第20話「ふたつの再会」【Gパート 大天使降臨】
【7】
蕾のようなステッキの先端が花開き、放たれた光弾が尾を引きながら〈クアットロ〉に次々と突き刺さる。
反撃とばかりに肩から伸びたパワーアームを振り下ろす敵に対し、杏はくるくると回転しながらの跳躍で回避。
空中で直し構えたステッキを握りの先端から、1メートルほどの輝く刃が伸びる。
「マジカル・セイヴァーっ!!」
横薙ぎの一閃がキャリーフレームの巨体を真一文字に切り裂き、人型の機械を鉄屑へと変える。
一体を倒して一息ついた、思った直後に上空から新たな〈クアットロ〉が2機、結衣たちの眼前に降り立ってきた。
「このままでは美月さんと結衣先輩が……一旦立て直しましょう!」
背中から光の翼「天使の翼」を広げた杏が、結衣と美月の手を握り上空へと飛び立った。
手を伝って彼女から受ける浮力に、風を切りながら空を飛ぶ三人。
空中で浮遊感に身を任せている間に、美月が杏へと質問を投げかける。
「あなたのその姿に力……もしかして魔法少女とかいう?」
「はい、そうです! ご存知でしたか?」
「地球でそんな存在が実在したという噂をいくつかの聞いたし、金星のニュースもチェックしてたから……」
「とにかく、お二人を安全なところまで運びます! あとは私に任せてください」
勇ましい杏の言葉。
結衣はそこで「私も」と言えないことに、勇気を出しきれない自分に憤っていた。
(私だって、勇気があれば……華世ちゃんくらいに戦えなくても……!)
結衣の心境を知ってか知らずか、美月が結衣の方向を向いて口を開く。
「杏ちゃんがそうってことは、結衣ちゃんも魔法少女だったりするんじゃない?」
「そうですけど、私は……ダメですよ。才能、無いから……」
「結衣ちゃん……そんなこと言ってはダメよ」
「美月さんに、私の気持ちなんてわかりませんよ! 私は臆病者なんですよ、目の前であなたが危険だったのに、足が動かなかったんですよ! 何時間かのランニングをしただけで杏ちゃんは戦えるようになってるのに、私は……!!」
「じゃああなたは、何にもならないと思って私に頼み込んだの?」
「それは……」
コロニーの空の中で、繋いだ片手に身を預け風を切りながら、美月は綺麗な灰色の瞳で真っ直ぐに結衣の目を見た。
「あの時のあなたは決して、自分がダメとか才能がとか言わなかった。自分が勇気を持てるって、信じてたからでしょう!」
「でも、私は……!」
「あなたの人生は、あなたが主役なのよ! 誰かの代わりじゃない、あなた自身に……ひとつ上の自分を目指すのよ!」
「ラブ&ブレイブですよ、結衣先輩! ひゃあっ!?」
いつの間にか背後まで迫っていた巨大な影。
後方から追いついていた〈クアットロ〉のパンチが、気がついたときには杏へと放たれていた。
間一髪でかわす杏だったが、その衝撃で握っていた手が滑り抜けてしまう。
「美月さん、結衣先輩!!」
浮力を失い、人工重力に従って落下する結衣。
(もう、ダメだ)
落下しながら、諦める結衣。
変身のためのステッキは公園に置いたまま。
このまま落ちて、死んでしまうんだ。
絶望に飲まれていた結衣。
しかし、結衣の目に写った光景は、諦めきることに待ったをかける。
隣で落ちる美月は、落ちながらもじっと結衣の目を見続けていた。
このままふたりとも落ちて死んでしまう。
その結果が見えているのに、彼女から生きる気力は失われていなかった。
彼女の視線に、美月が自分にいった言葉を思い出す結衣。
(ひとつ上の、自分に……華世ちゃんの変わりじゃなく、自分自身に……!)
