序文:魔王の性癖を知る者
「自分が語りたいのは、大きなおっぱいの話です」
転生者・山田太一郎が魔王にそう告げたという逸話は、王国の住民であれば一度はお聞きになった事があるだろう。
しかし、いわゆる「最終決戦」の一次記録で、その言葉が実際に語られた事を裏付ける資料は見つかっていない。おそらくこの話は後世の創作であろう。
だが山田が「巨乳界」と呼ばれる平行宇宙の創造を魔王に提案し、魔王推しの巨乳美女達と魔王をその楽園に移住させ、長きに渡ったヒトと魔族の抗争を終わらせた人物だという事は歴史的事実である。
魔王の代理人となって勇者と交渉し、光と闇の力、相容れないはずの天文学的魔力を合一することによって巨乳界を創り上げるまでの経緯は、山田と行動を共にしていた女性錬金術師ファナ・コサンの手記に詳しく記されている。しかし、その物語についてはすでに数多くの論考があるため本稿では省略する。
いずれにしてもこの宇宙創世事業において、山田がヒト族の身でありながら魔王軍の八人目の大幹部として統括責任者に選ばれた事は少なからぬ人類、あるいは魔族にとって認めがたいものであった。
山田は幾度となく暗殺者に襲われ、回復魔法が間に合わず「身代わりの腕輪」を砕かれるに至ったのが計3回。
最終的に新宇宙開闢式典の会場で「女性乳房の性的消費を許さない正義の女闘士の会」の襲撃をうけ、錬金術師と共に次元の狭間に落とされてしまったのは周知の通りである。
山田は晩年に「あの時は完全に死んだと思った」(「変態紳士録」5巻3段の32)と述懐している。
人類諸国の指導者層にも山田に反感を持つ者が存在していた、あるいは暗殺計画の黒幕そのものであった可能性は否定できない。しかし公式記録上では彼の計画にすべての国々が協力的であった。
「初代勇者と同郷の転生者」という山田の出自と、初代勇者の関係者が彼に友好的であったため敵対する事は得策ではないという政治的判断があったのだろう。
加えて言うならば、山田が異世界語で「炎の大剣」の意味を持つ究極魔導兵器「ライデイングングニル」の管理者であった事も各国の判断に影響したと推察される。
しかし人類を滅ぼす力を秘めた最終兵器が、いつ、どのようにして山田の手に渡ったのかこれまでよく判っていなかった。
最も信頼できる一次資料、錬金術師ファナ・コサンの手記にはその入手に関わる記述がほとんど見当たらない。記録に残せない何らかの非合法、あるいは不道徳な行為が行われていたのだろうという説もあったが、それを裏付ける資料は見つかっていなかった。
しかし先年に山田太一郎記念館の異次元収納庫から発見された「アリクイ書簡」の読解を進める過程で、手紙の中にその空白を埋める資料が含まれている事が判明した。
山田の使用人であった少女、ミヤゲ・フロムアビスが母親に送った手紙の束がどのような経過で資料館に収蔵されたかは明らかでない。しかし今後この一連の書簡が山田研究における重要な資料となることは疑いない。その手紙を王国語に翻訳したものを順次公開していきたい。ご興味をお持ちの方はお読みいただければ幸いである。
なお、直立オオアリクイ族の爪型文字の字義解釈については、獣愛研究家のケモナー・シッポスキー氏に多大なるご助言をいただいた。この場を借りてお礼を申し上げたい。
歴史研究魔道士 テーヘン・ナローサッカ(花押)
#:次回からの本編には第一部「社畜転生・異世界来たらもう休む」
https://ncode.syosetu.com/n1530gh/
のネタバレ要素が含まれます。第二部からでも独立作品としてお読みいただけますが、冗長な設定解説、読みづらい文章、エログロ描写などに耐性をお持ちの方は前作からお読みいただくと登場人物の背景が判ります。
(日本語版翻訳担当 花咲 奈那志)