書簡6:謎の黒幕、その名は王家
親愛なるお母様へ
新しい領主様が来てから、村の近辺に魔物が現れなくなりました。召喚士様が使役なさっておられる青い目の白龍が村の周りに臭いを着けて回っているので、少しでも知性のある魔物は怖がって近寄らないのです。
召喚士様に、世界に4頭しかいない珍しい龍をどうやって手に入れたのですか? とお聞きしたら、なんとご自分で卵からお育てになったのだそうです。
「世界で4頭だったのは昔の話じゃ。最近は普通に人工繁殖されておる」
とおっしゃって、ルッソはコンプレックスでスーパーがリューシ? とか何とか説明してくださったのですが、単語の意味がまったく判りませんでした。
龍好きには常識の話らしいので四つの単語を同時に調べれば判るのでしょうけれど、たぶん一生知らなくても困らない無駄知識だと思います。
そして家令のエンガワさんは、毎日書類と格闘しています。
「理解できん。異常だ」
とぶつぶつ言っていたので、何かあったのですか? と聞いたらば
「この村に王都直結の光回線を引く事になった」
ひかりかいせん? 青背の魚で作った海鮮丼ですか?
「そうではなく、光魔法を伝える特殊な錬成水晶で作られた伝導線だ。音声だけでなく映像のやりとりもできる、有線電信の上位種だ」
えっ凄い、この村にはまだ普通の有線電信すら来ていないのに?
「大陸間を繋ぐ海底電信線が敷設されてからすでに150年以上、今だに手紙で情報のやりとりをしているこの村のほうがおかしいのだがな」
隣領から電信線を引くほうが先なのでは?
「ご領主様がおっしゃるには、何も無い国が最新鋭の設備を手に入れた場合、重荷になる古い施設が無いので国際競争でいきなり優位に立てるそうだ」
優位は良いんですけど、王都って大陸の東端ですよ? 大陸横断通信線を作るような予算がこの村にあるんですか?
「そんなもの、この貧乏村にあるわけがないだろう。ご領主様が原資を借りる事になった」
はあ、貸してくれるような奇特な方がいるんですねぇ。……何ですかエンガワさん無言で。この書類を見ればいいんですか?
……いやまって、ちょっと何これ。有名な大貴族の名前がいくつも書いてあるんですけど。それにヌーク商会? 私でも名前を知ってるような王家御用達の世界的大商人が?
それに……ええええええ、ああああ、あの、こ、この紋章、本物なんですかこれ。
「私も信じられなかったが、どうやら偽造ではない。王家公式文書だ。
この事業には王家からも支援がある」
王家って、王様の王家ですよね? 何で王家が。
「おそらくは召喚士様だ……あのお方はやはり王家のご一員であられるに違いない。そしてこの村で何かをご計画なさっておられるのだ。通信網の整備はそのご計画の第一段階にすぎない」
ご、ご計画と言いますと……えーと、この村で動画の見放題をご所望とか?
「そんなわけがあるか。面白動画を見るだけのために国際共同事業を立ち上げるのか? おそらく魔法炉の廃棄物最終処分場を作るとか、邪神の封印の祠を建設するとか、辺境でなければできない何かだ」
えええ、そ、それはこの村の存亡にかかわる話なのでは……
「まあ通信回線だけなら村の利益になっても害は無い。今後何か判ったらまた考えよう」
でもこの負債、領主様は返済できるんですか?
「普通に考えれば1000年かけても無理だな。だからご領主様に『返済できるはずがありません』と申し上げた。そうしたら『返さなければいいんです』と」
はあああ???
「『負債を返さないと領主の信用や格付けがどんどん下がりますが、逆に言えば下がらないうちはずっと借り続けていても問題は無いのです』だと」
頭がおかしくないですか?
「お前もそう思うだろう? だから『そんなやり方ではいずれ行き詰まります。前のご領主様の時は、領民を絞り上げて負債を返済しておられました』とお伝えした。そうしたらこう、遠い目をなさってな」
遠い目?
「『領民を絞り上げて今すぐ負債を返すか、それとも先に国を豊かにして後から負債を返すか。どちらを選択すべきかは時代や状況によって変わります。想定外の事態で予測が狂うこともある。ですからこの問いに正解は存在しませんが、あなたが領主だったらどちらの選択肢を選びたいですか?』と」
いやそう言われても。
「だから『私には判りかねます』とお答えした。そうしたらな、『領主が借金を背負えば、領民の暮らしはそれだけ楽になります。エンガワさんはこの村を住みやすい場所にするには何をすれば良いか、今はそれだけを考えてください』とおっしゃった」
えーとその、領主様の考えている事がよく判らないです。
「おそらく今度のご領主様は、ご自分が『生け贄』だと気付いておられる。あの目は、すべて判った上で運命を受け入れた目だ」
い、生け贄?
「考えてもみろ、たかが……と言ったら失礼になるが、準男爵のご身分で国際共同事業の責任者になれると思うか?
この村で進められている秘密計画の黒幕は、おそらく王家だ」
えええ、お、王家?
「計画が失敗したり、住民が計画に反対して反乱がおきた場合、名目上の責任者であるご領主様の首を刎ねる。そして新しい領主を中央から送り込んで住民をなだめながらやり直す。この村の歴史には何度もあった話だ」
ご領主様、生き生首の刑に処されてしまうんですか?
「そうなる可能性は低くない。ご領主様の経営知識は素人だ。ご構想通りに話を進めれば遅かれ早かれ事業は破綻する」
えええ、じゃあ領主様は…… もしかして負債でこの村は滅びるんですか?
「私が問題点を修正してしっかり会計監査すれば、当面は何とかなる。
というかだな、そもそもこんな巨大事業の監査を私1人に任せるとか、ご領主様は馬鹿なのか? いや間違い無く馬鹿だな。この予算の100分の1を横領するだけで私は一生遊んで暮らせる」
うわぁ、エンガワさん持ち逃げする気満々だ。
「人聞きの悪い事を言うな。本気でやるつもりだったら、お前にこんな話はしない。黙って持ち逃げするわ。
むしろこの大事業を成功させて、その経歴で大貴族のところに転職するほうが賢かろう」
あ、どっちにしても逃げるんですか、酷いなあ。
「とは言っても私もこの村には愛着がある。できれば平穏無事にフィーレの奴とここで老後を過ごしたい」
おーエンガワさんお熱いですね。30歳も年下の伴侶に愛されるご気分は?
「大人をからかうな。まあそういう事だから、村を滅ぼさずに済むよう考える。お前はご領主様達をひきつづき監視しろ。お前の報告しだいで村が滅びるか栄えるか運命が変わってくるかもしれん」
ちょっとそれ、責任重いんですけど。
あ~~、でもやるしか無いですねー。はーい了解でーす。
というわけでミヤゲ、村を滅ぼさないために明日もまた頑張ります!
今日も頑張ったオオアリクイの娘より