書簡4:とっても美味しい異世界食品
親愛なるお母様へ
今日は領主様のおトーフ作りのお手伝いをしました。
水に一晩浸けておいた大豆を水を加えながら石臼で摺り潰し、布で絞って生豆乳を作ります。
それをお鍋に入れて弱火にかけ、焦がさないように注意しつつ丁寧にヘラで混ぜながら火を通します。全体がもったりとした感じになったら別の型に流し込んで、冷めて澱粉質が固まったら切り分けて出来上がりです。
これは領主様の故郷の星の、ミャンマーという国で作られている食べ物だそうで、油で揚げたり炒めたりして色々な料理に使うそうです。
「地球であれば『ミャンマーのトーフ』で検索すると詳細が判ります」
と言っていました。
私も味見させてもらいましたが、オハナミダンゴの蛹のような味で美味しかったです。
領主様はこのような住民の栄養改善に役立つ食品を村に導入し、また一方でさまざまな施設の誘致・造設も進めています。
手旗通信に頼らなくても良いように有線電信を隣領から延伸したり、住民が死亡した際に蘇生するための教会誘致、冒険者ギルド支局の設置、王府御用達の武器屋や防具屋を招いて魔獣素材の最先端加工技術について講演をしてもらうなどが今後の事業として検討されています。
そして錬金術師様は、
「やっぱり村営図書館を作るべきだと思うの。村の子供達に、研究にその身を捧げた偉大な探求者達……たとえばボンドルド卿やノヴァ教授の物語を基礎教養として読んでほしいのだけれど、あなたはどう思う?」
と私にお尋ねになりました。
私はその探求者さん達がどういう方々か知らないのですが、錬金術師様が目を輝かせながらお話をなさっておられるところを見ると、きっと子供達のお手本になるような素晴らしい方々に違いありません。でも、私はこの村に図書館を作るのは難しいと思いました。
それは良いお考えです、でも村の者達は種族間共通語としてほぼ全員が王国語を話せますけれど、読み書きまでできる者はせいぜい一割程度です。私も母語はアリクイ語なので、ヒトの本を読むのは苦手です。
そうお答えしたところ、
「あ~~、まずそこからかぁ~~」
とおっしゃって頭をかかえておられました。
夕方に、猟師のマタギさんが魔の森で仕留めてきた一抱えもあるジャイミルと、掘りたてのヤマイモを届けてくださいました。ジャイミルはアンデッド化しないように清めの塩を振って霊安所で寝かせています。ヤマイモはとても新鮮でまだ動いていたので、鮮度が落ちないうちに食堂のタニタさんに調理してもらいました。
切ったヤマイモを水にさらしたあと水気をふきとって、最初は低温の油でゆっくり「煮て」澱粉を糖化させます。一旦引き上げて冷ましたあと、今度は高温の油で二度揚げして表面をカリっとさせ、熱々のところに塩と旨味調味料を振ってできあがりです。
旨味調味料は錬金術師様が森のキノコから錬成なさったイボテン酸というものが主成分で、これを使った料理は食べるとよだれが止まらなくなって幻覚が見えてくるほど美味しくなります。
揚げイモを夕食時に領主様に出しましたが、どうやら気に入ったようで、
「うまいな、本当に山芋ですか」
と言いながら、お替わりして食べていました。
明日は領内の視察で、領主様達は「地獄の谷」にある「毒の泉」の調査に行かれるそうです。
家令のエンガワさんから監視の目を離すな、と言われているので、理由をつけて同行の許可をもらいましたが、正直言って気が進みません。
あそこは一息でも吸い込めば命を落とす猛毒の瘴気が大地から吹き出し、草木は枯れて動物の白骨が散らばり、魔物も近寄らぬ呪われた場所です。
錬金術師様が、対瘴気戦用の防毒面と隔離式防護服を用意してくださったので命の危険は無いと思いますが、どうしてそんな所に行きたがるのか理解できません。私が無事に戻ってこられるよう運命の神ノシャブケミング様にお祈りしてください。
恐怖におののくミヤゲより