第7話「灰被りの魔女」【Hパート 逃亡劇】
【9】
華世の目の前で、ホノカを包み込むようにして爆発が起こった。
爆風とともに飛び散る土塊から守るように、目をとっさに左腕でガードする。
数秒の後に爆発地点に残っていたのは、地下の下水道をむき出しにするように空いた大穴だけだった。
「逃がした、か……」
他者を殺めることに心を痛めるような少女が、追い詰められて自決はしないだろう。
そう思っている間に大穴の近くへとアーミィの隊員が集まってき、そのうちの一人が下水道へと足を踏み入れようとしていた。
「待って、追わないほうがいいわ」
「なぜです?」
「相手はガス爆発のプロよ。ガスを使い切ったとも思えないし、迂闊に突っ込めば閉所でいいようされるだけ」
華世は人間兵器ゆえ、一応アーミィ内で少尉相当の権限がある。
それを知っているからか、素直に忠告を聞き兵士たちが撤収していく。
「……ふう、もう大丈夫よね。ドリーム・エンドっと」
緊張感から開放され、変身を解いてその場に腰を下ろす。
そんな華世へと、ひとつの影が駆け寄って手を差し伸べた。
「……ウィル、あんたがアーミィを呼んでくれたの?」
「俺、どうしていいかわからなくて。邪魔にならないように離れてから電話で内宮さんに応援を頼んだんだ」
「おかげで助かったわ。さすがに片腕が壊れてちゃ、長くは持たなかったから……」
初めての、自分と同じ魔法少女との戦い。
これまで戦ったツクモロズよりも、遥かに手強い相手だった。
今回、取り逃したことで再び相まみえるかもしれない。
そうなったときに、今度は勝てるだろうか。
「おおーい、華世、大丈夫か~!」
遠くから咲良と共に駆けてきた内宮が、手を振りながら声をかけてきた。
方向から察するに、どうやらキャリーフレームに乗っていたらしい。
「秋姉、帰るの遅れてごめん。すぐ帰って夕食作るからね」
「戦ったあとやし、かまへんかまへん! 無事やっただけで十分や」
内宮とウィルの手を借り、フラつきながらも立ち上がる。
「ほら、フラフラやないか。今日は出前でも取ろか!」
「……じゃあ、そうしましょうか。でもちゃんと食材は買ったから、明日はカレー作るわよ」
「いいな~華世ちゃんのカレー。私も食べたいなあ」
「葵はんが来たら、一人で鍋を空っぽにしてまうやろ!」
「別にいいわよ、量増やすくらい。せっかくだし、あの常磐ってヤツも呼んでカレーパーティする?」
「嬉しいけど、どうして楓真くんが出てくるのかな~?」
「結衣も呼んであげようと思ってね。あの子、あいつに会いたがってたから」
「あ、そういうこと! オッケ~オッケ~!」
上機嫌でスキップする咲良に癒やされながら、華世は夜空へと目を向ける。
コロニーの中心部分で輝く人工的な星っぽい輝きが、今日はやたらと綺麗に見えた。
※ ※ ※
「ハァ……ハァ……追っ手は、居ないみたいですね……」
指先から放つライターのような小さな炎を明かり代わりに、無機質なコンクリート壁に手を当てつつ下水道を進むホノカ。
左腕の機械籠手は大破、右側のは無事だがガスは僅か。
これ以上戦うことになれば、さすがに持たなかった。
ひとまず身の安全を確信し、ふぅと一つため息をつく。
「葉月華世……。あんなに、手強い子がいるなんて」
想像を絶する強さだった。
これまで幾多ものアーミィ基地に対して一方的に勝利を収めてきたホノカにとって、初めての苦戦にして敗走。
けれども、完全に負けたわけではない。
傷を癒やし機械籠手を修復してからもう一度、勝負をかける。
そうして任務を達成しなければ、傭兵としての経歴に傷がつく。
「今度は、負けない……!」
「ところが、その今度はもう来ないんだよねえ」
閉鎖的な下水道に突如響いた少年の声。
とっさに振り向き、声のする方へと明かりを向けると、暗闇の中からふたつの人影が姿を表した。
一人は三度笠をかぶった大男。もうひとりは、さきほど声を出したであろう少年。
「宵闇に 彷徨い歩きし 幼子の、向かう先へは 闇が広がれり……」
「鉤爪の女とは別に、魔法少女が誕生したっていうから戦わせてみたら……君にはガッカリだよ」
「その言い草……あの依頼はあなたが?」
「御名答。正解の褒美に、一発で楽にしてあげるよ!」
そう言った少年の影が、ものすごい勢いで足元から伸びるようにホノカへと近づいていく。
その間にも影からは無数の黒く鋭い針が伸び、明確な殺意をこちらへと向けてくる。
「私を仕留めるにはちょっとお話、しすぎです……!」
残り少ないガスを放出し、ホノカは壁に機械籠手を打ち付けた。
───Iパートへ続く




