第3話「地球から来た女」【Aパート メンテナンス】
「えーっと、それじゃ次は試験の日のことを話せばいいのかしら?」
スペースコロニー・クーロンへと向かう旅客宇宙船の席で、華世は隣に座ってクッキーを食べる咲良へと尋ねた。
数分もすれば船が発進するだろうが、どうせ到着までは1時間前後かかる。
のんびりと思い出話にふけっていても、時間に余裕があるだろう。
「せっかくだし~、私が金星についた時の事も合わせて思い出の整理をしようよ」
「はいはい。じゃあさっき話した日の翌日、学校についてからのことから話し始めましょうか」
華世は後頭部に両手を当てながら、あの日の記憶を呼び起こした。
それは、初めて華世と咲良が出会った日。
そして、華世が“人間兵器”となった、あの日のこと。
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鉄腕魔法少女マジ・カヨ
第3話「地球から来た女」
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【1】
朝の光が窓から入り込む廊下を、二人の足音がこだまする。
一番乗りで扉の鍵を開けて、自分の席に座り込む華世。
机の上に乗せた華世の右腕を、結衣が両手でそっと持ち上げる。
「華世ちゃん、右腕の調子がおかしいんだっけ?」
「そうなのよ。ちょっと見てもらえる?」
「お安い御用! なんたって私は……」
「あたしの親友、でしょ?」
「それだけじゃないよ。華世ちゃん専属の、義肢装具調整士だからねっ!」
華世は右肩に左手をあて、指でストッパーを外すボタンをグッと抑える。
そのまま肩の根元あたりに力を込めると、バキンという金属パーツの外れる音とともに華世の右腕が取り外された。
中身を失った空っぽの袖をプラプラさせながら、華世は外した腕を結衣へと手渡し診てもらう。
「人工皮膚に結構深い傷がついてるね」
「刃物を防いだのよ。張り替えてもらわないと」
「とにかく一度、人工皮膚を剥がすね?」
「どーぞ」
結衣は手に持ったカバンから筆箱サイズの工具箱を取り出し、中からマイナスドライバーを手にとった。
それを華世の義手の接続面の辺りに沿わせるように当て、人工皮膚を繋ぎ止める留め具を外す。
そして外れた皮の端からクルクルと巻き取るように、結衣は丁寧に義手から人工皮膚を取り外した。
むき出しとなった金属の腕。
それは、華世が魔法少女へと変身した時にあらわとなった鋼鉄の装甲。
日常生活中は、剥がされる前のように人工皮膚でこの装甲を覆っている。
変身した際に消える理由は、恐らく衣服の一部判定でもされているのだろう。
人工皮膚は業界でも最高級クラスのものを使っているため、傷さえつかない限りは外見はもちろん、触り心地に関しても生身の腕と遜色ない。
「うーん?」
結衣が華世の義手を何度か曲げ伸ばしをし、しばらくしてからドライバーを使って装甲板を取り外す。
工具箱に入っていたゴム手袋を付けた指を中に出し入れ。
指を深く突っ込んで首を傾げる結衣の姿を見ながら、退屈になった華世は左手で空っぽの袖を突く手遊びに興じていた。
「あっ、やーっとわかった!」
「あら。何か悪くなってた?」
「急に激しく動かしたか何かで、ベアリングが割れてたの。それで可動部分の動きが悪くなってたのね」
「……そういうことだろうと思ったわ」
「昨日のこと……だよね。華世ちゃんが遅刻なんておかしいと思ってたけど……何があったの?」
隠してても仕方ないしな、と思った華世。
つぶらな瞳で事情を知りたいと訴えかける結衣へと、素直に白状することにした。
怪人と対峙し、少年ミュウから力を授かり魔法少女へと変身したこと。
戦いの後にアーミィに逮捕され、昼前まで尋問を受けたこと。
それらを華世が包み隠さずにすべてを伝えるのは、無意識下に結衣への信頼があるからかもしれない。
「──てなわけなのよ」
「いいなぁ~!」
「へ? 良い?」
結衣の予想外な返答に目を丸くする華世。
てっきりねぎらいの言葉をかけるとか、あるいは突拍子のない話に唖然とするかだと思っていたというのに。
「だって、魔法少女だよ? 私たち女の子にとって、共通の憧れだよ!」
「うーん、そういうものかねぇ」
「あー、華世ちゃんは元から強いから憧れがないんだー! まあ、変身しなくても不良とか、犯罪者とかに立ち向かっていた華世ちゃんならしょうがないかぁー」
そう言いながら、剥がした人工皮膚を再び義手に貼り付ける結衣。
彼女の言うことに、華世は微塵も共感できないというわけではない。
眼の前で行われる悪行に、良心を刺激されて何かをしたいと思うのは、男女問わずままあることだろう。
しかし、怖いからとか力がないからとか、そういう理由で行動を起こせない。
そうやってもどかしい思いをするくらいなら、人助けができる力を得たい。
その欲求の行き着く先が、先ほど結衣の口から放たれた「いいなぁ」なんだろう。
「ねえ華世ちゃん。戦ったってことは……これの武器、使ったんでしょ?」
「義手の? ああ、使ったわよ」
「どうだった? どうだった!?」
食い気味に顔を近づけて尋ねる結衣。
その迫力に推され、華世はすこし背を仰け反った。
彼女が興奮する気持ちは大いに分かる。
なにせ、華世の義手についている武器、機関砲と鉤爪を発案したのは、他ならぬ結衣だからである。
「どうだったって言うと……機関砲の発射音のせいで逮捕されたわよ」
「ブッブー、機関砲じゃないよ。超小型2.7ミリ連装機関銃だよ!」
「名前なんていいでしょ! その2ミリ機銃の音、何とかならない?」
「超小型2.7ミリ連装機関銃! もう華世ちゃんったら、ちゃんと覚えなきゃダメだよ! アーミィのキャリーフレームが装備してる携行ビーム兵器とかも全部ビームライフルだと思ってるんでしょ!」
面倒くさいスイッチを入れてしまったなと、華世は天井を見上げながらため息を吐いた。
結衣は、この歳の女の子には珍しい重度の武器マニアなのだ。
本人はまだニワカと謙遜しているが、その知識量は専門家でも舌を巻くだろう。
しかし、華世がいま面倒だと思ったのには、もう一つ理由があった。
「結衣、そろそろ腕返しなさいよ。だいたいこれくらいの時間にあの口うるさいのが──」
「き、きゃぁぁぁっ!? 腕っ、ヒトのウデですわぁぁっ!?」
「──来ちゃったじゃない」
───Bパートへ続く