キラリと、遠くの風景の一角で何かが光った。
その輝きはひとりでに動き、こちらへと向かってくる。
やがて目ではっきりと見えたそれは、自分に向かって飛んでくる変身ステッキ。
それは結衣の勇気が呼び掛けとなり、自らの意思で主のもとへ馳せ参じたかのように自然に手の中に収まった。
※ ※ ※
「何やってんだろ、私……」
ミシミシと悲鳴を上げ、歪んでいくコックピットの中で諦めつつあった咲良。
一人じゃ何もできない。
誰かを守るどころか、自分すら守れない。
それなのに、妹の姿と重なっただけで、華世を守れると思い込んでいた。
「ごめんね、紅葉……お姉ちゃん、もうすぐあなたに会えそう」
(諦めないで)
「え……?」
誰も居ないはずの密室の中に、響いたささやき声。
それは確かに、咲良の耳に届いていた。
「これ……紅葉の魔晶石……」
いつもお守りにと持ち歩いている、亡き妹の形見。
綺麗な赤い宝玉にも見えるそれが、確かに声を放っていた。
(あなたを紅葉ちゃんと同じところへは、行かせない)
「ヘレシー……なの?」
(生きることを諦めないで。あなたには、あなたを必要としている人がいる)
「必要としている、人……? あうっ……!」
大きく揺れるコックピット。転がり落ちる魔晶石。
転がった先に見えた、裂けた外壁の隙間。
「……紅葉、助けてくれるんだ」
妹の形見を拾い上げながら、裂け目に思いっきり飛び込む咲良。
尖った装甲の破片に腕に切り傷を負いながら、硬い道路の上に投げ出される身体。
痛みに呻き声を上げそうになるが、歯を食いしばり立ち上がり、走り始める咲良。
生き残るために。
自分を信じてくれる存在に、報いるために。
脱出した咲良に気がついたのか、潰れきった〈ザンドール〉を投げ捨て向き直る〈クアットロ〉。
一歩ずつ近づいてくる巨体から逃げられないとわかっていても、咲良は走った。
直後、咲良の頭上を一筋の光が走る。
その光は一陣の風となり、〈クアットロ〉の胴体を撃ち貫いた。
咲良を救ったビームを放った巨大な何かが、咲良のもとへと降り立ち、影を落とす。
「これは……〈ジエル〉? にしては、大きすぎる……?」
人型のキャリーフレームをコア・ユニットとした、アルファベットのYの字を思わせるシルエットの巨大なオーバーフレーム。
その姿は、まるで綺羅びやかな帆船の船首に飾られる天使の像。
機体の腹部が開き、搭乗用のワイヤー・リフトが咲良の目の前に伸びてきた。
『咲良、早く乗ってください!』
「ELなの!? 家に居たはずじゃ……」
『話は後です。複数の敵機がこちらに集まってきています。早く!』
「……ええ!」
ワイヤー・リフトに脚を乗せ、巻き取られる紐を掴みながら10メートル近く上のコクピット・ハッチへと持ち上げられる。
そして、見慣れたパイロットシートに腰掛けていた人物に咲良は仰天した。
「ヘレシー、あなたが操縦を?」
『この娘、咲良が危ないと言って飛び出していってしまいまして。そうしたら、この機体……ARCユニットを装備した〈ジエル〉がCFFSで降りてきたんです』
「えへへ。ヘレシーちゃんは多芸なのだ。でも戦うのはちょっと苦手かな。咲良お姉ちゃん、あとはよろしくね♪」
自ら椅子の側の空間へと降りたヘレシーに導かれるままに、パイロットシートへと座り込む咲良。
色々と考えなきゃいけないことはたくさんある。
けれども今やるべきことは、自分のために危険を冒してくれた二人に応えること。
両手で操縦レバーを握りしめ、再度の神経接続。
機体と一体化した咲良は、まっすぐに前を見据えた。
「ARCユニット装備の〈ジエル〉……。ううん、〈アーク・ジエル〉発進!」
神話の大天使に似た名前を与えられた咲良の新しい翼が、光の羽をはためかせた。
──Gパートへ続く