第19話「決意と旅立ち」【Gパート オルタナティブ】
【6】
『アテンションプリーズ! 当艦は巡航速度に入りました。コロニー・ウィンターまで……艦長ぉー、どれくらいかかるんですかぁー?』
発進の振動が収まってから数分後。
個室のスピーカーから聞こえてきたユウナのいかにも作ったような案内声を聞き、ホノカはシートベルトを外して立ち上がった。
窓の外には、徐々に小さくなっていくクーロンコロニーと、その後ろの金星が見えている。
「宇宙、かぁ……」
今、もしも戦闘になったら……とホノカはふと考えた。
キャリーフレーム乗りのウィルや、宇宙戦用装備を用意している華世はなんの問題もなく迎撃に出られるだろう。
けれども、自分はどうだ?
変身すれば宇宙に出ることはできるだろう。
しかし、ホノカの攻撃の手はガス爆発とテルミット射撃、それから機械篭手による打撃だけだ。
そのどれも、宇宙では大した火力にならないのは明白である。
あくまでもコロニー内での戦闘に特化していたホノカは、いま外の出来事に対して無力なことに気がついた。
あくまでも女神聖教の人間として雇われたのか。
戦闘要員になれないという事実に、少し心が沈んでゆく。
「……考えても仕方ないか。さて、と」
陰鬱な気分を跳ね除けようと腕を真っ直ぐにあげて伸びをしながら、クローゼットを開ける。
ハンガーにかかっているのは、自分用の宇宙服。
非戦闘時は無理して着込まなくても良いが、宇宙艦に乗るときはこれを着て活動するのが普通である。
せめて役に立てないならば、格好だけでも迷惑がかからないようにしておこう。
そう考えながらスカートとブラウスを脱ぎ、一度下着姿になってから上下ひとつなぎの構造の宇宙服に足を入れる。
そして、腰まで宇宙服を持ち上げたところで壁のモニターが点灯した。
「ホノカちゃん、今い……」
「着替え中です!!」
「わっ、ごめん!」
ウィルに上半身がブラジャーだけの姿を見られ、赤面しながら片腕で胸を隠しつつモニターのカメラ機能をオフにするホノカ。
部屋に入ったときに設定を確認するんだったと後悔しながら、急いで上まで宇宙服を上げる。
そのままファスナーを閉じ、首の後にヘルメットをぶら下げてから再びカメラ機能をオンにする。
「……それで、何ですか?」
「みんなで格納庫を見ようと思ってるんだけど、一緒に来るかい?」
宇宙戦艦の格納庫とは、それすなわちキャリーフレームハンガーに等しい場所。
この艦を守るための戦力の確認のためにも、一度見る価値はあるだろう。
ウィルへと了解の意を伝えてから、ホノカは個室から廊下へと出た。
※ ※ ※
艦の後方に位置する、キャリーフレーム格納庫。
金属の足場で形作られたキャットウォークに取り囲まれる形で並ぶ兵器の巨人。
その中に見覚えのある1機の機体。
ウィルが持ち込んだ〈エルフィスニルファ〉の前で、ホノカは足を止めた。
「嬢ちゃん、もしかしてこのエルフィスのパイロットかい?」
ニルファのそばに降りてきた作業服姿の男に声をかけられ、ホノカはビクッとしてしまった。
華世と一緒に立っていたウィルが「俺です」と言うと、作業員が腕を組みフンフンと関心をする。
「若いのにエルフィス乗りやってるなんて大したもんだ。このニルファってマシンは、クレッセント社が試作機をいくつか勢力にばら撒いたって聞いてたが……ここでお目にかかれるとは思わなかったよ」
誇らしげな顔で満足する作業員。
エルフィスという機種は、三十年ほど前の戦争で活躍した英雄的なキャリーフレームをルーツに持つ。
以降、ときおり開発されるワンオフ機にはエルフィスの名が冠され、時の戦いの数々に名を残しているという。
博物館を見て回る子供のように、華世を伴い歩き回るリン。
ホノカはその後を追おうとして、格納庫の隅で唯一まわりに誰もいない機体が目に入った。
両腕に大型の武器を装備させられていながら、ライトひとつ当てられない日陰者。
放置されているという表現が似合うほどに、明るく騒がしい格納庫の中で異質な存在だった。
「もし……あのエルフィスは誰のなんですか?」
「あん? ああ……あいつは〈オルタナティブ〉っつったかな。クレッセント社に押し付けられた欠陥品だよ」
「欠陥品?」
首を傾げるホノカへと、タブレット端末を片手に作業員が説明した。
この〈オルタナティブ〉という機体、最初こそは新型エルフィスとして設計されていたらしい。
これまでとは異なる技術体系で作られた高出力リアクター「デウス炉」を前提に組まれた高性能機。
けれどもその実態は、炉の点火がどうあっても起動しない失敗作。
欠陥品とされた〈オルタナティブ〉はエルフィスの名を与えられることはなく、他の様々な実験機と共に押し付けられるようにクレッセント社からこの艦に送りつけられたという。
動けない機体ではあるが実験兵装の塊でもあるため、部品取りや武器の置き場所として放置されているのだという。
「嬢ちゃん、キャリーフレームのコックピットに乗ったことは?」
「相乗りなら何回か、ですがパイロットシートに腰掛けたことはありませんね」
「じゃあ体験してみるか? 若いのにキャリーフレームの操縦レバーを握ったことがないなんて勿体ない。なあに、どうせ動かねえ機体だ。横っちょのリフトに乗ってみな」
「は、はぁ……」
気の良い言われるがままにホノカは〈オルタナティブ〉の脇に降りていたリフトに乗り、昇降ボタンを押す。
ホノカを乗せたリフトはグングンと高度を上げ、あっという間に機体の腹部にあたる高さまで上昇。
作業員の指示に従い装甲の裏にあるレバーを倒すと、ハッチが展開しコックピットが顔を出した。
中へと入り込み、ウィルがやってたようにパイロットシートへと腰を下ろす。
そして操縦レバーを握りしめ、欠陥品と言われた機体に思いを馳せる。
(私もこの機体も、いま戦闘が起こっても役立たずか……。なんだか、似てるな……)
宇宙で戦えない魔法少女と、動かないキャリーフレーム。
優しくホノカを包んでくれるパイロットシートに身を預けていると、なんだかこの〈オルタナティブ〉が慰めてくれているように思えた。
(お前だって、エルフィスと呼ばれたかっただろうに)
乗る前に見上げた機影。
その顔は見ようによってはエルフィス系に見えないことはなかった。
それでもエルフィスの名を授かれなかったのは、失敗作ゆえか。
明かりの灯らない真っ黒なコンソールを優しくなでながら、ポツリと「エルフィスオルタナティブ……かっこよくないかな?」と呟くホノカ。
せめて自分だけでも、この機体をエルフィスと呼んでやろう。
そう考えていた最中に、事件は起こった。
───Hパートへ続く