第18話「冷たい力 熱い感情」【Cパート 作戦会議】
【3】
華世の義眼装着手術が始まったのは、3時間ほど前。
機能を失った眼球を摘出し、機械の眼と視神経を繋げ、拒否反応が出ないように調整する。
言葉で書けばそれだけだが、実行するために必要な技術・経験の高さは想像に難くない。
しかし、これまで幾度も華世の治療に立ち会ってきたドクター・マッドの執刀。
アーミィ支部の食堂で昼食を済ませたウィル達がドクターに集められた理由が、彼女の手術が無事に終わった事にほかならないと誰も疑わなかった。
「ドクター、華世は……」
「手術は成功した。あとは麻酔が切れて目を覚ましたら義眼の調整と視覚のリハビリといったところだな」
無事という言葉を聞き、応接間でホッと胸をなでおろすウィル。
その隣で座っていたホノカが、ずいっと机に身を乗り出してドクターへと問いかけた。
「それでは、結衣さんの救出に華世の参加は?」
「リハビリと言ってもそこまで時間はかからないから、早ければ明日の昼には出歩けるようになるだろう」
「明日の昼……」
聞いた話によれば、結衣の捜索はポリスの懸命な捜査によって進んではいるらしい。
百年祭の会場から飛び去る光を、複数の住人が目撃していたという。
現在はそれらの証言をつなぎ合わせ、コロニーのどこに行ったかを絞り込んでいる最中。
華世が動けるようになる頃には、大方の目星はついているだろう。
「では訓馬先生、わたくしたちを集めた理由は一体何ですの?」
「魔法少女として敵対した結衣くんを、アーミィが戦力を割いて鎮圧するわけにはいかん。最近はただでさえクーロン以外のコロニーでアーミィへの風当たりが強いからな」
先の〈ジエル〉暴走事件映像によるアーミィバッシング。
事情を知るクーロン住人は冷静だったが、他のコロニー住人からのアーミィ批判が日に日に増していっていることをニュースで知ってはいる。
そんな中、魔法少女化したとはいえ生身の少女に対し軍が動いたとあっては非難の加速は避けられないだろう。
「つまりは、君たち魔法少女隊……といったかな。ともかく子どもたちの手で解決させる必要があるのだ」
「なるほど……それで事前に作戦の説明を、といったところですね?」
「そうだ。杏くん、来たまえ」
ドクターの声で、少し離れたところに座っていた杏がハムスターケージをドクターの前に置いた。
そのまま中から青いハムスター……ミュウを手のひらに乗せる形で取り出す杏。
「先日の、彼女が怪物化した事件の際にこの小動物……」
「ミュウだミュ!」
「ハムスターが匂いで敵を追ったと言う話を聞いて、調べを進めていたのだ」
そう言いながら壁の大型ディスプレイに資料を映し出し説明を始めるドクター・マッド。
嗅覚というのはそもそも、鼻に吸引された化学物質が粘膜に溶け込み、検知されることで知覚することができる。
つまり、ミュウが匂いで魔法的な痕跡を追えたということは、すなわちツクモロズや魔法少女からは何かしらの物質が放出されているということ。
実際、ミュウの鼻の中の粘膜からは未知の化学物質が検出されたという。
ドクターは、この物質をマナリウムと命名し、杏の協力のもと数日前から性質の調査を試みていた。
ところが、マナリウム検出プログラムを作ろうとしたところで問題が起こった。
マナリウムはミュウや変身した杏など、魔法を活用する存在の周囲でしか活性化しない。
休眠状態のマナリウムは空気中の微細な塵や埃に似た形質を取り、検出が困難になった。
結衣の移動経路をマナリウムを追うことでたどるには、どうしても魔法少女の力が必要となる。
「……そのために、私達が呼ばれたと」
「華世に入れた義眼には、すでに検出プログラムをインプットしてある。これは視界内に対象となる物質が確認されると視界に映し出す機能だ。しかし、複数人の魔法少女を集めてマナリウムの活性化範囲を広げないことには至近距離の物しか検出ができない」
「つまり、私と杏が華世と共に変身すれば良いということですね?」
「えっと、俺はどうしたら?」
「ウィル、君の役割は〈エルフィスニルファ〉で彼女たちの輸送だ。飛行できる杏はともかく、華世とホノカは飛ぶことができない。戦闘機形態に変形できるニルファの操縦は、君が一番慣れているだろう。既に整備班の方に、ニルファの武装を外すよう指示は出されている」
かなりの用意周到さに、呆気にとられる一同。
背後にはウルク・ラーゼ支部長の思惑が渦巻いているのだろうが、何にせよ今のウィル達にはありがたい。
結衣救出作戦の概要を一通り聞き終え、今日のところは解散……と思ったところで、部屋の扉が音を立てて開け放たれた。
「まどっち、まどっち! 大変や!!」
「なんだ内宮。騒がしい……何事だ?」
「華世が、華世が……病室から居らんなってもうたぁ!!」
───Dパートへ続く