書簡7:裸エプロンは民族衣装
親愛なるお母様へ
今日、領主様は村はずれの荒れ地で地面に這いつくばって何かを見ていました。ここに巣穴でもお堀りになるのですか? と聞いたら、
「いや、虫がいるんです」
と答えました。よく見ると小さな虫が地面の上にいます。
何ですかこれ? と私が尋ねると、
「マダラネコという虫です」
マダラネコ? これって猫なんですか?
「いやそうではなく、そういう名前の虫です。正確にはコカサバラマダラネコ。王国文字では小笠原斑猫(訳者注:意訳)と書きます」
これ、食べられるんですか?
「いや食べません。とても希少な虫です」
はあ……希少……
「食べられもしない雑虫を眺めているなんて、なんと暇な領主だ、とお思いでしょうね」
え? いいいいいや、そそそ、そんな事は。
「普通の人にはここは単なる『荒れ地』でしょうけれど、昆虫学者であれば『荒れ地』と呼ぶでしょうね」
アルマス?
「あ、すみません独り言です。凄いですよここは」
はあ……岩だらけで畑にもできないし、ニガ虫しかいない場所だと……
「にがむし?」
苦くて臭くて美味しくない虫です。昼間は石の下に潜ってます。
「石の下……このへんに? えーと、あ、これかな? ……え、何これ。アブラギリスダレハゲ? うわ初めて見た」
王都ではそういう名前なんですか? このへんではどこにでもいます。夜になるといっぱい飛び回っています。
「何と! それは夜にも見に来なくては!」
はあ何なんだろーなこのおっさんは。食べられもしない虫を見て何が面白いのだろう? と思いましたが、むろん表情には出しません。雇い主が変な話を始めた時には、ご機嫌をそこねないように適当に聞いておくのが使用人の心得というものです。
領主様が言うには、自分の領地の中のものは何でもできるだけ詳しく知っておきたいのだそうです。話の流れで私のことも色々と聞かれました。
獣人族とヒト族の夫婦は王都でも珍しくないけれど、直立オオアリクイとヒトの夫婦から生まれた混血児は私以外には見たことも聞いたことも無いと言われました。
裕福な商人の娘だったお母様が、森の中で罠にかかっていたお父様を助けて手当てしているうちに愛が芽生え、結婚を反対されたため駆け落ちして辺境まで逃げてきた、というお話をしたところ、
「おお良いね熱愛だね素晴らしいね、オオアリクイさん勇気あるねかっこいい最高」
と大喜びしていました。そしてお父様とお母様の絵姿を見せたら、
「えーと、このエプロン姿の方がお母さん?」
と聞いてきたので、はい、アリクイ族は女性は前掛け1枚、男性はチョッキ1枚だけを身につけるのが民族衣装です、と答えました。領主様は、
「お父さんはまあ何というか、こっちに置いておくとして、お母さんの民族衣装姿が素晴らしいねぇ。実に良く似合っておられる。実際にお目にかかりたい」
と言っていました。あのう、母は人妻ですので、と申し上げたらば、
「いやそういう意味では無いからね? 手を出したいとは思ってないからね?」
と笑われてしまいました。でも目つきが明らかに怪しかったです。女性に関する趣味がお父様と似ているのかもしれません。
そして領主様が、
「あなたはお父さんに似ているね」
と言うので、ええ、母に似た部分は耳と尻尾だけです、と答えました。
私の顔立ちや長くて真っ直ぐな黒髪は領主様の故郷の女性とよく似ているそうで、他種族という感じがしないと言っていました。
でも、あとで召喚士様が
「あの娘は王都の基準であれば、外見偏差値48というところじゃの」
と領主様におっしゃっておられるのを聞いてしまって、ちょっと尻尾が下がっています。
夕食後に領主様は、錬金術師様を連れて荒れ地に行きました。私もお供しましたが、今日は双朔日だったので月明かりが無く、外は口吻を握られても判らないような暗闇でした。
荒れ地には、ニガ虫が大量に飛び回っていました。黄色い光を明滅させながら、あたり一面をふわりふわり、ゆっくりと空中を漂っています。領主様と錬金術師様は、これは凄いな、ええ本当に凄いですね、と会話なさいながらそれを眺めておられました。
「暗視」のスキルでこっそりと見てみたら、暗闇の中でお二人は手をつないでおられました。はは~~ん、この二人はやっぱりそういう関係だったのか、と悟ったので私は気を利かせて先に帰ってきました。
それにしても、どこにでもいる雑虫を見て何が面白いのか、領主様の考える事はよく判りません。ああいう荒れ地は一日も早く開拓して、何か役に立つ施設を建てたほうが良いと思います。
明日は、お父様がお母様に「お前は俺の嫁だ!」と伝えて、ヒト族には難しい求愛の舞いを必死で踊って足がつった話をしてみようかと思っています。
お父様とお母様の娘、ミヤゲより