第8話「スクール・ラプソディ」【Fパート 生徒会裁判】
【6】
「ではこれより、生徒会簡易裁判を執り行いますわ!」
生徒指導室の窓際で、まるで裁判長のように木槌で机を叩くリン。
華世はくだらない茶番だなと脳内で思いながらも立ち上がり、台本の書かれたカンペを見ながら適当に文章を読み上げた。
「えーと。被告、1年C組の秋山和樹は本日12時42分、A棟一階女子トイレにて盗撮行為を実行。逃走中に取り押さえられた……間違いないわね?」
「取り押さえた本人が何を言ってるッスか。拓馬も早く疑いを晴らしてくれッス!」
部屋中央で椅子に縛り付けられているツンツン頭の和樹が、ふくれっ面で華世を睨む。
華世の対称にいる、彼から拓馬と呼ばれた眼鏡の少年が、そんな被告へと言葉をかけた。
「カズ、僕に期待しないでくれよ。君がいくら新聞部とはいえ、女子トイレを撮影なんかして証拠まで抑えられちゃあ弁護のしようがない」
「裏切り者ォ! あれはやましい意図があったわけじゃなくて、いじられっ子へと更に追い打ちをかける悪逆非道の……」
「だぁれが、悪逆非道ですって?」
華世が立ち上がり低い声で凄むと、迫力に推されたのか「何もナイッス……」とだけ言って和樹が沈黙した。
呆れた華世は椅子に座りなおし、あくびをするウィルの隣で弁護人もとい拓馬の言葉を待つ。
「ええと。証拠として出された写真以外は、決して悪意ある盗撮行為に繋がるものではなかった。そして過去に同様の事例があるわけではないから、あくまでも事件を嗅ぎつけた彼の嗅覚が、たまたま女子トイレへと導いてしまった……と弁護すればいいかな?」
「ま、いいでしょ。賢い弁護のできる友達を持って良かったわね」
「え……もう終わりッスか?」
「え、もう終わりですの?」
和樹とリンの声が重なる。
被告人はともかく、やけにノリが良かったリンに関しては退屈を紛らわす娯楽として裁判を開いたのが見え見えであった。
そもそも生徒会裁判とは、本来であれば著しく校則を逸脱した生徒を、生徒同士の議論で決着をさせる裁判とは名ばかりの討論会なのだ。
それをわざわざ被告のクラスメイトから弁護人代わりまで呼びつけて、本格的な裁判スタイルに仕立て上げたのはリン・クーロンの鶴の一声。
その茶番に長々とつきあわされる気は、華世にはなかった。
ロープでぐるぐる巻きにされた椅子へと近づき、義手の腕力を発揮して硬い結び目を一瞬でほどく。
開放された被告人は、うーんと伸びをしてから自由を勝ち取った喜びを弁護人と分かち合っていた。
「えっと、拓馬だっけ? 付き合わせて悪かったわね」
「構いませんよ、葉月先輩。そうだ、いつも姉さんがお世話になってます」
「姉さん?」
「僕の名前が静拓馬である、といえばわかりますかね?」
「もしかしてあんた、結衣の弟?」
冷静な顔でコクリと頷く拓馬。
華世は結衣に弟がいたなど聞いたことがなかった。
いや、もしかしたら話してたかもしれないが、今の今まで接点がなかったので忘れてたのかもしれない。
「結衣の弟だってのに、理知的なのね」
「まあ、いつも家ではいろいろと振り回されていますから。僕がしっかりしないと」
「できた弟だこと。あ、そうだ盗撮ボーイ」
「誰が盗撮ボーイッスか!!」
腕にロープの食い込んだ跡のついたツンツン頭が、華世に向けて吠えた。
けれども青い目でギロリとひと睨みすると、とんがった髪の毛が勢いをなくしシュンとなる。
「あんた、新聞部って言ってたわよね」
「へっ、オイラは新聞部なんていう塩っぱい名前は似合わねえっす。ジャーナリスト、いや諜報員って言葉で読んでもらいたいッスね」
彼の言うことは、決して若さゆえの大言ではない。
裁判の前に見た、携帯電話の中にあった資料や文章。
それらはとても子供が作ったとは思えないほど、大小問わず事件の詳細や見解、そして大人でも中々たどり着かないであろう結論まで導いていた。
その中には華世が魔法少女として戦った事件もいくつかあり、その全てが華世の記憶と資料が一致している。
