第15話「少女の夢見る人工知能」【Bパート 機体磨き】
【2】
静寂の中に冷房の風が流れる中、タッチペンがタブレット端末を叩く音が幾重にも刻まれる。
壁掛け時計の秒針がきっちり12を指した瞬間、響く「止め」の声。
画面の中のテスト問題が消え、「お疲れ様でした」と言った先生が教室を立ち去った。
「あ゛ーーーっ……なんであたしが追試受けなきゃなんないのよーー」
「しょうがないだろう。よりによって期末試験の朝にツクモロズが出ちゃったんだし」
「あのねぇウィル、あたしはこのコロニー守るために戦ってるのよ。別に成績悪いわけじゃないのに、テストを免除してくれないのがおかしいのよ」
華世は苛立ち半分に窓を開け、外の空気を教室へと招き入れる。
風で舞ったカーテンがはためく音が、締め切られた部屋へと響き渡った。
「それを言うなら、わたくしも被害者ですわ!」
教室の角から足音をドンドンと派手に鳴らしながら主張するリン・クーロン。
彼女はツクモロズ発生時、攻撃の余波で怪我をした老人を介抱し病院まで付き添っていたため、華世同様テストを受けそびれていた。
「まったく……ツクモロズも出るなら出るで、都合のいい時刻にお届けしてくださらないかしら!」
「そんな、ネット通販じゃないんだから……」
夏休みも目前に迫った、振替休日の午前。
3人だけの教室で、次のテストまでの時間をぼんやり待つ華世だった。
※ ※ ※
表面が黒ずんだスポンジをバケツに入れ、泡の装飾で包み込む。
咲良は滴る水を絞りとり、目の前の白い装甲へとこすりつけた。
「楓真く~ん、疲れたよ~~」
「文句いわない言わない。支部長が考案した立派な仕事なんだから、これも」
アーミィ支部の地下キャリーフレーム格納庫に響く、スポンジと装甲がこすれる音のハーモニー。
普段は整備員任せの機体清掃を、パイロット自らが行う。
支部長ウルク・ラーゼが発案したこの地獄のような作業が始まって、はや1時間が経過していた。
「ふぅ……ふぅ……今度は右肩~……」
腰の命綱に繋がった、上方から吊り下るクレーンを手元のボタンで操作。
キャットウォークを介して〈ジエル〉の反対側へと回る咲良。
一旦、肩装甲に座り込み一息……ついたところで、向かい側の奥まった場所にある機体に目が行った。
「楓真くん、なんだろ? あの機体……」
「どれどれ?」
咲良が指差した方へと、身を乗り出す楓真。
グレーをベースとした機体色。
頭部のデザインから、メーカーは〈ザンドール〉でお馴染みのJIO社にも見える。
けれどもチグハグな形をした各部の装甲によって歪んだシルエット。
ゴテゴテとつなぎ合わされたような各武装は、明らかに既製品ではないことを物語る。
ふと、咲良はその機体の腕部に、特徴的な仮面をつけた人影を見つけた。
耳につけたインカムを支部長のチャンネルに合わせ、マイクを口元に近づける。
「支部長ぉ~! その機体、何なんですかぁ~~?」
「ぐわぅっ!? ええいっ、通信越しに大声を出すものではないっ!! 貴様は戦闘中の熱血パイロットかっ!!!」
大声に大声を返したその怒号が、通信機を超えて格納庫中にキーンとハウリングを響かせた。
一斉に隊員たちが外したインカムの奥から、コホンと咳払いがひとつ。
「失礼、この機体は私の私物でね。ガワは古いが、度重なる改修を経て最新機にも引けをとらん性能だと自負しているがね」
「へ、へぇ~。何ていう機体なんですか?」
「〈ウルク・ラーゼ専用・先行量産試作型ガルルグMk-Ⅱ・δタイプ3号機・遠隔操作兵器試験装備ハイマニューバーカスタム・リペアード改・改改・高出力拡散ビーム・ブラスター装備〉だよ」
「ガルル……? 今、何と?」
「耳が悪いのか、君は? 〈ウルク・ラーゼ専用・先行量産試作型ガルルグMk-Ⅱ・δタイプ3号機・遠隔操作兵器試験装備ハイマニューバーカスタム・リペアード改・改改・高出力拡散ビーム・ブラスター装備〉だよ」
「なんて?」
咲良の頭の中で、耳の中を通り抜けていった単語の塊がグルグルした。
ありとあらゆるキャリーフレームの名称に関する修飾子を、ひとつにくっつけた様な名前。
使用者・由来・改修内容のデタラメな羅列、あるいは酷いメドレー。
思わず呆気にとられ、スポンジを握る手が止まっていたところで、ピカピカと〈ジエル〉のカメラアイが点灯した。
『改・改改という部分から、あの機体は運用中期に激しい戦いを経験されたと思われます』
「あっ、EL、今の聞いてたんだ~?」
『はい。あなたの手が止まっていましたので。感覚器官が備わっているわけではないのですが、磨かれているとなんだか────』
「あっ、ごめん。電話きてる……もしもし~?」
ELの言葉を止めることに申し訳なさを感じつつも、緊急の用だと大変なので携帯電話を耳に当てる。
電話越しに聞こえてきたのは、アーミィ支部の受付アンドロイド・チナミの音声。
彼女の発した言葉に、咲良は思わず声をこぼした。
「ミイナさん、もう来ちゃった? えっ、ホノカちゃんも一緒? ごめ~ん! チナミさん今手が話せないから、あと1時間ほど待ってもらって~!」
通話を切り、再びスポンジを手に握る咲良。
早く機体磨きを終わらせないと、と少し雑に装甲をゴシゴシこすっていく。
「咲良、朝言ってた忘れ物のやつかい?」
「そうなの~。届けるの、お昼休みか仕事終わりの時で良いって言ったんだけどね~」
「ハハッ、女の子を二人も待たせたら、ランチの一つでも奢らないと礼儀を欠くぞ」
「だよね~……そうだ。近所にアンドロイド用のメニューもある喫茶店見つけたから、そこに誘おっ!」
『それは……良い案ですねネ……。…………シモ……』
少し、言葉に詰まったように間が空き、ノイズを混じらせたELの音声。
少し妙だなと咲良は感じたが、パイロット自らに磨かれるという珍しい出来事に、処理落ちを起こしてるのだろうと思った。
『…………ワ……モ……。……………タシモ……』
───Cパートへ続く