第9話「マジカル・カヨ戦闘不能」【Cパート 大人たちの朝】
【3】
「──でね、支部の場所がわからない私を、道案内してくれたのが華世ちゃんだったの~」
「なんとも運命的な出会いだねぇ」
アーミィ支部の正面入り口から聞こえてきた声を、音声センサーが拾う。
受付アンドロイド・チナミは他愛もない会話に花を咲かせる咲良は楓真へ、ニッコリとスマイルを送った。
その笑顔に気づいた二人が、同時にIDカードを取り出してカウンターの前で立ち止まった。
「チナミさん、おはよ~」
「葵曹長、常盤少尉、おはようございます。出勤記録を取るので、IDカードをかざしてください」
「は~い」
咲良はカウンターにある装置へとカードをかざし、認証を示す電子音を鳴らした。
隣に避けて楓真がカードをかざしている間、チナミは咲良の肩をチョンとつつく。
「葵曹長、今日は内宮少尉はお休みですって」
「えっ、隊長が?」
「昨日は事件報告書の作成で居残っていたんですが……。華世ちゃんとミイナさんが倒れられて、夜通しつきっきりでいたんですよ。それで、疲労を考えて支部長が休みを命じたんですって」
「おや、あの支部長にしては随分と人情的だねぇ」
認証し終えた楓真が、片手でカードをしまいながら肘をカウンターへと乗せた。
咲良が不思議そうな顔をしているのは、支部長への信頼が足りないからであろうか。
「まあ、今日はラーグ小隊が警戒担当なのでの措置だとも思いますが」
「ま、僕らとしてはよっぽどのことがなければ訓練と書類仕事で済む日になるから、嬉しいことではあるけどね」
「楓真くん。そういうこと言ってると、不真面目だって隊長に叱られちゃうよ~」
「居ないから言ってるのさ」
和気あいあいとした会話の中に漂う不思議な雰囲気。
センサーでは感じ取れないが、そこにはたしかに何かがあった。
チナミはその雰囲気から勘付いていたことを、今日こそ尋ねてみようと口を開く。
「不躾ですが、お二人は男女の仲なのですか?」
「別に? なんで~?」
「いえ、アンドロイドの身としても、人間の男女のコミュニケーションというものに興味がありまして」
「僕らは良いも悪いも知りすぎた腐れ縁だからねぇ。ご希望には添えなくて悪いが、そういう仲じゃないのさ」
「はぁ……人間って難しいんですね。それでは、良いお仕事を」
エレベーターホールへ歩き始めた二人を定型句で見送り、再びコンピューターに向かうチナミ。
受付をする相手がいないときは、収集されたデータの整理や資料作成の手伝いを行っている。
この作業はアンドロイドであるチナミが機械と直接接続すれば、秒で済む仕事ではある。
けれども、なぜか人間と同じようにキーボードを叩き、マウスで機械と間接的に意思疎通をすることを命じられていた。
(どうして、面倒な方法を取らせるのでしょうか)
一旦手を止め、一呼吸。
呼吸とは言っても実際は体内の熱を排気しているのだが、生き物が空気を取り込むようにスゥと軽く空気を入れ替えた。
「お嬢さん、ちょっといいかのぅ?」
優しくかけられた穏やかな声に振り向くと、一人の老婆がカウンターの前に立っていた。
時代に似合わない古風で鮮やかな羽織を着込んだ、歳80ほどの老人。
にこやかな微笑みをたたえたその顔は、しわくちゃなれどどこか神々しさというか、えも言われぬ迫力がある。
チナミは笑顔を返しながら、目の前のお婆さんへと要件を尋ねた。
「はい、こちらコロニー・アーミィ・クーロン支部でございます。ご用件は何でしょうか?」
「私は矢ノ倉寧音という者ですじゃ。こちらに、葉月華世というお嬢さんが居ると聞いたのじゃが……」
※ ※ ※
「ふんっ……ふんっ……」
一人で過ごせる個室タイプの病室で、華世はベッドの上でダンベルを上げ下げしていた。
右腕と左足の義体は外され、斜めに立てたベッドの端により掛かりながら生身の左腕のトレーニング。
筋力低下を防ぐ日課の運動に励んでいると、病室の扉がガララと音を立てて横にスライドした。
「もう、葉月さん。病人なんだから大人しくしないとだめですよ」
朝食を運んできてくれた女性の看護師が、ムッとした表情でトレーをベッドの上に渡された机に置く。
華世は表情に不満さを表しながら、渋々とダンベルをシーツの上に置いた。
「看護師さん、ドクターに言ってよ。せめて手足だけでも返してって」
「いけません。訓馬さんから3日はあなたを外に出さないようにと言い付けられてますから。歩けるようになったら勝手に出ていっちゃうでしょう?」
「……否定できないわね」
コロニー風邪とはいえ、疲労の蓄積が原因となった病気。
一日二日でぶり返すよりかは、本調子になるまでおとなしくしていろという大人の判断だろう。
華世としても休むことには同意だが、いかんせん暇すぎるのだ。
これでツクモロズ発生の報など聞けば、病室を抜け出すくらいはしそうだと自分でわかってしまう。
それくらいなら、物理的に身動きが取れない状態にして軟禁するのが確実だろう。
「それに訓馬さん言ってましたよ。新しい装置をつけてあげるって」
「新しい装置? 何かしら」
「さあ? ほら、ご飯を食べて。体力がつかないと治るものも……」
不意に、ピピピと病室の電話機が鳴った。
看護師が受話器を手に取り、耳に当ててふんふんと頷く。
「葉月さん、矢ノ倉と名乗るお婆さんがお見舞いに来られたと受付のチナミさんが。知り合いですか?」
「矢ノ倉先生……!? 通してあげて、知り合いよ」
「はい。チナミさん、葉月さんが通してと……」
久々に聞いた恩人の苗字に、華世は左手を震わせた。
積もる話なら、いくらでもあるからだ。
───Dパートへ続く




