第16話「桃色メランコリック」【Fパート 不可解な現場】
【6】
「ビビッ……デッカー警部補、葉月さまがお見えですよ」
「来やがったか。ったく……ビットてめぇ余計なことを」
華世が電話で呼び出された先は、なんの変哲もない一軒家の前。
ウィルのバイクで到着した場所で待っていたのは嬉しそうにランプを明滅させるポンコツ捜査ロボ・ビットと不服そうなロバート・ヴィン・デッカー警部補だった。
「あたしが来て困るなら帰るわよ。ヒマってわけじゃないんだし」
「華世、せっかく来たんだから話くらいは聞こうよ……」
「そうだミュ! 困っている人を助けるのは正義の魔法少女の使命だミュ!」
胸ポケットから顔を出し甲高い声で叫ぶミュウの姿に、デッカーとビットが停止する。
二人にとっては、何の前触れもなく現れた喋る小動物。
華世はふたりが呆気にとられている内にミュウをウィルへと押し付け、呼び出しの理由を訪ねた。
「ん、ああ。この家の住人から空き巣との通報があったんだが、どうにも妙なんでな」
「妙? というと?」
「ビビッ……外から侵入した痕跡はないのに、内側から無理やり出た痕跡がありましたのです」
二人に案内され、現場であるらしい部屋を訪れる華世たち。
目を引くのは、開け放たれたクローゼットに、外側に破片が飛ぶように割れた窓ガラス。
空き巣が入った……と言う割には、クローゼットから落ちたらしいおもちゃ箱くらいしか、荒らされたと言えるものが見当たらなかった。
「確かに泥棒というには足りないわね。この家の住人はどんな人?」
「娘が結婚して出ていったっていう夫婦だな」
「華世……俺の目にはなんだか、おもちゃ箱の中から出てきた何かが外に向かったように見えるけど」
ウィルの言うことは的を得ている。
明らかにこの状況は、何者かが侵入したというよりは、もともと中にいた何かが出ていったものだ。
口ぶりからするとポリスコンビもそこには気が付いたであろうが、おおよそマトモな人間が行った形跡ではなかったことで、確認が取りたかったのだろう。
「ロブ、無くなった物は何?」
「それには私がお答えします。ビビッ……部屋から消えたのは、古い猫型のペットロボットですね。非自律型の」
「ミュっミュミュー! 魔力の痕跡が外に向かっているミュ!」
ウィルの腕から飛び出たミュウが、鼻をヒクヒクさせながら割れた窓ガラスをくぐり外に出た。
華世は「あの野郎!」と叫びつつ玄関から回り込み、道路で匂いをかぐ青いハムスターを引っ掴む。
「勝手に動くなって! ……って、それよりあんた、ツクモロズがどっちに行ったかわかるの?」
「普通は分からないミュ。でもこの痕跡だけはすごく濃ゆいからわかるんだミュ」
これは朗報だった。
華世としては別に事件を解決までする必要は無いのだが、乗りかかった船。
ツクモロズの動向も気になるため、痕跡とやらを追うのは賛成である。
しかし、夕方とはいえ人通りが多くなる時間帯。
喋る珍獣を野ざらしにして追跡をするわけにはいかなかった。
華世は遅れて追ってきたビットの、頭頂部にある蓋のようなものに手をかけた。
「ねえバットだったかベットだったか。ここにミュウを入れながら匂いを嗅がせられない?」
「ビビビッ!? 私はビットです! たしかにそこには、匂い嗅ぎ専用の小型警察犬を入れられますが……げっ歯類はちょっと……ビッ!?」
「じゃあ良いわよね。ミュウ、中のコードとか齧っちゃダメよ。そこからビットに方向を教えてあげて」
「ミュ! 節操のないハムスターとは違うミュよ! お役に立つミュ~!」
蓋の中に入り込み、ロボットの中から鳴き声をあげるミュウ。
その支持を受けてか、不服そうなフラフラ飛びをしながらも細い路地へとビットが進みだした。
「ロブ、ボット借りとくわよ!」
「ビットですってば! ビビビッ!」
「後で返しに行きますからねーー!」
後ろで唖然とする警部補に後ろ手を振りながら、華世とウィルはビットを追い始めた。
───Gパートへ続く