第16話「桃色メランコリック」【Gパート 情報屋】
【7】
「それじゃあまずは自己紹介。ボクは如月菜乃羽、フリーの情報屋だよ!」
飲み物が出揃った喫茶店のテーブル席で、椅子から立ち上がった亜麻色の髪の少女は自信たっぷりに名乗った。
菜乃羽は満足したように椅子に座り直し、運ばれたばかりのアイスコーヒーのストローを咥える。
「私達は……って、そういえば名前知られてましたよね。やはり情報屋ゆえに私達の情報を?」
「いいや、ホノカくん。君たちの名前はコレから知ったんだ!」
そう言って菜乃羽がポケットから出したのは、見覚えのある小型端末。
……というより、ホノカたちが持っていた携帯電話だった。
「えっ? あっ、私の携帯が無い!」
「私もです……! まさか、あなた……!」
「ゴメンね! あまりに無防備だったから、スらせて貰ったよ! 認証パターンは画面の跡から一目瞭然だったし」
ホノカはすぐさま自分の携帯電話を引ったくるように回収。
ロックは解除されていたが、他に細工をされたような形跡がないかを調べてみる。
電子マネーの情報に変化がないことを確認したところで、黙っていたカズがため息をついた。
「たぶん、大丈夫ッスよ。ナノは財布とお金だけは盗まないッスから」
「そうそう。人として超えちゃいけないラインは超えないのが、ボクのポリシーなんだ」
情報屋を名乗る上に携帯電話をスリ盗って何を言うか、と思いながらホノカは自分の携帯をカバンの奥へと突っ込んだ。
「……それで、お二人はここで待ち合わせしていたんですよね。私達がいていいんですか?」
「いやなに、ボクとしてはカズ君の背中を追う女の子たちが何者なのか知りたかったからね。子ども情報屋どうしのやり取りはすぐ終わるし! モテるんだねぇカズ君は」
「そんなんじゃねぇッスよ、ナノ」
特に感情なくそう返すカズ。
その様子にホノカは、なんだかムズムズとするような、怒りたいような謎の感情を刺激された。
直後、結衣がテーブルから身を乗り出して菜乃羽へと詰め寄る。
「ね、ね! 菜乃羽ちゃんとカズ君って、どんな関係なの!? 幼馴染だよね!」
「ほほう、情報屋に情報を求めるか! そうだなあ……」
不敵な笑みを浮かべた菜乃羽が携帯電話をポチポチと操作する。
そして背面の赤外線通信端子を、結衣へ向けて見せつけた。
「カズ君の友達価格として、100で良いよ」
「お金取るの!?」
「そりゃあだって、ボクは情報屋だからね」
「むむむむ……えーい!」
意を決した結衣が、携帯電話の天辺を向ける。
電子マネーで決済したシャラーンという音と同時に、菜乃羽は満足そうに頷いた。
「毎度あり! ボクとカズ君は別に学校のクラスメイトだったとかじゃないんだ。ある日、空き地で知り合って、一緒に情報屋を目指すようになった同志って感じかな」
「へぇ~! それで、どうして情報屋を目指そうと?」
「それはねぇ~………んっ!」
微笑みながら、再び携帯電話の背面を向ける菜乃羽。
どうやら、細かい情報をひとつずつを売りつけるつもりらしい。
「ううう……もってけ、私のお小遣い!」
再び決済の音がなり、口を開く菜乃羽。
安いお菓子ひとつが買える程度の金額に意を決する結衣の姿に、向かいの席に座るカズも呆れ顔だった。
「幼い頃から真似事はしてたけど、本格的に情報屋をするようになったきっかけは2年前の沈黙の春事件かな。あの事件、金星中を騒がせた割には表に出てる情報が何にもなくてね……」
沈黙の春事件。
それは、華世の運命が変わった事件だという。
平和な居住コロニー『スプリング』を、大量の殺人兵器が襲撃。
華世を残してコロニーの全住民がその凶刃に命を奪われたという、アフター・フューチャーでも有数の凄惨な虐殺事件。
