第14話「鉄腕探偵華世」【Bパート インタビュー】
【2】
翌日。
待ち合わせの場所として指定されたカフェへと、ひとりたどり着いた華世。
緩やかに車が走る大通りに面したオープンテラスでは、朝からタブレット端末を見ながらコーヒーを飲むビジネスマン。
他にも談笑する老夫婦や子連れの女性などの平和な話し声で、静かに賑わっていた。
結衣と待っているはずの記者の姿を探して、辺りを見回しながら席の間を通り抜ける華世。
「えーっと……結衣はどこかしら」
「あ、華世ちゃんこっちこっち!」
華世から見て奥の方の席で、小刻みにはねながら大きく手をふる結衣の姿が目に映る。
隣に明るいベージュのスーツを着込んだ女性が座る彼女のもとへと、華世は小走りで近づき軽く頭を下げた。
「おまたせ、結衣。その人が?」
「はい。きょう取材をさせていただきます、書芸出版の浜野香織と申します。よろしくおねがいしますね、葉月華世さん」
浜野と名乗った女性が立ち上がり、華世へと頭を下げる。
華世は「こちらこそ」と返してから、浜野の勧めを受けて席に腰掛けた。
「お飲み物、何にしますか? なんでも頼んでいいですよ」
「そうねぇ……」
カフェのメニューを眺めながら、何を頼むかを考える。
この流れだと浜野の奢り……すなわち出版社の経費になるだろう。
特段、高いモノを頼んでも仕方がないので、無難な飲み物を選択することにした。
「リンゴジュースでいいわ」
「はい。すみませーん! リンゴジュースひとつー!」
片手を上げて元気よく店員へと注文する浜野。
彼女はそのまま、カバンから手帳を取り出し取材の準備を始めた。
その間に華世は、隣に座る結衣へとホノカが借りていたマンガ本を返却しつつ、小声で気になっていたことを尋ねる。
「ねえ、結衣。あなたと浜野さんって、どういう関係なの? 歳も離れてるし、親戚ってわけじゃなさそうだけど」
「うーんとね、小学生のときによく面倒を見てくれたお姉さんなの。ほら、私の家って技師やってるから、親が忙しい時は代わりに遊んでくれたんだ」
嬉しそうに体ごと左右にポニーテールを揺らしながら、ニコニコと話す結衣。
その顔と話し方だけで、彼女と浜野が良い絆で結ばれていることは察することができる。
話し声が聞こえていたのか、浜野も微笑みながら華世へと口を開いた。
「私の父は大工さんなんだけど、昔に事故で片腕を失って、義手に換えたんです。だから父がお世話になってる、結衣ちゃんのお家にはよくお邪魔してたんです」
「結衣もご両親も技師としての腕はピカイチだものね。……っと、取材を受けるのはあたしだったわ」
「あら、いけない。うふふふ! えー……おほん!」
咳払いをしてから、浜野はキリッとした顔つきになり、いかにも仕事モードに切り替えたという雰囲気を出した。
そんな中で開始した華世への取材。
若くして人間兵器をしていること、学生とアーミィの二足のわらじの苦労、戦いへの気持ち……など。
浜野は次々とテンポよく質問をし、華世もそれに詰まることなく答えていく。
何度目かの手帳を捲る音がしたときには、テーブルの上の飲み物は水も含めてすべて空っぽ。
気がつけば時間も、取材開始から2時間ほど経過していた。
「……うーん」
「浜野さん、どうしたの?」
「あとひとつかふたつくらい質問しようと思ってたのですけど、考えてた質問をど忘れしちゃいまして……」
そう言いながら、自虐的にアハハと笑う浜野。
そのまま彼女は目を閉じ、鼻の頭を指でつまみながらうーんと考え込む。
そのとき、取材の間じっと黙っていた結衣が華世の服を指差した。
「ね、ね! 華世ちゃん今日の洋服すっごく可愛いね!」
「服? ああ、これ?」
立ち上がり、その場で一回転して洋服を見せる華世。
今日の服装は上半身を半袖の黒いニットに、下半身は透け素材の白いフレアスカート。
自分の目では良いかどうかわからないが、結衣が褒めるのだから悪くはないのだろう。
「そうだ! 戦う学生人間兵器でも、中身は女の子。普段のオシャレとか、どうしてますか?」
「普段のオシャレ……ねぇ。あたし、結構そういうの無頓着だからミイナ……えっと、住み込みの家政婦さんに選んでもらってるのよ。この服だって、取材受けるからって張り切って組み合わせてたわ」
「意外な事実、家政婦さんに洋服は一任……と。うんうん、さきほど聞いた料理の件と合わせれば、いい感じの記事になりそうですよ!」
「本当に?」
「はい! こういった共感性の高い情報で、読者はあなたを天上の人ではなく同じ人間だって親近感を抱くんですよ。いわゆる、ギャップ萌えってやつです」
「ギャップねぇ……」
今回の取材の中心は、華世という学生でありながら人間兵器として戦う、非日常が当たり前な一個人の掘り下げだった。
その中に日常的な得手不得手の話が出れば、浜野の言うギャップ萌えというのが与えられるのだろう。
そこをどうまとめるかは彼女の腕次第なので、華世は口を出さないことにした。
「はい、取材は以上となります。ご協力、ありがとうございました」
「こちらこそ楽しかったわ、浜野さん。それから結衣もご苦労さま」
「うん! 浜野さん、いい記事が書けると良いね!」
「結衣ちゃん、任せてちょうだい! それじゃあ、急いで会社でまとめるから今日はこれで!」
店員を呼び止め、電子マネーで精算を済ませる浜野。
彼女はそのまま、カフェの駐車場に停めていた車に乗り込み速やかに発進。
あっというまに、乗用車の姿は建物の影へと消えていった。
「華世ちゃん、浜野さんのためにありがとう! ……華世ちゃん?」
「結衣。浜野さんって、社内で記者としての功績が少ないから苦労しているのよね?」
「私はそう聞いていたけど……」
「あの人、新人とは思えないくらい取材が上手かった。最後の質問の前も、あれは小休止を挟んでリラックスさせつつ話題を切り替えるテクニックよ。とても出版社でお荷物になるほど、記者としての技量が低いとは思えないんだけど……それに」
「それに?」
華世がもう一つ気になったのは、浜野の顔。
結衣は気づいていなかったようだが、目の下に浮かぶクマに、薄っすらと充血していた眼球。
ときおり目頭を押さえていたことから、疲れ目の症状もあるだろう。
「なんというか、その。浜野さん、すごく疲れているように見えたわ」
「ええっ、そうかな? 私の目には、全然そんな感じに見えなかったけど……」
「明るく振る舞ってたから、誤魔化されてたのよ。大丈夫だといいけど……」
単なる仕事での疲労であればいいのだが、会社の中で困っているという話もある。
浜野の車が通り過ぎて行った先を、華世はじっと眺め……ふと視線を下ろしたところで気がついた。
「あら? これって……」
───Cパートへ続く