1話・実質恋人な幼馴染
百合の日作品です!実はこのネタは恋人の日の段階で考えてたものです!
「私達って、もう恋人でいいと思うんですね」
……いきなりどうしたんだろう、この幼馴染。
私の部屋で腕を組んでそんなことをのたまうれんちゃんを見て、率直にそう思った。
「ふむ……恋人、とな?」
「恋人ですよ、はい」
ノリで使ってるであろう違和感の強い敬語に内心で(ユーチューバーか!)とツッコミを入れつつ、私もまた「はっはっは。冗談はよしたまえれんちゃん」と、漫画的なノリで話を進める。
「そこまで言ってもらえるほど愛されるとは、幼馴染冥利に尽きますな」
「からかうな!……では逆に、逆にトモは私のことを好きではないと?」
一瞬素が出たな。わざとらしく唇を尖らせて怒りを表してるのが、ちっこい身なりによく似合う。
そんなことを考えて頬を緩ませる余裕があるほど、質問への答えは反射的に決まった。
「好きに決まってるよー。でも、あくまで幼馴染としてだよ?」
言ってから漫画的なノリを忘れていることに気付くけど、れんちゃんはそんなこと気にも留めずそのままの口調で返す。
「幼馴染として?では、私とは違う意味で好きな人がいると?あるいは、何処の馬の骨とも知れない野郎を、今後好きになる可能性があると!?」
「どうどう、どうどう……今日のれんちゃんは押しが強いね。いつもの冗談だと思ってたけど」
「はぁ……あんなことがあればそりゃあ、本気で恋人になりたくもなるよ」
「あんなこと?」
どうやら、れんちゃんが私と恋人になりたくなるような出来事があったらしい。当の私には全く心当たりがない。
「あのさ。今日の放課後の委員会で友達と雑談してたときのことなんだけど」
「うん」
「昨晩お風呂に入ってるときハエが飛んできてトモと二人で大慌てしたー!って話をしたんだよ」
「おっと」
あ、これやばいバレたわこれどうしよう──
「もう察したと思うけどさ。トモ、私に嘘ついたね?『一緒に風呂入るくらい幼馴染なら普通』って」
「…………………………」
「ねぇ。嘘ついたよね?私本当に恥ずかしかったんだよ?『百瀬さん、合川さんに騙されてるんじゃ……』って言われた時の、あの眼……馬鹿を視る眼だったよ、あれは」
「……………………………………」
「それで心配した友達に『他に合川さんに幼馴染なら普通と言われてるスキンシップはある?』なんて聞かれたもんだから、一通り話したんだけど」
「おいまて友達」
「毎日一緒のベッドで寝る、私に抱き着いたまま丸一日過ごすことがある、そのまま私のうなじ周辺を嗅ぐ、口以外の場所にめっちゃキスする……全部幼馴染にすることじゃないんだってさ」
「友達如きに幼馴染の何がわかるというのかね!!!」
「黙れ」
「はい」
例のノリにすれば多少はダメージを軽減できると思って拳を突き上げるも、背筋が凍りそうなほど冷たい声で怒られてしまった。ごめんなさい。
ジトーっとした眼で見上げてくるれんちゃん。これはこれで、ちっこい飼い犬に睨まれるようなときめきを感じる。
……なーんて考えてる場合じゃない。そうだよ、私はれんちゃんにやりたいことを片っ端から「幼馴染なら普通」と言って好き放題やってきた。だって、それ言うだけで本当に何でもさせてくれるんだよ?言うしかないよねー。
「…………で、トモ?」
「はい」
れんちゃんは睨むような眼をやめ、無表情で仕切り直す。
「私は今までそうやってされてきたこと……ぶっちゃけ全部されたいし、したいとも思ってるわけ」
「え?」
「だから私と恋人になろうって言ってんの。私を騙してまで恋人のスキンシップをしてくるなんて、トモ絶対私のこと恋愛的に好きでしょ?」
「えぇ、うーん…………」
悪い話じゃない……けど。
恋人となるとどうしても接し方が変わってくるんだよねー。緊張したり、ドキドキしたり……れんちゃんに求めるものはそういうのじゃない。
こうして気楽に話せて、その上でベタベタしたりキスしたりもできる……そう、今までの関係性が理想そのものだった。だというのに委員会の友達め、まるで私が悪いかのような言い分でれんちゃんを騙してあの関係性を破壊するだなんて……許せない!
「──あぁぁぁもう!私とあーゆーことしたいんでしょ!?恋人になれば触り放題、キスし放題──あと『食べ』放題だよ!!!」
「『食べ』っ!?」
力強く床を踏みながらこちらに迫ってくるれんちゃんに、思わず後ずさりをする。意味をわかっているのか疑うほど大声で不埒なことを口走るもんだから、一瞬だけどきりとした。
……行為や口へのキスを騙してやるのは卑劣過ぎると思って今まで抑えてきたけど、そっかー。恋人になればそれもできるんだー。
「まぁ聞いてよれんちゃん。恋人になりたくないのも理由があるの」
「理由?」
私が話しやすいようにか、小さく一歩分下がってくれたれんちゃん。
「言いにくいけど……恋人って、こう、ドキドキしたり、緊張したり?そんな関係なわけで」
「それ同じこと二回言ってるよ」
「……とーにーかーくー。れんちゃんと今までみたいに気楽に話せなくなるの嫌なんだよ」
腕を伸ばすとちょうどいい位置にあったれんちゃんの両ほっぺを、両手で包んでみる。もちもちでとてもよい。
「そんなもんなのかな。私は別に恋人名乗っても今まで通りにしてればいいと思うんだけど」
れんちゃんは、私の両手を払いのけないで話を続けてくれた。
「それは無理でしょー。今まで散々『幼馴染なら普通』って理由でイチャイチャしてたのに、急に恋人になったら……」
「なったら?」
「……ドキドキする」
「トモ、恋人についてドキドキ以外の認識ってないの?」
恋人になる話をしているだけの今でさえ結構ドキドキしてるんだから、察してほしい……
「もーじれったい!とにかく試してみようよ恋人。明日土曜日だし、幼馴染じゃなくて恋人としてデートでもしよ!」
れんちゃんの両ほっぺに添えた私の手に、れんちゃんの手まで重ねられてしまった。手のひらも手の甲もぬくい。
「……わかった。やりたかったマウストゥーマウスだけやって幼馴染に戻る方針で行こうかなー」
「そーゆーのは声に出すな!!!」
試し──その言葉が揺らいでいた思考にケリをつけた。
恋人になって今まで通り話せなくなっても、一日だけで済むなら大して問題じゃない。それより、一日とはいえ恋人という大義名分があれば……今までできなかったことができる。
このメリットはデメリットを簡単に上回った。
「とにかく、明日九時に公園の……噴水広場で待ち合わせ!デートコースとかは私が考えるから今日はもう解散ね!」
「え……解散するの?風呂は?一緒に寝ないの?」
「よくもまぁいけしゃあしゃあとそんなことが言えるね」
読んでいただきありがとうございました。もう数話続きますのでお待ちください!