第16話「桃色メランコリック」【Iパート 天雷】
【9】
うねる巨大な体躯が、家屋をなぎ倒す。
ホノカの耳鳴りが徐々に大きくなり、軽い頭痛の域まで達する。
艷やかな体表が破壊したビルの上から降り注ぐ夕暮れ色を反射し、妖しく輝いた。
初めて杏と出会った時以来に見る、巨大な白い大蛇の姿。
アーミィでつけられたコード名……マジカル・ヴァイパー。
ホノカの眼前で、再びその巨躯が顕現した。
消えていたはずのツクモロズの気配も、再び蘇っている。
「杏……!」
彼女が気落ちしていたときから、嫌な予感はしていた。
けれども少なくない期間いっしょに暮らしていて、そうならないという信頼……いや、過信をしていたのかもしれない。
唸り声をあげてそびえ立つ巨大な怪物の姿に、周辺の人々が悲鳴をあげ逃げ惑う。
(どうすれば……!)
以前に出会った時、華世とウィルのキャリーフレームの力を借りることでマジカル・ヴァイパーに致命傷を与えることができた。
けれども今、戦えるのはホノカ一人。
しかも武器である機械篭手はガス口を溶けたアスファルトで塞がれ、実質丸腰。
絶望的な状況の中、ホノカは冷静に周囲を見渡した。
結衣は変身の衝撃でふっとばされたのか、少し離れた空き地に倒れている。
ときおり腕がピクついていることから、少なくとも生きてはいるだろう。
フェイクと名乗ったツクモロズの女の姿は……見当たらない。
騒ぎに紛れて逃げ出した可能性が高く、今は考えないようにしたほうが良さそうだ。
そして、前方にそびえ立つ巨大な蛇。
(動きが鈍い……?)
身体をうねらせ、大きな瞳でホノカを見下ろすマジカル・ヴァイパー。
しかしその動作は前に戦ったときと比べて非常に遅く、鈍重。
まるで、彼女自身が朦朧としている……そう感じるほどに。
ふと、前方に落ちている半円状の残骸を見つける。
あれは確か、杏の首についていたチョーカー。
華世から聞いた説明では、麻酔を打ち込む機能がついたものらしい。
(……変身の直前に麻酔を打ち込まれ、鈍化している!)
苦しい状況の中で、一つの光明が見えた。
あとはなんとかして致命傷を与えることができれば。
何か、何か武器はないか。
あたりを見回した、その時だった。
マジカル・ヴァイパーの頭を、直上から何かが貫いた。
それは体液をまとったまま道路へと着弾。
青白いスパークを放ちながら、アスファルトへと突き刺さった。
「……これは、鉄塊?」
ホノカがその形状を認識した瞬間、次々と振ってきた金属塊が再び巨躯を撃ち貫く。
よろけた隙を付き、ホノカの背後から飛び上がったのは桃色の衣装。
「だらっっしゃぁぁぁっ!!」
変身した華世が斬機刀を一閃。
その一撃は蛇の喉元を切り裂き、輝く体液を溢れさせた。
空気が震えるほどの唸り声を上げ、倒れるマジカル・ヴァイパー。
何が起こったのかを理解し切る前にすべてが終わり、気がついたときには巨大な蛇が倒れる杏の姿へと戻っていた。
「ふぅ……ボロボロね、ホノカ。それよりも、この鉄塊はどこから……?」
華世が投げかけた疑問に、ホノカは何も答えられない。
ただただ、己の無力に打ちひしがれるばかりだった。
※ ※ ※
「ちょっと、おせっかいが過ぎたかな?」
誰もいないビルの屋上。
発射の残滓となる青白いスパークを放つ、2メートルほどの電磁砲を構えたまま立ち上がる一人の少女。
スコープ越しに頭上の空の先、コロニーの反対側に佇むシスター服姿の同志の姿を見終えると、長すぎる重心を持った得物を背負って伸びをした。
足元には狙撃を補助してくれた機械の猟犬が、ハッハッと犬の呼吸の真似事をしながら上体を持ち上げる。
その頭を軽くなでながら、少女はクスりと笑った。
「今度、お助け料をカズ君から請求しようかな。いや……サービスしたほうが格好いいか!」
電磁砲から取り外した直方体のユニットの蓋を開き、中に入っていたものを取り出す。
それは宝石がついたファンシーなデザインのステッキ。
「そうしたら……ボクっていい人になるよね、ママ! ドリーム・エンド……っと!」
少女──菜乃羽は、ひとり光りに包まれ変身を解いたのだった。
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登場戦士・マシン紹介No.16
【フェイク】
身長:1.7メートル
体重:不明
かつて華世がコロニー「サマー」で撃破した女神像を依り代にしたツクモロズ。
石像がボディだったためか非金属の鉱物の形を自在に操る能力を持つ。
華世に倒されたときよりも能力が飛躍的に上がっており、攻撃だけでなく防御にも活用できるようになった。
けれどもまだ発展途上なため、まだ真正面から魔法少女と戦うには力不足。
【次回予告】
金星百年記念祭が開催される当日。
華世たちはかねてより怪しんでいたテルナ先生への、本格的な調査を開始する。
しかし、その先に待っていたのは過酷な運命。
祭りの夜の華やかな空を、二人の魔法少女が交錯する。
次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第17話「埋め込まれた悪意」
────内に眠る悪魔が、目を覚ます。