第1話「女神の居る街」【Dパート パスタ屋にいた相棒】
【4】
下りの自動階段に足を載せたリリアンが、鼻歌交じりに手すりにもたれかかる。
年下の少女の無邪気な姿を呆れ顔で眺めながら、華世は自分の側頭部に身に着けた髪飾りに指を乗せた。
『華世お嬢様、そちらの調子はいかがですか?』
骨伝導で聴覚へと直接入ってくる、柔らかい女性の声。
それに対し華世は、声を発さずに念波マイクへと思念を送り返事をする。
『情報を得ようと思ったら、一発で大当たりって所。あとはどう仕掛けるか、ね』
『それはよかったですね。そういえば、さっき支部長から応援を出したと連絡がありましたよ』
『応援……?』
嫌な予感がしつつも、リリアンが通信している華世の態度に首を傾げていたので髪飾りから指を離し通信を切る。
この髪飾り型の通信装置は、一切声を発することなく通話ができるすぐれものである。
しかし、通信中は常に髪飾りを指で抑えて表情を変えるような感じになるので、事情を知らない相手に見られていると少し格好が不自然になってしまう。
リリアンへは適当にはぐらかし、自動階段を降りて彼女がおすすめだという飲食店へと歩き始める。
白亜の建物が並ぶ町並みを進み、たどり着いたのはイタリアンレストラン。
店頭に貼られている「パスタ50人前5.0kg、20分以内で完食するとタダ!」というポスターが目を引く以外は、特に変哲のない店だった。
「この店が美味しいの?」
「うん! 私もパパと一緒によく来るの!」
「へぇ? それじゃ────」
「おおっと、チャレンジャーのフォークが止まった! これはもう限界かぁぁぁっ!?」
入り口のドアを開けた途端、スピーカーから大音量で店長らしき男の声が響き渡った。
その男が注目している座席には、空になった皿のタワーが幾つかと、パスタの盛られた皿が2つ。
そして椅子に座り苦しそうな顔で突っ伏している女性は、華世の見知った顔だった。
「も、もう限界~……」
「タイムアーップ! チャレンジ失敗です!!」
周りで盛り上がっていた客たちが落胆したような声でブーイングを響かせ解散する中、華世は騒ぎの渦中である座席へと足を運んだ。
華世が来たことに気付いたのか、突っ伏していた女性が顔を上げる。
「咲良、あんた何やってんの?」
「ああ、華世ちゃんか……。これくらいの量なら行けると思ったのよ~~……」
「その細身のどこに48皿分のパスタが入ったのやら……」
レディーススーツに身を包んだ咲良は、外見はかなり細いシルエットである。
しかし大食らいなのにも関わらず、全く太ったり体型が変化したりが一切しないらしい。
口から入った食べ物の重量が、どこに行ったのかは神のみぞ知るといったところか。
「華世お姉ちゃん、このお姉さんは知り合い?」
背後のリリアンが頭に疑問符を浮かべていそうな顔で尋ねてくる。
まあ、13歳の少女と20代半ばの女性の組み合わせの関係性は、なかなか想像できないだろう。
「まあ知り合いというか、仲間というか……」
どう説明したものかと頭を悩ませていると、華世の腹が再び鳴いた。
その音を聞いた咲良が、静かに華世の方へと手を付けていないパスタ皿をスライドさせる。
「……あんたの食べかけを、あたしが食えと?」
「えー、良いじゃな~い! それ、まだ口付けてないし!」
「しょーがないわねぇ……」
華世は呆れ顔で咲良の向かいの席に座り、パスタを混ぜてスプーンの上でフォークを回転させる。
そのまま口に運ぶと、確かに巷で言われているだけあって美味ではあった。
けれども、特段コメントするほどでもないので華世は黙々と腹を満たしていく。
隣でも、リリアンが美味しそうにパスタを口に掻き込んでいた。
「ふー、ごちそうさま。……で、咲良。あんた何しに来たのよ?」
「何しにってヒドくな~い? ……支部長から応援に行ってやれって言われて、飛んで来たってのに!」
「応援ねぇ……」
「要らないって言ったらダメだよ~? 私だって来たくて来たわけじゃないんだし~!」
「ふーん。ま、これからの流れにあんたが居るとスムーズそうだし、来たことを無駄にはさせないわよ」
「華世ちゃ~ん? いったい私に何をやらせる気なのかな~~……?」
「別に、ほら会計してきなさいよ」
「はいは~い!」
席を立ち、トコトコと会計に向かう咲良。
なんとなく彼女の背中を目で追っていると、レジの前で財布を取り出したところで咲良の手がピクリとも動かなくなった。
さきほど明細を見たら、50皿に加えドリンク代も合わせて1万は超えていたので、もしかして払えないんじゃないかと華世はレジへと足を運ぶ。
「ねえ、咲良。あんたもしかして……」
「華世~~! この店、現金使えないって~~!」
「……あんたねえ、こんな田舎で現金使えるわけ無いでしょ。ほらどいて、あたしが立て替えてやるわよ」
咲良の身体を押し退け、華世はレジ横の機械に携帯電話をかざす。
響きの良い電子音が鳴り響き決済完了。
まったく世話のかかる大人だと、華世はため息を漏らした。
「うう……子供に払ってもらうなんて、大人としてのプライドが~~」
「ほら、くだらないプライドでしょげてないで。さ、仕事するわよ」
何を言っているのかわかっていないリリアンへと手招きしつつ、華世は店を飛び出した。
───Eパートへ続く