第20話「ふたつの再会」【Fパート クアットロ襲撃】
【6】
それは突然のことだった。
「あ……」
メキメキという破壊音とともに、公園そばの古びた建物の屋根を突き破って、キャリーフレームが姿を表したのだ。
まったく異なる複数のセンサーがまぶされた巨大な顔。
ゆっくりと自分たちの方へと向けられたその視線に、結衣は言葉を失う他なかった。
背中からバーニア炎を噴射し、飛び上がる巨体。
ずんぐりむっくりとした金属の塊が、すぐ側に降り立ち高みから見下ろしてきた。
「〈クアットロ〉……? 金星の地表掘削用キャリーフレームがどうして、こんな所に」
見上げながら後退りする美月がそう呟いている内に、ゆっくりと持ち上がる〈クアットロ〉の肩から伸びる補助腕。
結衣が「危ない!」と叫ぶ前に、杏が美月へと飛び込んだ。
振り下ろされた金属のアームが大地を割る側で、叩きつけを逃れた美月と杏。
すぐさま立ち上がった杏は、桃色の髪を振り乱しながら荷物置き場に駆け込む。
そして、自分のカバンから赤い宝玉が輝くステッキを取り出し、叫んだ。
「ドリーム・チェェェェンジ!!」
※ ※ ※
警報鳴り響く廊下を走り、エレベーターを待つ時間すら惜しく階段を駆け下りる咲良。
先に行く楓真と内宮が息を切らせながら話す会話は、咲良の疑問を解くものだった。
「いつ緊急事態になっても、ええようにって、常時キャリーフレームフォールできるように、しとるんやって!」
「そりゃあ、ありがたいね! 隊長! 昼飯を、外で、食ってても! その場で、出撃できるって、わけだ!」
待ち合いスペースを通り過ぎ、ガラス扉を押し開け外に出る、咲良たちハガル小隊一行。
隊からふたり抜けて戦力は低下しているが、文句を言う暇はない。
「「「キャリーフレームフォールシステム、降下位置設定!」」」
各々の携帯電話越しに命令を飛ばし、空を見上げる。
コロニー中央を伝うシリンダー・ユニットから、キラリと輝く幾つかの光。
その場所から咲良たちのいる広い駐車場へと、キャリーフレームが光を受け瞬きながら降り立った。
「……なんや、1機多くあらへんか?」
「ほんとうだね。4機降りてきてる」
「それは、私も、出撃、するから、だ! ぜぇ……ぜぇ……」
低い声に振り返ると、ウルク・ラーゼ支部長が仮面顔のまま息を切らせつつ突っ立っていた。
彼はそのままフラつきながら咲良たちの横を通り過ぎると、黒いキャリーフレームへと慣れた動きで乗り込んでいく。
「支部長が出てもええんですかい?」
「前線に人員を送った手前、人手不足は否定できぬからな! 敵は待ってはくれん、君たちも速やかに搭乗したまえ!」
ウルク・ラーゼの声に従い、急いで機体に乗り込む各員。
咲良もコックピットに体を滑り込ませながら、通信越しに聞こえてくる作戦説明に耳を傾ける。
『現在、クーロン各地に複数の〈クアットロ〉が出現し暴れている。現在確認した数こそ25だが、増援の可能性も否定はできない』
『支部長、やはりV.O.軍の襲撃ですやろか?』
『すべての機体から生体反応は確認されない。単に自然発生したツクモロズなのか、人為的なものかは不明だ』
『ツクモロズということなら、遠慮はいらないね!』
『しかし我々よりも敵は遥かに多数だ。数に飲まれぬよう散会して撃破に当たれ! 作戦開始!』
『『『了解!』』』
次々と飛び立つ僚機を見つつ、咲良は指先からしびれるような感覚とともに神経を機体と接続。
何度乗っても慣れない〈ザンドール〉と一体化してから、ペダルに載せた足に力を入れた。
「行くよ、EL! ……は、家で待たせてたんだった」
家に置いたヘレシーを見張るため、ELがこの場にいないことを思い出す。
アシストなしの操縦で戦えるか不安に思いながら、機体を飛び立たせる咲良。
ぐんぐんと高度を上げ、眼下を高速で通り過ぎる町並みを見下ろす。
しばらく真っ直ぐに飛行を続けていくと、不意にレーダーから敵発見を知らせるアラートが鳴り響いた。
敵の概要を知らせる相棒の不在に、慣れない手付きでコンソールを操作し照会。
報告にあったツクモロズ化した〈クアットロ〉の反応が2つ。
迅速な殲滅のために自分が単騎であることを意識し、人々が逃げ惑う大通りへと咲良は〈ザンドール〉を着地させた。
正面に映る、黄色い機影。
火星地表の採掘現場で使用される〈クアットロ〉は、その太めのシルエットを構成する重厚な装甲が特徴。
肩部から伸びるフレキシブル・パワー・アームに注意……というコンソールに表示された文章を横目で斜め読みした咲良。
操縦レバーを握りしめ、流れ弾の心配がない格闘武器のビーム・アックスを機体に握らせる。
「生体反応無し……ツクモロズ、覚悟!」
ペダルを踏み込み、前方へ加速。
こちらを敵と認識した〈クアットロ〉が、手に握るマシンガンを放ってくるのを、ビーム・シールドで防ぎつつ肉薄。
シールドのビーム粒子が弾丸を蒸発させる音を聞きながら、レバーを力いっぱい押し倒す。
「はあっ!」
振り下ろしたビームの斧が、敵機のコックピットを溶断。
腹部を中の核晶ごと切り裂かれ、崩れ落ちる〈クアットロ〉。
咲良はビーム・アックスを引き抜かせながら、レーダーに視線を移し、次の敵の位置を確認する。
「隣……ビル? 屋上ッ!」
自機に被さった影に上を向くと、フレキシブル・アームを前に伸ばした〈クアットロ〉が飛び降りてきていた。
反応が遅れて回避が間に合わず、重量を生かした一撃を半ば無意識で〈ザンドール〉の右腕で受け止める。
「いけない……!」
衝撃を受け止めきれずに歪み、潰れる機械の右腕。
一度後方へと飛び退き距離を取ろうとする咲良。
しかし、道路を蹴った〈ザンドール〉の身体が、空中で何かにぶつかった。
「さっきの〈クアットロ〉! まだ生きてた……!?」
ガッチリと機体を掴んで離さない、腹部を溶解させた〈クアットロ〉のパワーアーム。
レバーをガチャガチャと動かすが、その拘束を解くことはかなわない。
「まずったなぁ……!」
絶体絶命のピンチに、咲良は苦笑した。
相棒のいない自分の情けなさに。
自分すら守れない、己の無力さに……。
──Gパートへ続く