第16話「桃色メランコリック」【Eパート 疑惑を追う】
【5】
「……む? 葉月杏はどうした?」
「あたしは保護者兼代理人よ。アーミィ仕事に支障が出るからそれ、返してちょうだい」
放課後の職員室。
テルナの机の上で、一心不乱にビスケットを齧るミュウを、華世は指差した。
「本人がいないと忠告のしようがないんだが」
「説教と反省文ならこっちでやっておくわよ。あの子の精神状態、いま不安定だから」
華世は頬袋が膨らんだミュウを鷲掴みにし、そのまま制服のポケットに乱暴に詰め込んだ。
同時に、反省文記述用のプリントを手に取り、カバンの中のクリアファイルへと挟み込む。
「葉月華世、君は敬語を知らないのか? 先生にする言葉遣いじゃないぞ」
「お生憎様。心の底から敬愛できる人間にしか使わないポリシーなのよ。……得体の知れない人間相手なら、なおさらね」
事務椅子に座るテルナを、見下ろしながら睨む華世。
この女は、絶対に普通の先生ではない。
頻繁に行うホノカと杏に対する尾行。
先日の戦闘において、人間兵器レベルの赤髪少女ふたりを同時に相手取り退かせた戦闘能力。
なにより、その少女たちと髪と目の色が酷似しているというのが、疑惑を確信へと変えている。
「……用事が済んだのなら立ち去ることだな。私の生徒が廊下で待っている」
「弁解もしない……ということね。そっちがその気なら考えがあるわ」
宣戦布告に等しい挑発。
これでどう動きが変わるかで、彼女の狙いが見えてくる。
職員室から廊下に戻り、待たせていたウィルと合流してから、華世はミュウをポケットから出した。
「みゅ~! ひどい扱いミュな! せっかく甘々を貰ったところだったのに」
「危機感いだきなさいよ。あんた、仮にもツクモロズに狙われてた身でしょ?」
「でも華世もヒドイミュよ! ミュウをずっと閉じ込めて……」
ふてくされ、そっぽを向く青いハムスター。
今回の騒動は、外から隔絶された生活を余儀なくされフラストレーションが溜まっていたミュウに、杏の親切心が災いした形だろう。
けれども華世にとっては、ミュウもテルナ同様……いや、それ以上に得体のしれない存在であった。
力を授ける割には半端な知識量。
偶然とは思えない、咲良の妹へと協力した妖精族の名前とのシンクロ。
そしてツクモロズ側で生み出された魔法少女・杏と、力の源の妖精族を失ってもなお変身できるホノカの存在。
どこを切っても、存在につじつまが合わない。
だからこそ、華世はミュウを監禁同然の扱いをしているのだ。
とはいえ、こうやって小さいながらも騒ぎになるような行動をされる程度に限界なのも事実。
何か手を考えなければならない。
思い悩んでいると、華世の背中をウィルが指でちょんちょんと突いてきた。
「ん、なに?」
「携帯、震えてるよ」
「あ、本当だ。ありがと……もしもし?」
※ ※ ※
繁華街を一人で黙々と歩くカズ。
その背後を、ホノカと結衣は無理やり杏の手を引っ張りながら後を追っていた。
「……交差点を右に曲がりましたね」
「うん。でもホノカちゃんもやっぱり気になるんだね、カズ君の幼馴染」
「気になるというか、なんか少しムカッと来てるだけです。なんでかはわかりませんが」
「ふふっ。あ、見失っちゃうよ!」
そそくさと前進し、カズの後方10メートルくらいの距離を維持して尾行を続ける。
学校を出てからだいたい30分ほどが経過。
どこまで行くのかと思いながら、静かに背中を追い続ける。
右へ左へ路地を曲がり、開けた場所へと出る三人。
通りに面した一軒の店舗へと足を踏み入れるカズを、店内に入るギリギリで見つけることができた。
「あそこが待ち合わせの場所でしょうか?」
「うーん……なんの変哲もない喫茶店だね。窓越しに見てみよっか。杏ちゃんも行こっ」
「…………」
未だドンヨリと沈んでいる杏。
本当ならば家に帰すのが賢明なのだろうが、楽しそうなことに付き合わせたほうが良いと言う結衣の言葉に従い、ここまで連れてきてしまった。
彼女自身も拒否をしているわけではないので、無理やりという感じではないのだが。
それはそれとて、目的のカズ。
ホノカはそっと窓越しに彼の座った席を眺めるが、別段変わった様子はなし。
一人でテーブル席に座り、店員に何やら注文をしているだけだった。
「……今から来るんですかね、幼馴染とやら」
「そうだと思うよー。待ち合わせに喫茶店なんて、カズくん意外とやるもんだねー」
ヒソヒソと、店の側で覗き見ながらの会話。
傍から見れば不審者だが、幸いにも塀の影になって見えづらい場所。
通行人からは覗き込まなければ見えないだろう……と思ったところだった。
「こんなトコロで何してるのかなー? えっと……静結衣さんにホノカ・クレイアさん?」
「……!?」
突然、背後からフルネームで名前を呼ばれ、とっさに構えながら振り向くホノカ。
そこに立っていたのは、亜麻色の長いもみあげを揺らす、ボブカットの女の子。
一瞬服装から男の子かとも思ったが、ボーイッシュな服装の下から浮かぶ胸の膨らみが彼女の性別を表していた。
「どうして私達の名前を……!?」
「ははぁーん、なるほど。カズ君が目当てってことか~! 良いよ、一緒にボクらとお茶しよっ!」
手招きしながら店の扉に手をかけるボクっ娘少女。
状況がよくわからないまま店内へと入り、ホノカたちの姿を見て目を丸くするカズのテーブルへとみんなで座ることとなった。
───Fパートへ続く