その時に家族を失った華世が内宮に助けられたことがきっかけで、今の二人の関係が始まったとホノカは聞いている。
そして、その事件の首謀者へと華世が復讐を行おうとしていることも。
「どこかアーミィかマスコミか知らないけど、何者かによって情報が止められているに違いない! そう思って真実を明らかにするために、ボクら二人は情報屋を目指したんだよ」
「なるほど~! で、事件の真相は……えっと、いくらになる?」
もう金を取られるのは承知だとばかりに、予め携帯電話を向ける結衣。
けれども菜乃羽は携帯の背を向ける代わりに首を横に振った。
「タダでいいよ。だってボク、まだ何もわからないんだもん」
「オイラも姐さんに言われて調べてるッスけども、雲をつかむような話ッスね」
「そっかー……あれ?」
しょげる結衣の前へと三度、携帯電話の背面を向ける菜乃羽。
これ以上お金をむしり取られるのかと警戒ムーブの結衣に対し、菜乃羽は首を横に振った。
「ボクから200払うから、教えてほしいことがあるんだ」
「教えてほしいこと? ……はいっ」
決済音がなり、ようやく携帯電話を仕舞う菜乃羽。
これで、結衣が払った分がそのまま返った形になった。
そのことを意に介さないように、菜乃羽は結衣がやっていたようにテーブルから身を乗り出し、ゆっくりと口を開く。
「もしも、ボクが沈黙の春事件の犯人を知っていたら……君はどうするつもりだったんだい?」
「……華世ちゃんを、友達の復讐をやめさせるの」
「やめさせる?」
「アーミィの人たちに頼んで犯人の人をなんとかして捕まえてもらって、華世ちゃんが手を出せないようにする。そうすれば……華世ちゃんが人を殺さなくて良くなるから」
それまでやかましいくらい賑やかだったテーブルが、しんと静まり返る。
覚悟を決めた少女の言葉に、菜乃羽だけがウンウンとゆっくり頷いていた。
「君にとって、その友達はとても大事な存在なんだね」
「うん。私は華世ちゃんの親友だから」
「……でも、その選択が彼女の為になるかはわからないよ。彼女の心の支えを外すチャンスを、永遠に取り上げてしまうかもしれないんだから」
ホノカは、菜乃羽が言っている言葉の意味が何となく理解できた。
復讐は何も産まない……とは、よくフィクションの中で言われるセリフでは有る。
しかし当人にとっては過去のわだかまりを、人生の流れを乱した存在にケジメをつける行為にもなる。
胸の内に恩人を殺した相手への復讐心を燃やすホノカには、菜乃羽の言うことのほうが賛成できた。
「でも、それでも……華世ちゃんに人殺しになってほしくない! 華世ちゃんが人を殺してしまったら……なんだか華世ちゃんが遠くに行ってしまう気がするから」
「まあ、肝心の情報がない以上は机上の空論だね。さてと……」
コーヒーを飲み干し、立ち上がって店員を呼ぶ菜乃羽。
結局は情報料を払い戻した携帯電話で、手際よく精算を済ませていた。
「ナノ、もう行くっスか?」
「うん。カズ君のプライベートが少し見えたし、渡したい情報は君のカバンに滑り込ませたからね」
「いつの間に……」
「次会う時はそこの首輪をした落ち込みちゃんとも話せると良いな。それじゃあ学生諸君、また会おう!」
「あっ、待って! ……あれ?」
逃げるように店を出る菜乃羽を、追いかけるホノカ。
飲み物の代金のお礼を言おうと店を飛び出したのだが、出たばかりのはずの菜乃羽の姿は道のどこにも見当たらなかった。
「もう居なくなった。いったいどこに……?」
見落とすはずのない開けた周辺の地形。
まるで幻だったんじゃないかと思うくらいには、道路に出た菜乃羽は一瞬で消えていた。
「……!」
ホノカは菜乃羽さがしをすぐに止め、額に手を当てる。
脳裏に響く耳鳴りのような感覚。
しかもふたつ、片方はとびきり大きい。
「この気配は……ツクモロズ!!」
───Hパートへ続く