第8話「スクール・ラプソディ」【Gパート 戦端が開く】
【7】
時計の短針がぴったり4の数字を指し、同時に最後の授業が終わる号令が鳴る。
時間帯が放課後に移り変わり、部活に向かう者、下校するもの、居残るものとでクラスメイトが別れていく。
静拓馬は姉の結衣から送られてきた買い物メモに目を通し、椅子から立ち上がった。
「……カズ、何をやってるんだ?」
授業中もずっと、しきりに隠れて携帯電話を操作していた和樹。
姉の友人に金で何かを依頼されてから、やけにイキイキとしている。
「知り合いに連絡取って、協力の約束をしてるんスよ」
「約束って……」
「アーミィでも掴めない人物の捜索ッスよ。燃えないわけが無いじゃないッスか!」
そう言って、再び携帯電話へと文章を叩き込む和樹。
友人が危険なことに首を突っ込まないかと心配であるが、目の前で大口の契約を見せられては止めることも出来ない。
「無い……無い!」
唐突に、背後から聞こえてきた女の子の声。
振り向くと、クラスメイトの望月がカバンの中身をひっくり返して必死に何かを探していた。
「望月さん、どうしたの?」
「私の大事な……ぬいぐるみが、ミミが無いの!」
※ ※ ※
「さーて、このぬいぐるみにようやく引導を渡せられるね」
3階の渡り廊下の上で、煤けて薄汚れたウサギのぬいぐるみを持ち上げる女子生徒。
取り巻きと一緒にクスクスと笑いながら、新しいハサミを手に握る。
「ズタズタにしたこいつを見せつければ、あいつは学校には来れなくなるでしょ」
「そうすれば、あのウザい顔も見なくて済む!」
「アハハハ!」
「キャハハハ!」
「なるほど、こいつがストレスの元かい」
背後から聞こえてきた女の声に、女子生徒たちはとっさに振り向いた。
そこに立っていたのは、学校という場に似つかわしくない、真っ黒なドレスを着た赤髪の女。
「誰よ、あんた」
「かわいそうに、人間に虐げられて……」
女が手のひらを広げると、その上に輝く八面体が現れる。
質問に答えず一歩ずつ歩いてくる女へと、女子生徒は恐怖して後ろへ下がってしまう。
「聞こえないの? 誰って言ってんのよ!」
「今、私が解放してあげる……!」
女の手から、ひとりでに八面体が飛翔し、まっすぐに飛んできた。
無意識に握っていたぬいぐるみを盾にしながら、逃げようとして転んでしまう。
吸い込まれるようにして、ウサギの胸に消える八面体。
ぬいぐるみがドクンドクンと脈打ち、反射的に床へと投げ捨てる。
「な、なんなの……!?」
徐々に膨れ上がり、巨大化していくぬいぐるみ。
重みで床にヒビが入り、渡り廊下がミシミシと音を立てていく。
そして────。
【8】
振動する校舎、鳴り響く轟音。
クラスメイトの悲鳴がこだまする教室を飛び出し、華世は窓から身を乗り出した。
「何あれー……」
苦い顔でガラス越しに見える、珍妙な光景を眺める華世。
2階、3階の渡り廊下と1階の屋根を貫いてそびえ立つ、巨大な二足歩行のウサギ。
このような珍妙な現象に対し、華世は経験則から事態を理解する。
「とうとう学校にまで、ツクモロズが出たかー……」
「嫌そうだね、華世」
「ウィル、あたしは別に戦うのは嫌じゃないの。ただ単に……」
背後でワーワーと騒ぐクラスメイト達を見る。
その誰もが、華世の方へとキラキラとした期待の眼差しを向けていた。
以前、リンの誕生日パーティで変身し戦った華世。
そのため彼女が魔法少女であることはクラスメイトには公然であり、再びこうやって危機が訪れたのならば応援するといった空気が蔓延しているのだ。
