第1話「女神の居る街」【Bパート 交番にて】
【2】
「ひったくり犯の現行犯逮捕にご協力、ありがとうございました」
初老の警官が、ゆっくりと一礼する。
それに対し華世は、「いいのよ。これも善良……な、市民の勤めってやつ?」と返しながら、にこやかに微笑みを返す。
「13歳とは思えない勇敢さですね。ところで、犯人たちが深い怪我を負っていたのは……?」
「ああ。あたしに驚いて操作を誤ったのか派手にズッコケたみたいよ」
駅前広場付近にある小さな警察署へと、華世は先程捕まえたひったくり犯ふたりの身柄を明け渡しに来ていた。
なんでもこの辺りの街を騒がせていた連続ひったくり犯だったらしく、手練なのか捜査が難航していたのか、異常なまでに感謝をされた。
初老の警官の後方では、警察官に連れられて建物奥の留置所へ連行される、哀れな犯罪者の背中がふたつ。
「天に恥じる行為を行ったものへ、女神様が罰をお与えになったのだろう。君はもしや、女神様が遣わした天の使いかもしれませんね。ハハハ」
「女神様、ねぇ……」
ここに来るまでの途中にあった、広場の光景を思い出す。
噴水を囲むように並べられた、天を仰ぐ白い石造りの女性像。
丘の上の教会へと、祈りを捧げる通行人。
華世は女神を崇める宗教のようなものがあることは知っていたが、どうやらこの辺りではその教えが深く信仰されているようだ。
「……ああそうだ。君は旅行者でしょう? 最近、子供の行方不明事件が多いんですよ」
「行方不明事件……って、あそこの掲示板にも貼ってあるやつ?」
さっきから気になっていたものを指差す華世。
それは、掲示板へと無数に貼られた、尋ね人の張り紙。
そこに映る写真は年齢や性別に多少の差はあれど、すべて子供のものだった。
「学校帰りや習い事の帰りなど、夕方や夜に子供が姿を消すんです。君やリリアンくらいの年齢の子も被害にあっているんで、気をつけてくださいね」
「リリアン?」
「あなたがひったくり犯から救ってくれた子ですよ。領主様の娘さんなんです。ほら、あそこであなたを待ってますよ?」
初老の警官が指差したほうを見ると、警察署の外からガラス戸越しに先程の少女──リリアンがこちらを覗き込んでいた。
リリアンは華世と目が合うと、笑顔を浮かべて手を振り上げその場でピョンピョンと飛び跳ねる。
「あー……ご忠告どうも。気をつけておくわ、それじゃご苦労さま」
華世は簡単に警官へと別れを告げ、警察署の外へ出た。
上から照りつける眩しい光に目を押さえながら、勝手に手を握ってきたリリアンの方へと視線を向ける。
「華世お姉ちゃんってすごい! さっきの、まるで正義の味方と言うか……キューティプリンセスみたいだった!」
「キュー……プリ? が何だって?」
「キューティプリンセス! 見てないの? 魔法で変身して悪い人たちから人々を守る、かっこいい女の子たち!」
華世は小さく「あー、あれか……」と呟いた。
クラスメイトの誰かが、やけにマニアックな知識を披露していたテレビアニメーション。
日曜の朝に放映されている、変身して戦う魔法少女たちの物語。
「私、いつか魔法少女になりたいの! そうすればキューティプリンセスみたいに、悪い人たちからみんなを守れるから!」
「……魔法少女なんて、そんなに良いものじゃないわよ」
「え……?」
「ああ、いや。ほら、あの話の娘達って学校と戦いを両立したりとか、秘密を守らなきゃとか大変じゃない? あなたにできるの?」
「うーん……そう言われてみれば大変そうだけど……。でも、なってみたいの!」
「あっ、そう……」
夢見がちな少女のキラキラした瞳に見つめられ、華世は無意識に視線を反らした。
目線の先に見えたのは、広場の噴水を囲む女神像たち。
その光景を見ていると、華世の中に一つの疑問が浮かんだ。
「ねぇ、リリアン。あそこの石像、どうして1つだけ無いの?」
噴水の周りには、まるで時計の文字盤のように12の台座が建てられている。
間にベンチ代わりとなる石段を挟んだ台座ひとつひとつに、噴水の外側を見る角度で白い石造りの、綺麗な女神像が立っていた。
しかし、そのうちの1つ。女神像があればちょうど教会を見ていたであろう位置の台座だけが、なぜか空っぽ。
華世が指差したものが空っぽの台座だと気づいたであろうリリアンが、少し悲しそうな表情をした。
「あれはね、ママが言うにはドロボウさんが持って行っちゃったんだって」
「ドロボウ? さっきのひったくりといい……ここ、治安悪いのかしら」
「チアンっていうのが何かわからないけど……この街の人達は女神様を信じてるいい人達ばかりだよ!」
「でも、行方不明事件とか起こってるんでしょ?」
「うう~……」
言葉に詰まるリリアン。
まあ、彼女に責任があるわけでもないので詰問はここまでにし、華世は脳内で現状を整理し始めた。
華世がこの常夏の街を訪れたのは、なにも旅行をしに来たわけではない。
先に警察署で見た行方不明事件そのものが、この辺境の田舎町を来訪した最大の理由である。
「あっ、そろそろ礼拝の時間だから帰らないと! そうだ、華世お姉ちゃんも一緒に礼拝しよ!」
「えっと……あたしはそのメガミサマとやらは信仰してないけど、いいのかしら?」
「うん! パパがいつも、女神さまの教えに加わる者には祝福をって言ってるから大丈夫!」
おそらく、発言の真の意図からは外れているであろう。
しかし、これはこの街の事情に詳しい領主とコンタクトを取る願ってもないチャンスである。
この機会を逃すものかと、華世はやや激しめに大きく頷いた。
───Cパートへ続く