第20話「ふたつの再会」【Dパート それぞれの修羅場】
【4】
「おはよーさん。ん、支部長は何しとるんや?」
いつもより人が少なく、ガランとした仕事場に脚を踏み入れた内宮。
自分のデスクに荷物を置きながら、内宮は楓真へと訪ねる。
なぜそんな質問を投げかけたかというと、窓際で動かず双眼鏡で外を眺め続けるウルク・ラーゼの姿が目に入ったからだ。
「さあね。双眼鏡でスパイの捜索……なんてするような人ではないし。なぁ、咲良」
「……えっ、あっ、何?」
名前を呼ばれて驚き、首を傾げる咲良。
側でしていた話題を聞き逃すなんて、いつもの咲良らしくはない。
「大丈夫か? ボーッとしとったみたいやけど」
「いえいえ、何も~。それで隊長、何でしたっけ?」
「支部長が何をしとるか、あんさんは知らへんか?」
「さぁ……私もさっき来たばかりですが、かれこれ三十分くらいずっとあのままらしいですよ~」
「三十分なぁ」
支部長としての仕事を放っているのを見逃すわけにもいかず、ウルク・ラーゼに近づく内宮。
側まで寄ったというのに、気づかないのか微動だにしない支部長。
内宮は不意打ち気味に彼から双眼鏡を奪い取り、そのレンズが見ていたであろう方角を自分の目を通して眺めた。
「こらっ、貴様っ!」
「……ははぁーん。あそこにおるの、昨日の女優サンやないか。……よう見たら杏と結衣もおるな」
内宮の目に映ったのは、百年祭があった運動公園にてジャージ姿で竹刀を握る美月。
そして彼女の監督の元、ランニングに励む杏と結衣の姿だった。
「やっぱり知り合いとちゃいますか?」
「そうではない。私自らの目で、彼女が怪しいものではないかと観察しているのだよ」
「どうだか。……それにしても、寂しなりましたな」
支部長席のある場所からオフィスを見渡し、呟く内宮。
双眼鏡を取り返した支部長が、再び窓の外に目を向けながらフゥとため息をつく。
「君の隊のトニーとセドリックも含め、多くのキャリーフレーム操縦者が戦力を前線に貼り付けるために異動になったからな」
「占領されたサンライトの隣接コロニーの防備を固めるため……やったっけ。手薄になったココが狙われなええですけどな」
「異動になった彼らには悪いが、ここに残しているのは君も含めて精鋭たちだ。数は減っても、増強した機体の質でプラマイゼロ、いやプラスの計算のつもりだよ」
増強した機体、というのは先日ネメシス傭兵団によって納入された機体群である。
修理を終えた咲良の〈ジエル〉を含め、キャリーフレーム本体から新装備まで、多岐にわたる品目が運び込まれたと聞いている。
しかし……その〈ジエル〉含め納入された機体たちは、一晩経った今も運用できないままだと聞く。
このまま準備が不十分な内に襲撃があったら、と思うと心配の種は尽きなかった。
※ ※ ※
「あと一周!」
「は……はひっ!!」
疲労物質が溜まった足を動かしながら、美月の掛け声に返事をする結衣。
修行に付き合ってくれる……という美月の言葉にこの公園に赴いてから、かれこれ敷地の外周を9周ほど全力疾走していた。
マラソン並みの距離を走り続け、すでにヘトヘトな結衣。
一方の杏はというと、疲れの色こそ見えるが顔と速度を見るににまだまだ余裕そうだった。
グラグラする視界で転びそうになりながら、ようやく最後の一周を終えた結衣。
美月から手渡されたスポーツドリンクで喉を潤してから、芝生の上に大の字に倒れ込む。
「づ……づがれだ……」
「お疲れ様。一休みしたら、次は肺活訓練をしましょう」
「ええーー……」
「質問です! どうしてこのようなスポーツ選手みたいな訓練が、女優であるあなたの強さに繋がったのですか?」
スポーツドリンクのボトルを空にした杏が、高らかに美月へと質問した。
この訓練は、あくまでも美月が女優として勇気を持つために行ったことだという話だった。
軍隊レベル……とはいかなくても、激しい運動と女優の自信はすこしも接点が感じられない。
しかし、美月はその疑問を投げかけられるのがわかっていたかのように、即座に返答を返した。
「これはあくまで私の持論なんだけど、勇気を出すために必要なのは、自分の能力を信じることだと思ってるの」
「自分を信じる?」
「これからすることが、必ず上手くいく……なんて、未来が見えない限りはわからないでしょう? だけど、自分の能力が充分だ……って信じてあげられたら、恐れずに実行できる。これが、私なりの勇気の出し方なの」
迷いなく言い切る美月の言葉。
その裏には恐らく、長い女優生活の間に起こった苦労の山が存在するのだろう。
しかし、ここにいる彼女はその山をすべて乗り越えてここにいる。
その苦労を登り切る力の源こそ、美月の言う自分への自信なのだろう。
「私は頑張ってきたから、必ず成功できるんだぞ! 絶対に諦めないんだぞ! ……って自分に言い聞かせるの。いままでずっと、そう思うことでいろんな仕事を乗り越えていったのよ」
「そのための、運動なんですか?」
「ええ。本当は演技練習とかもやってたんだけど、あなた達は女優を目指しているわけじゃないし。だから身体づくりをすることで、少しでも自分の身体能力に自身を持てたら……って思ったの」
たしかにいま結衣の中には、とてつもない疲労とともに、凄まじい距離を走りきれたという自分の能力への驚きがあった。
これを重ねていくことで、自分への自信に繋がる。
美月の話が、頭ではなく身体で少しだけ理解できた気がした。
「私にとって勇気って、自分を……自分の能力を愛することから生まれると思ってるの」
「愛から、勇気が……」
「そう。ラブ&ブレイブ、が私のモットーなの」
ラブ、愛。
結衣の心を暖かくさせる言葉。
自分を愛するという概念に、ハッと気づく感覚。
身体に染み渡るように、暖かさが広がっていく。
「愛と、勇気か……」
「まずは自分の力を愛せるようになるところから。だからほら、頑張って!」
「でも……もうちょっとだけ休ませてぇぇ……」
悲鳴を上げる身体を労る方が、今の結衣には必要だった。
──Eパートへ続く