第1話「女神の居る街」【Aパート 喪失した少女】
【プロローグ】
阿鼻叫喚の渦中の中に、少女は居た。
外から聞こえる無数の悲鳴。
家屋が燃え、倒壊する音。
無慈悲な駆動音が一つ鳴るごとに、悲鳴と命が消えていく。
自分を隠した押し入れを守るように、両親が鈍器を持って構えていたのが、最後に見た二人の姿だった。
ガラスの破裂音と同時に響き渡る悲鳴、駆動音、叫び、肉の裂ける音。
少女ができることは、人間が骸へと変わっていく音に耳をふさぎ、金色の髪に包まれた頭を抱え、狭い空間で震えるだけだった。
刹那、押し入れの扉を突き破って回転する刃が、それを纏う円盤ごと視界に入る。
鮮血が目を覆い、感じたことのない激しい痛みが意識を遠くへと一瞬で吹き飛ばす。
────気がつけば、病室の中。
窓の外には、昨日の朝まではのどかな町並みだった、廃墟と化した故郷の姿。
そして虚無の感覚に目をやると、視界に入るのは血に染まって黒ずんだ金色の髪と、右肩に巻かれた赤く染みた包帯。
その先に付いているはずの腕は、まるで初めから無かったかのように、消えてしまっていた。
温かい家族も、親しかった友達も、優しかった隣人も、全てが一晩で右腕とともに消えてなくなったのだ。
その時から、少女の心は2つの目標を目指していた。
ひとつは、この惨劇を引き起こした何者かへの復讐。
もうひとつは、失われたものを取り戻すための方法。
力と希望を手に入れた少女は、その2つの目的を果たすために戦いに身を投じるようになった。
魔法少女として────。
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鉄腕魔法少女マジ・カヨ
第1話「女神の居る街」
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【1】
上空から降り注ぐ暑い光線が、白亜の町並みと灰色の道路を照らす午前。
喧騒から離れたのどかな街に似合わない、けたたましいエンジン音が広場に響き渡る。
「ヒャッハー! 頂きだぜぇ!!」
バイクの後部座席に乗ったガラの悪い男が、大切なカバンを握りしめ離れていく。
後を追おうと必死に足を動かすが、車両に対して人の足では、とてもではないが追い付けない。
「ま、待って……! お願い、返してぇ!」
息を切らせながら放たれた少女の叫びが、町中に吸い込まれ、虚しく消えてゆく。
あの中には、思い出の品が入っているのに。
女の子は無力さに心折れ、その場に膝をついて涙を浮かべた。
その時だった。
「ぐえっ……!?」
男のうめき声とともに鳴る、メキリという鈍い音。
逃げていったバイクの方へと目を向けると、ハンドルを握っていた男の顔面に、曲げられた細い膝が刺さっていた。
あまりに突然のことに、まるで目の前の光景がスローモーション映像のようにゆっくりと目に入る。
男に飛び膝蹴りを突き刺していたのは、11歳の自分よりも年上っぽい女の子。
空の光を受けて輝き舞う、彼女の流れるような金髪が、空中でこの世ならざる美しさを放っていた。
男の顔を蹴りつけた金髪少女の左脚が離れ、素早く右脚とともに男の首を挟み込む。
そして彼女の身体が宙で回転するのに合わせて、男の身体を持ち上げた。
そのまま流れるように男の顔面を道路に叩きつけ、鈍い音がまたひとつ。
プロレス技でいうと、フランケンシュタイナーとでも言えば良いのだろうか。
ぐったりとした男から離れた金髪少女は、すぐさま操縦者を失ったバイクの方へと駆け出した。
運転手を失い建物の壁に衝突し、転倒するバイク。
後部座席から投げ出されるひったくり犯。
地面に叩きつけられ痛がる犯人の背後から、金髪少女が男の腰からピストルのようなものを抜き取り、そして構える。
「ホールド・アップよ」
ひったくり犯の後頭部に、少女が構える黒い銃身が突きつけられた。
男はそれでも、胸に収めていた短刀へと手を伸ばそうとするが、一発の銃声がその手を止める。
目つきが鋭くなる金髪少女。
煙を吹く銃口。
弾痕の空いた地面。
ヒッ……という声を上げて、震え上がるひったくり犯。
「別にあたしは、あんたのその空っぽの脳みそを鉛玉でぶち撒けるのも面白いと思ってるのよね。でも……」
チラリと、金髪少女のきれいな青い瞳がこちらを見つめる。
「あんたがその手に持つ、カバンの持ち主が見ているの。スプラッタシーンを子供に見せる趣味は、あたしには無いけれど。……それとも、あんたはあの子に飛び散った間抜けな脳髄を見せつけたい変態なの?」
ふるふると、泣きそうな顔で必死に首を横に振るひったくり犯。
金髪少女は「よろしい」とつぶやくと、拳銃の角で男の頭頂から鈍い音を鳴らした。
その場に崩れ落ちるひったくり犯の腰に、少女が拳銃を戻す。
そして男の手からカバンを取り返した金髪少女が、こちらへとゆっくり歩み寄る。
彼女は目の前でかがみ込み、年齢に見合わないような、恐ろしくも優しく、美しく大人っぽい笑みを浮かべた。
「はい、取り返したわよ。大切なものが入ってるなら、しっかり握ってなきゃダメよ?」
「え、えっと……ありがとう! あなたは……この街の人じゃないよね? せめて、名前だけでも……」
「あたしは、華世」
金髪少女が、微笑みながら名乗った。
「葉月華世よ。よろしくね」
───Bパートへ続く