それから、彼にはハッキングの技能もあるらしく、前に結衣が言っていた楓真の家を一晩中見張っていた件。その情報源となった監視カメラの映像データを抜き出して結衣に伝えたのも彼だったらしい。
それほどの能力を持つ少年だからこそ、華世は手早く裁判を切り上げさせたのである。
「じゃあ諜報員くん。あたしが何かしらの調査をして、って言ったら呑んでくれる?」
「冗談キツイッス。オイラを動かしたいんだったら、それ相応の……」
「お金が欲しいの? じゃあ1依頼につき前金で30万。依頼達成で成功報酬を更に50万。移動や機材の費用はこっち持ちでどうかしら」
「さんじゅっ……!!?」
正直、諜報を依頼するには安すぎるくらいである。
けれどもこの額は中学生にとっては超大金に思えるだろう。
とはいえ、華世にとっては1出撃で貰える報酬よりは軽い出費なのだが。
金額に見開かれていた目がキリッとした表情に変わり、和樹という少年がプロの顔つきとなった。
「姐さん、とはいえ無茶は言いっこ無しッスよ。さすがにオイラも若い身ゆえ、戦地に潜入とかは無理なんで」
「優秀でも中学生にそんなことさせないわよ。とりあえず、この女の素性を洗ってくれないかしら」
そう言って、華世は和樹の携帯電話を操作し、そのまま手渡した。
その画面に写っているのは、華世がこの間に交戦した魔法少女・ホノカの顔。
あのとき彼もその場にいたらしく、望遠レンズ越しではあるがあの女の顔をしっかり写していたのだ。
「それくらいなら、お安い御用ッス。調査が終わったら連絡は……」
「あたしの携帯でいいわ。あとであんたにメッセージ飛ばすから」
「了解っす! では。拓馬、行くッスよ」
「あ、ああ……」
いつの間にか話に置いてけぼりになっていた結衣の弟、もとい拓馬を連れて生徒指導室を飛び出す和樹。
その背中を見送り、同じく置いてけぼりになったウィルの方へと華世は視線を移した。
「……何か言いたそうな顔ね?」
「いや、君が何を企んでいるんだろうって思って……」
「秋姉に情報が流れない範囲に、手駒を固めておきたいだけよ。あんたにも期待してるからね」
「それは嬉しいけれど……」
「なーに、お二人でいい雰囲気になってるのですか!」
この裁判を始めるきっかけとなったリンが、不満たっぷりといった顔で華世たちに声を張り上げた。
全然いい雰囲気とは言えない状況ではあったが、どうせ言いがかりの一つでも付けたい気分なのだろう。
「ほらリン、さっさと昼飯にいかないと食べる時間なくなるわよ」
「おだまりなさい! せっかくわたくしが素晴らしい裁判長を演じるところでしたのに、これでは台無しですわ!」
「あんたの道楽なんて知ったこっちゃないわよ」
「ドウラクですって! あなたって人はわたくしのことを……あっ」
華世に掴みかかろうとしたのか、一歩踏み出したリンの足は床に転がっていたロープに足を取られた。
そのまま身体が前のめりに倒れ、バランスを取ろうとして軸がぶれたのか華世の隣に立つウィルへとダイブ。
急に女の子に飛び込まれたらさすがのウィルも対応できず、そのまま彼女とともに床へと倒れ込んでしまった。
「「あっ……」」
床の上で重なり合う二人の身体。
偶然か必然か受け止めようとしたウィルの手は、リンの年齢の割には大きいが華世には負けるサイズの胸を押し付けられる形で揉んでいた。
いわゆる、ラッキースケベというやつだ。
「あ、あなた……わた、わたわたくしの……む、む……!!!?」
「ご、ごめん! そんなつもりはなくて……!!」
「リン。今から、わいせつ事件として裁判する?」
「もうお嫁にいけませんわぁぁぁぁぁ!!」
泣きながら立ち上がり、生徒指導室を飛び出していくリン・クーロン。
遅れて身体を起こし、リンの胸を揉んだ手を眺めるウィルへと、華世は呆れた顔で問いかけた。
「どう? あのお嬢様のおっぱいを揉んだ感想は」
「華世の方が魅力的だと感じました」
「それ口説き文句のつもり?」
校内最上級二大お嬢様の胸の揉み比べに対し、小学生並みの感想を述べたウィルへと、華世はため息を漏らした。
───Gパートへ続く