「生徒たちの避難はわたくしに任せて、戦ってらっしゃいませ!」
「リン、あんたねえ。楽な方に行くくせにえばるんじゃないわよ」
「そうは言っても、散弾銃を手にあの巨大怪獣とやりあえなどと、無茶は言えないでしょう?」
「ま、こういうのはあたしの役目だから……しゃーないか」
騒然とした廊下へと立ち、華世は大きく息を吸った。
「ドリーム・チェェェェンジッ!」
義手である右腕の根本が激しく発光し、まばゆい光が広がってゆく。
輝きの中で、華世が身に着けていた制服が霧散するように消えていく。
そして次々と代わりに身につけられる、桃色を基調としたフリフリの衣装。
金色の美しい髪は赤いリボンで結われ、ツーサイドアップの髪型へと変化。
華世の右腕と左脚を覆う人工皮膚が服と共に消え去り、同時に戦闘用の義手義足へと換装。
顕になった鋼鉄の義体が鉄の輝きを放つ。
むき出しになったグレーの指先、その先端部をスライドさせて鉤爪状にし、華世は高らかに名乗りを上げた。
「魔法少女マジカル・カヨ! 逆らう奴は、八つ裂きよ!!」
変身を終えるやいなや、渡り廊下の入り口へと駆け出す華世。
しかし、その入口は突如床から飛び出した漆黒の鋭利な針によって格子のように塞がれ、行く手を阻まれた。
「せっかちだねえ、鉤爪さん。そう簡単に瞬殺されちゃあ、こっちも困るんだよね」
廊下の奥から聞こえてきた生意気そうな子供の声。
声のした方へと視線を移すと、そこに立っていたのは一人の白い短髪の少年だった。
少年の足元から伸びる影は廊下を突っ切るように伸び、華世の行く手を阻んだトゲへとつながっている。
華世は有無を言わさず、即座に向きを変え左脚でハイキックを放つ。
スカートの中が見えるのもいとわず放たれた蹴りの勢いに乗って、足裏から射出される赤熱したナイフ。
不意打ち気味に放たれた攻撃ではあったが、少年は涼しい顔で上体を横に傾けて回避した。
「問答無用で頭を狙うなんて、やっぱり君の戦闘意欲は凄まじいね」
「あたしの中の直感が、あんたがヤバい存在ってのをビンビンに感じてるのよ」
ツクモロズ出現に合わせて邪魔をしてきたことから、この少年は敵と見て間違いはない。
しかし現状2体の、しかもサイズ違いの敵を同時に相手にすることは難しい。
巨大ウサギの方は五分もすれば、アーミィのキャリーフレーム隊がやってくる。
そう考えると、華世が優先的に叩くべき相手は目の前の少年だ。
斬機刀を鞘から抜き、振りかぶりつつ床を蹴る。
跳躍を阻止せんと影から伸びるトゲが次々と華世に向かって伸びてくるが、空中で巧みに背部のスラスターを噴射して軌道制御。
一気に少年へと肉薄し、勢いを乗せたスイングをお見舞いする。
衝撃波で周囲のガラス窓が四散する中、少年の片腕が切断され宙を飛んだ。
「うわぁぁぁぁ……なんてねっ!!」
「……へぇ?」
空中で霧散し消滅した腕が、少年の胴からすぐさま黒い塊として伸び、色づいて元の形状へと戻った。
同時に華世の足元から鋭いトゲがアッパーカットのように襲いかかる。
とっさに後方へとのけぞり、ギリギリのところで先端が額を掠める。
すぐさまバック宙で後退するが、額に開いた浅い傷口から垂れてきた血が、鼻の横を過ぎて口の中で鉄臭い味を出した。
「これまでの雑魚ツクモロズより、多少は骨があるみたいね」
「多少程度かぁ、心外だねえ。まあ、今からこの僕・レスの手強さをその身に刻んであげるとするよ!」
───Hパートへ続く




