゃないもん。
私がムスッくれていると、国王陛下はあの作り笑いでエイダを取りなすフリをする。
「いいのだよ、エイダ。きっとリンは恥じらいのあまりちょっと強めに行動してしまっただけだと判っているから」
「…国王陛下‼私の名前をお呼びいただくなど…光栄でございます…」
「国王として王宮を支えてくれている者の名前を知っているのは当然だろう?だからリンのことをあまり叱らないでおくれ」
「なんと慈悲深い…。下の階級の者にも分け隔てない寛大なお心に感謝いたします」
「それでね、リンは少しだけ面倒くさがりのお嬢さんみたいだし、今日から私の私室の奥の部屋で寝泊まりしてはどうだろうか?あそこならば、わざわざ私も移動せずにリンの顔を見られるし、リンの好きな蔵書庫も近いだろう?」
「ええ⁈でも、あそこは正妃様のための…」
「まだ正妃は置いていないし、聖女選定もまだ時間が掛かる。だから、今は異世界から来た彼女が少しでも楽な環境に居させてあげたいんだよ…」
「ああ…本当に慈悲深い…。リーチェス王国に栄光あれ!」
あの…?私を床に正座させて、二人で話すのは止めてもらえませんか?
さっき全力疾走したせいで、汗まみれ埃まみれでべとべとなんです。…お風呂入りたいよう。
「それでは私が今から彼女を連れて行く。エイダも荷物を纏めたら来るが良い」
そう言うと、俵のように持ち上げられる。ギャーっ‼人さらいー⁈
「エイダ…助けて…」
涙を流して頼んだのに、彼女はにこやかに手を振りながら「私も後で参りますからね」とのたまった。
嫌だ~‼人さらいに奴隷として売られちゃうよう‼それか牢屋行きですよね⁈
国王様が私を肩に担いで歩いていても、すれ違う人は一瞬目を剥いて凝視するだけで誰も助けてはくれなかった。…ああ、ドナドナが頭に鳴り響く…。
国王様は全然息切れもせずに私を担いだまま王宮内を普通に歩いていた。
…国王様って、力仕事はしないイメージがあったけれど、私を担いでも平然としている辺り結構体力あるのかな。とりあえず、掴まれた腰が痛いので早く着いてくれ…それだけしか考えることは出来なかった。
グッタリしている私を以外にも優しく下ろしてくれた場所は国王様の私室だった。
「あれ?私…牢屋に入るんじゃないの?」
キョロキョロと見回してみたけれど、ここは確かに一度来たことがある部屋だ。
「お前はすぐに逃げ出す癖があるようだから、ここで私がしっかりと監視することにした。勿論部屋は別にしてやるが、今度逃げようとしたら同じベッドで寝かせるぞ」
真顔で脅かされて、慌てて頷く。…もしかしたらシャール先生からも何か報告を受けているのかもしれない。ここは大人しく従っておかないと二度と逃げ出すチャンスは失くなってしまうだろう。
「奥にある扉が、お前の部屋になる。ここよりは少し狭いが、今まで通りの設備は備えてある。…ただし、私の部屋の扉以外に外に通じる出口は無い」
ひえっ⁈常に監視されるの?
「だから、お前の部屋に男の講師が来ていたようだが、今後、お前は私の私室で講義を受けることとなる。勿論、私もここで仕事をする」
…えええ、嫌だな。国王様ってそんなに暇なの?
監視している暇があるなら聖女様候補の二人と乳繰り合って来いよ。それもお前の仕事だろ?
不満そうな私を見下ろすと不敵な顔で死刑宣告された。
「この待遇に不満があるなら、今からお前を無理やり抱くぞ?そうすれば国王の子を孕んでいる可能性があるお前は、逃げれば王位継承者の誘拐罪で指名手配されることとなるからな。…お前が聖女だろうが、そうじゃなかろうが、あの二人の機嫌さえ取っておけば国は安泰なのだ。お前はここで私の性欲のはけ口になりたくないのであれば大人しくしていろ」
ものすごい恐怖に私はガクガクと首を縦に振る事しかできなかった。
本気で怒った国王陛下は怖すぎる。これは脅しではなく本気でヤラレル気がする…。
「まあ、先ほど私を馬鹿にしてくれた始末はいずれ付けさせてもらうからな?」
…こいつやっぱり俺様キャラじゃん!外ではキラキライケメン国王だったくせに、本性は真っ黒なんじゃん!
「私室での私は国王陛下という敬称を必要としない。私のことはルカとでも呼べ」
いやいや、呼び捨て無理でしょ?私がエイダに殺されるでしょ⁈
「…ルカ様で…」と言ったら面白くなさそうに無言で隣の部屋へ連れて行かれた。
「ここがお前の部屋だ、不満があればエイダに言うが良い。他に質問はあるか?」
え…?前の部屋より広くて豪華だけど良いの?国王様を蹴ったのに、牢屋じゃなく?
呆然としながら国王陛下の言葉に首を振る。
「お前は汗臭いぞ。さっさと風呂に入れ。…それとも私と一緒に入りたいのか?」
耳元で囁かれ、私は慌てて奥にあるバスルームへと逃げ込んだのだった。




