第15話「少女の夢見る人工知能」【Eパート フルーツ・パフェ】
【5】
控えめな照明がゆるやかに光をもたらす店内。
まったりとしたバラード調のBGMが流れる中、ホノカは目の前の巨塔に驚きおののいていた。
「こ、これが……あの伝説の、フルーツパフェ」
縦長い容器いっぱいに敷き詰められた果実。
とぐろを巻いて盛り立てられた艷やかなクリーム。
まぶされたシロップから香る甘い香りの圧力に、思わず圧倒されてしまう。
「伝説だなんて、大げさだよ~」
「本当に、これ食べて良いんですか?」
「いいよ~ハンカチ届けてくれたお礼だし!」
ゴクリと喉を鳴らし、恐る恐るスプーンをパフェへと差し込む。
すくい取ったクリームと果実の混ざった塊を、ホノカは一気に口へと運び入れた。
「あっ……美味しい」
舌の上を快楽が走る。
口の中に甘みが広がり、幸福が頭全体を包み込んでいく。
緩みそうになる表情をぐっとこらえているが、ほとばしる幸せのオーラが外から見えているかもしれない。
「すっごく顔、輝いてる~」
見えているようだ。
「お待たせしました、無臭コールタールのLサイズふたつです」
「あっ、はーい」
ウェイトレスが運んできた物体を見て、甘味で包まれていた幸福が吹っ飛ぶホノカ。
ジョッキいっぱいに注がれた漆黒の液体。
揺れ方を見るにかなりの粘性がありそうだ。
一方、ジョッキを受け取ったミイナとチナミは、美味しそうなものを見るような顔でニッコリと微笑む。
「こ、コールタール……?」
「ホノカさん、知らないんですか? 私達アンドロイドにとって、コールタールは嗜好品なんですよ」
「この食道ユニットにこびりつくような感覚が、たまらないんです」
そう言ってネバネバした黒い液体を、一気にグビッと口に流し入れる美女アンドロイドふたり。
プハーっと親父くさく飲み干した後の唇が、若干黒く染まっていたのが不気味だった。
「いいな~。ELもアンドロイドだったら、こうやって一緒に食事できるんだろうな~」
飲みっぷりを見終えた咲良が、目の前に三枚並んでいる大皿の一つである超大盛りのスパゲッティの上でフォークをクルクルしながらつぶやく。
その顔は、すこし寂しそうな表情だった。
「EL?」
「私のキャリーフレームの支援AI。地球圏のアーミィに居た頃からずっと一緒だったの~」
そう言って、咲良は相棒との思い出を語り始めた。
彼女とELの出会いは4年前。
それまで〈ザンドール〉に搭乗していた咲良に新型の〈ジエル〉が与えられたのは、ひとえに若い隊員だったからだという。
支援AIを搭載していることが特徴の第6世代キャリーフレーム、その先鋒として開発された〈ジエル〉。
咲良に与えられた機体に入っていたのが、支援AI・ELだった。
支援AIはパイロットが見落としている情報を伝えたり、照準補佐・防御システムの自動使用など大小様々な手助けを戦闘中にしてくれる。
また、戦闘シミュレーター訓練では対戦相手になってくれ、任務の後は提出資料の作成まで手伝ってくれる。
そのためパイロットとAIは同僚や戦友といった間柄になっていき、絆が育まれていくのだ。
「ELは数字に細かいのが玉に瑕だけど、私にとってはできた妹みたいな存在なんだ~」
「そうなんですね! それだったら良い方法ありますよ!」
「えっ、ミイナさん本当~?」
「後で教えてあげますよ! それより……」
ニンマリとしたミイナの顔が、ゆっくりとコチラへと向けられる。
明らかに何かを企んでいるその表情に、ホノカはスプーンを口に咥えたまま背もたれにのけぞった。
「ホノカさんのこと、私聞きたいです!」
「え……わ、私?」
「そういえばホノカちゃんのこと、全然しらないな~。たしか、シスターさんなんだよね?」
「ええ、まあ。女神聖教のですが」
「女神聖教? ヴィーナス教じゃなくて?」
「女神聖教とヴィーナス教は、同じ金星信仰から生まれた別の教派なんです。女神聖教は金星そのものを女神として崇めますが、ヴィーナス教は金星を作ったとされる女神ヴィーナスを偶像として信仰する部分が違います」
100年前、地球人類は金星へと最初のコロニーを浮かべ開拓を開始した。
金星はそれまで開拓されていた火星や木星と違い、太陽が近いため熱や電磁波が障害となり、その開拓は過酷の一途をたどっていた。
苦労の耐えない開拓作業に従事していた者達はいつしか、いつも側に浮かんでいる金星そのものを、自分たちを見守り試練を与える女神として信仰するようになった。
これが女神聖教の始まりだという。
「初期開拓に携わった人々とその子孫は、自らの栄誉と女神たる金星を誇りとし、金星人を名乗るようになりました」
「もしかして、ホノカさんが前にいたスラムの人たちって」
「はい。彼らは金星人とその末裔たちです」
「それで、女神聖教のシスターさんのホノカちゃんを助けたんだ~」
「厳しい金星圏で生きるために、相互扶助が教義で定められていますから」
「でも、ホノカさんは家でお祈りとかしてませんよね? ほら、決まった時間に地球の方を向いてお辞儀する人とか、手で十字を切る人とかいるじゃないですか」
「私は敬虔な信徒というわけではなく、あくまでも育ててくれた修道院に報いるために聖職の一端を担ってるだけの生臭坊主ですから。本来であればコロニーから見て金星と太陽が重なるときに、両手を合わせてお祈りしなければならないんです。……面倒だから私はやっていませんが」
「意外~。ホノカちゃんって、もっと品行方正というか、マジメちゃんだと思ってた~」
「買いかぶりすぎです。……ごちそうさま」
空っぽになったパフェの容器を前に、両手を合わせてお辞儀をする。
甘味だけで腹を満たした初めての経験に、ホノカは幸せな気分を噛み締めていた。
……もしも、修道院の皆が飢えなくなったら、彼ら彼女らはこのような食べ物にありつけるのだろう。
より一層、稼がなければならないなとホノカは覚悟を新たにした。
───Fパートへ続く