第2話「誕生、鉄腕魔法少女」【Bパート 呼び声】
【2】
卓上のふりかけや佃煮を各々ご飯にのせ、黙々と口に運んでいく。
そんなさなか、華世の正面に座っている内宮が箸を止めた。
「……なあ、華世」
「何?」
「昨日、あんさんどこぞの高校男子をボコったらしいやないか」
眉間にシワを寄せたしかめっ面。
これは間違いなく、叱責の前フリである。
「あれはね……あいつらが女の子を路地裏に無理やり連れ込もうとしたから、ちょっと強めにぶん殴っただけよ」
無駄だとはわかりつつも、華世は弁解の言葉を述べる。
華世は悪行を見過ごせない性格である。
目の前の問題ごとに首を突っ込み、面倒な状況になろうとも、我が身を省みずに悪を叩く。
決して正義感によるものではなく、弱者を虐げるという行為そのものへの嫌悪感からくる成敗。
けれども、その私刑にあたる行為が問題だということは、わかっていてもついやってしまうのだ。
華世の弁明を聞いた内宮は、腕組みして困った表情をする。
「まあ確かにその行為で女の子は救われたから良しや。けどな、あんさんが問題行動を起こす度に保護者として学校に呼び出されるうちの身にもなってほしいんやわ」
「それは、その……ごめんなさい」
うつむき、素直に謝る華世。
傍若無人とまでは行かないが、唯我独尊を地で行くような生き方をしている華世でも、内宮には頭が上がらない。
華世と内宮は決して、血が繋がっているとか親戚だというわけではない。
華世がすべてを失った『沈黙の春事件』の際に、瀕死の彼女を発見し救出したのが内宮だった。
その縁からか、内宮は華世の保護者として名乗りを上げ、いまこうしてタワーマンションのワンフロアを専有する5LDKの家で暮らしている。
こうやって華世が日常を謳歌できるのも、内宮あってのもの。
そういった内宮への感謝と敬意が入り混じった感情の先に、華世の申し訳ない気持ちがあった。
「……わかればエエねん。飯マズぅして悪かったな」
「別に。今度からもっとマイルドなシバき方を考えるから」
「そういうのがアカン言うてるねんで? ごっそさん」
席を立ち、自室へと戻る内宮。
その背中を見送ってから華世は部屋に戻り、エプロンを脱ぎ捨てて制服の上着を羽織る。
そして予め必要なものを入れておいた学校カバンを手に取り、玄関へと足を運んだ。
「それじゃ、行ってくるから」
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「いってらー」
共に暮らすふたりの見送り言葉を背に受けて、華世は外の世界へと飛び出した。
マンションのエレベーターを降り、入り口でにこやかな顔で手をふる待ち人と合流し、挨拶を交わす。
「華世ちゃん、おっはよー!」
「結衣、おはよう」
「むー、親友の私が出迎えたんだからもうちょっと喜んでよー!」
茶髪のポニーテールを揺らしながら、華世の周りで跳ねる静結衣。
華世ははしゃぐ彼女を放置して、冷静に通学路を進んでいく。
相手にされてないのに気がついたのか、結衣が膨れ面をしながら華世の一歩前に立つ。
「華世ちゃん、どーしたのよー?」
「この間のことで秋姉に怒られてね、ちょっとナーバスなのよ」
「でも、あれは華世ちゃん悪くないよ! 女の子助かったんだし!」
「……ありがとね、結衣」
友人からのフォローの言葉を受けて、少し元気が湧く華世。
華世の表情に元気が戻ったのが嬉しかったのか、得意げに結衣が胸を張る。
「親友の笑顔を守るのは、親友の努めだから!」
「あー、はいはい」
「むー! どうして急に顔がしらけちゃうのかなー!」
「いや、ね。ふと……あたしのことなんかよりも、あんたは今日の小テストのことを考えておくべきじゃないかな、と思って」
「うっ、痛いところをつくなぁ……。確かに前のテストはズタボロだったけど」
「あの先生ねちっこいから次、悲惨な点取ると面倒くさいわよ」
「ううー、華世ちゃんはテストの点いいから余裕でいいなぁ……」
涙目になる結衣の頭を、ポンポンと手で撫でる。
自分で泣かせかけた友人を慰めながら、華世は目を鋭く尖らせていた。
(今の音、そこの路地からよね……?)
結衣は気づいていないようだったが、華世には確かに聞こえていた。
微かではあるけれど、人が殴られ倒れる音。
人よりも鋭敏な華世の感覚は、どんなに僅かな違和感でも感じ取ることができてしまう。
華世たちの住む場所は、比較的治安のいい場所ではある。
子供だけで安心して登下校ができる程度の治安。
しかし、だからといってその場所で揉め事が起こらないわけではない。
華世という少女を突き動かすのは、好奇心といった無責任な衝動でも、正義感のようなヒーローチックな気持ちでもない。
ただひとつ、暴力を振るうような不届き者がいるならば、その顔を覚えて置かなければという使命感だった。
「結衣、カバン頼むわ。野暮用が……できた」
「え……? うん……」
一段、二段低くなった華世の声に、頷いてカバンを受け取り、ひとりで通学路を走ってゆく結衣。
これくらい物分りが良くなくては、自称でも華世の親友は務まらないだろう。
なぜならば、このようなことはこれが初めてではないからだ。
以前には、同様の方法で街に侵入していた凶悪犯を捕えることに貢献した。
世の中にのさばる悪を、それが不貞行為をしているとわかっていて見逃すような行為は、華世のポリシーに反している。
建物の陰で結衣の姿が見えなくなってから、華世はひとつ深呼吸をした後に、暗い裏路地へと足を踏み入れた。
───Cパートへ続く




