書簡15(前編):エルフの隠れ里
親愛なるお母様へ
ゴーレムさんがご自分で歩けないのは不便なので、新しいゴーレム体を作成する事が決まりました。
最初は錬金術師様がお造りになるご予定だったのですが、召喚士様が
「おぬしが作る人形は顔がキモい」
とおっしゃってダメ出しなさったので、領外の造形師に製作発注することになりました。
絵巻物師のモエエカキさんのお知り合いに、エルフ族の凄腕ゴーレム職人がいるというので紹介状を書いてもらいました。
今日はその方が住んでいるという「虹の谷」のエルフハイムという所に、領主様、錬金術師様、私の3名で訪ねていきました。
そこはヒト嫌いのエルフ達が住む隠れ里。うちの村から距離は近いですが、危険がいっぱいの「魔の森」の向こう側です。
森の中央部を避けて迂回し、「隠蔽」の術で魔物の襲撃を避けながら、毒の沼地を「水上歩行」で抜けてようやく「虹の谷」の入り口にさしかかった時には、もう夕方になっておりました。
そろそろエルフの里が見える、という地点で錬金術師様が小声で私達に話しかけます。
(……しばらく前から、私達は何者かに囲まれています)
ぎょっとした私が攻撃準備の爪を出すのをお止めになると、錬金術師様は「隠蔽」を解除して我々の姿が見えるようになさいました。
「私達は怪しい者ではございません。隣領の領主、ヤマダ・タイチローの一行でございます。エルフの里にお住まいのパペッティアさんという方にお仕事をお願いしたく尋ねてまいりました」
錬金術師様がそうおっしゃると、一人のエルフ族の男性が「隠蔽」を解いて姿を現わしました。
「気づかれていたか……お前ら、そこを動くな」
エルフさんは、弓矢をかまえてこちらを狙っています。
「ゆっくりと両手を挙げろ。妙な真似をしたら撃つ」
私達は、言われたとおりに手を挙げました。周囲からさらに10人ほどのエルフさん達が姿を現わし、弓矢でこちらを狙いながら我々を囲みます。
「王府から拝領した、身分証明用の紋章石がご領主様の衣嚢に入っております」
錬金術師様がそうお伝えになると、エルフの一人が領主様の服を探り、紋章石を取り出して顔をしかめました。その石を領主様の手に持たせると、紋章の部分が青く光ります。
「個人認証は反応しているが、偽造石ではないだろうな」
「『鑑定』の結果では本物の紋章石だ」
「石の個人情報も隣領の領主のものと一致している」
「ステータス鑑定でも彼の職業は『領主』だ。偽証検出も反応していない」
「このマヌケ面、ではなく素朴な顔の者が領主?」
エルフさん達はまだ疑わしそうでしたが、頭目らしき少し偉そうなエルフさんの指示で武器をおろしました。
「失礼しました。うちの里の者は外部の方との交流に慣れていないのです」
「動物の肉を食べる野蛮な種族と、我々マルトの民が交流する必要は無い」
「やめろ、客人に対して失礼だ。鎖国はもう昔の話だ」
領主様が、マルト? とつぶやくと、錬金術師様が
「エルフ語で『万物の霊長』つまりエルフ族のことです」
とご説明なさいました。
「ノンマルトの方が我らの里に入る時は里長の許可が必要です。今、伝令の者が知らせてきますので、ここで少しお待ちください。
……お前達はもう解散して良い。さっき仕留めた獲物を、早く家に持って帰ってやれ」
エルフの頭目がエルフの方々にそう言うと、頭目を残してエルフの皆さんは里のほうに戻っていきました。
「魔の森に狩猟に行った帰りでした。何者かが姿を消して里に向かっている事に足跡で気付いたので、もし敵だったら仕留めようと思って包囲したのですが、こちらの気配に気付かれてしまっては狩人失格です」
頭目さんの言葉を聞いて、領主様が、あれ? という顔をしました。
「あのう、エルフの方々はお肉を召し上がるのですか?」
「部族によっては食べるらしいですが、うちの里はビガン……菜食主義ですね」
「弓矢で仕留めた獲物は、どうなさるのですか? 工芸素材ですか?」
「いえ、食料にします」
「でもお肉は食べないと」
「動物は狙いません。獲物にするのは逃走ニンジンやお化けカボチャです。動きが速いので、弓矢で仕留めるのは技術が要ります」
いろいろと雑談をしているうちに伝令の方が戻ってきて
「長の許可が出ました」
と伝えてくださいました。
こうして我々一行は頭目に案内されて里の防護結界を抜け、エルフの里へと足を踏み入れたのです。
(続く)