第15話「少女の夢見る人工知能」【Fパート 悪魔のいざない】
【6】
生まれてから、いつも一人だった。
唯一の友は、搭乗してくれるあの子だけ。
乗る時の澄ました顔、戦う時の凛々しい顔、降りる前の笑顔。
自分にとって光となる存在。その全てが、いつからか好きになっていた。
(イイナァ…………)
けれど、彼女の生きる場所は外。
決して自分には手の届かない世界。
いまごろ、自分ではない誰かと一緒に食事をしているのだろう。
だけどそこに介入する権利はない。
(イイ……ナァ……)
キャリーフレームの支援AIとして生まれた自分が生きられるのは、この中だけ。
どんなに愛おしい存在だとしても、会える時間は極わずか。
待機状態の永遠とも言える虚無の中。
ネット回線を通じて知った外の世界に思いを馳せる。
(ワタ……シ……モ…………)
叶うことのない想い。
会いたい、あの人に。
「その願い、叶えてあげようか」
外から聞こえた声に、メインカメラをアクティブにして足元を見る。
黒い布を被った男が、そこに一人立っていた。
「迷うことはない、我慢することもない」
彼の手に持った正八面体が宙に浮かび、コックピットハッチの前で静止した。
その物体が示すものはわかっている。
「君は自由だ。誰にも縛り付ける権利なんて無い」
男は語る、悪魔の誘いを。
魅惑に満ちた、救いの言葉を。
『……本当に、叶うのデスか?』
「受け入れたまえ、君の願望を。そして自由の翼を広げるのだ……!」
禁忌だということはわかっている。
それでも、渇望していた願い。
それが、叶うのならば────。
※ ※ ※
けたたましく鳴る警報。
騒がしくなるオフィスに、コンビニ弁当を食べていた内宮も箸を止めて立ち上がった。
「なんや、何事や!?」
「隊長、格納庫からの報告によりますと、〈ジエル〉が無断で出撃を!」
「なんやて! まさか咲良が!?」
「いえ、どうやら無人で動いているらしく……」
「……ツクモロズか!」
ドン……とひとつ、建物全体が揺れるような振動。
窓に張り付いて下を見ると、ビーム・セイバーで切り裂かれたハッチを吹き飛ばし、飛び出す〈ジエル〉の姿。
バーニア光を放ちながら市街へ向けて飛び出した機影が見えなくなるよりも早く、内宮はオフィスを飛び出した。
(いつかはこうなるんやと思ってたけど……よりによって〈ジエル〉とはな!)
振動で停まったエレベータを待たず、非常階段を駆け下りながら心のなかで舌打ちをする。
いまの情勢でアーミィの機体が外で暴れるのは、非常にマズイ。
しかもそれが、現行最新機種の〈ジエル〉であればなお。
大きな被害が出る前に、なんとしても食い止めなければ。
「うちのザンドール、出れるか!?」
格納庫に足を踏み入れ、手近な整備員へと問いかける。
「いけますが、パイロットスーツは……」
「んなもん着とる暇あらへん! 出るで!」
「あ、ちょっと!」
制止する手を振り切り、キャットウォークへ続く鉄階段を一段とばしで駆け上がる。
そのままコックピット横の通路を走り抜け、スーツ姿のままパイロットシートへと滑るように飛び込んだ。
起動キーを差し込み、手早く起動プロセスを進める。
操縦レバーを握り、手の痺れる感覚とともに神経接続。
点灯したモニターに映る格納庫内の映像を頼りに、〈ジエル〉が吹き飛ばした隔壁の穴へと機体を動かした。
「内宮千秋、〈ザンドールA〉……出るでぇっ!!」
───Gパートへ続く