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神様の読書係

作者: 夜凪

こんな仕事なら私もしたいです。


読んで。読んで。ひたすら読んで。


1冊読んだら、次の本。を、読んでて途中で気になった文面があったら、それを解説をした別の本に手をだして。

次々と読んでは積み上げ、たちまち本のタワーができていく。

そしてふと気がつけば、ゴロゴロしてた人をダメにするクッションの周りを囲むように、ぐるりと本の砦ができあがっていた。

多分、いま地震が起きたら潰される自信がある。 

だけど、それでも悔いはない。


けど、喉が渇いた気がする。

パタン、と手に持った本を閉じると同時に、周囲の本の砦が消えた。


もそもそ這うようにして隅にある冷蔵庫を開ける。

一人暮らしに最適の2ドアコンパクトサイズ。

中には、飲みたいな〜と思ってたさっぱり柑橘系の酎ハイが一本。


プシュッといい音をさせつつ、冷蔵庫を背もたれに唯一手に握ってて消えなかった本を再び開く。

うん。美味しい。

そして、この主人公の食べてる串焼きも美味しそう。


そう思った瞬間。


すぐ横に、皿に乗った串焼きが出現した。

けど、残念。食べたくない、てか、匂いが(本読むのの)邪魔だからいらないや。


刺激された嗅覚のせいで文字の世界から意識が完全に引き戻され眉をしかめれば、再び串焼きの皿は消えてしまった。

空間に漂っていた匂いさえも綺麗さっぱりと。


それにパチリと瞬きをして、私は大きく伸びをした。

長時間同じような姿勢を取り続けていた関節がパキパキといい音を鳴らす。


(しっかし、本当に謎な空間だよね)


くるりと辺りを見渡せば、一見、一人暮らしをはじめた頃から住み慣れた部屋である。

ただ、決定的に違うのは、私の欲しいものが、思い浮かべるとともに勝手に出てくる事。


食べたい飲み物も食べ物も。

着たい洋服も居心地の良いソファーやクッションも。

出し入れ自在に現れるのだ。


(まぁ、食べなくても寝なくても死なないんだけどね)




何故なら、私は、もう『死んでる』から。




ある仕事帰りのこと。

暴走自動車にはねられて、私はあっけなく死んだ。

の、だけれども。


たまたま、とある仕事の人材補充のためうろうろしていた神様の御使に声をかけられ、私は、ここにやって来たのだ。


お仕事は『読書』。


神様の管理する幾つかの世界の本を、興味のあるものから好きなように読みまくるのがお仕事なのだ。

なんだそれ?って思ったあなたは、まさに当時の私。


首を傾げる私に御使さまは厳かに告げたのだ。


神様は忙しい。


いちいち本なんて読んでいる時間はないのだ。

だけど、自分の管理する世界から発生した文化なので、把握していないのはまずい。

今後、役に立たない知識だとしても「知って」いるのといないのでは天と地ほどの違いがあるのだ。


そこで、代わりの人物が読む事で、その読んだ内容を神様が自動で認識できるようにしたそうだ。

つまり、私は神様のスキャナー的存在へと就職したわけである。


自慢にもならないけれど、私は自他ともに認める活字中毒ってやつで、紙媒体でもデジタル媒体でも拘らないけれど、暇があれば何かを読んでいたい人だった。

学校通ってた時のあだ名は、「図書室の主」。

姿が見えないと思ったら必ずそこにいたし、手には常に何かの本を握っていたかららしい。


そんな私に御使さまの勧誘は悪魔の誘惑に等しかった(って言ったらのちに怒られた。神の御使に悪魔とは何事かと)。


1日中、本が読める。

しかも、自分の好きな物を。

一応肉体はあるけども半分霊体のような物だから、食事もトイレも睡眠も必要ない。

まぁ、嗜好の一環としては嗜むことはできるそうだけど。

それってなんて俺得。


断るわけもなく、即決だった。


こんな変わり者の娘を、大切に愛しんでくれた父母兄よスマン。

最後に人の為になったんだし(暴走自動車から隣に立ってた妊婦さん守って代わりに死んだんだよね……)許して。

娘は幸せに読書三昧してるので。


ってのをオブラートに包んで夢枕に立ってみたので、まぁ、心残りもないし。

父母兄、苦笑してましたがね。





そんな感じで幸せな時間を過ごしてたら、アッとゆう間に10年過ぎて。


御使さまがやって来た。


「勤続10年、おめでとう。ご褒美に欲しいものある?」


あ、ちなみに御使さまはキラキラ金髪に青い目の天使さまです。目に眩しい美形です。テンプレ乙。


「いやぁ、今のところ満たされてるんで特に」

だって、読みたい本はジャンル問わずに出てくるし、本の内容ちょっと試してみたいなぁ、って思ったら材料出てくるし(料理とか手芸品とかね……)。

人をダメにするクッションもあって、ついでに旨い酒とツマミがあれば、もう、あとは欲しいものなど何もない……。


「てわけで、続き読みたいのでお引き取りください」

バイバイと手を振って本に目を落としたら、視界の端でちょっと涙目になった御使さまが見えた。

打たれ弱いのかな?


「じゃあ、読んだ本の知識吸収率一律あげとくから。より強く興味を持って読んだものは熟練度もつけとくから」


何か聞こえたぞ?

それはこの間なんとなく読んで、衝動的にチャレンジしたレース編みのガタガタさを皮肉ってらっしゃるんでしょうかね。


うっさいほっとけよけいなおせわじゃ。




ちなみに御使さまの言ってた「知識吸収率」「熟練度」は、記憶と再現の事だったようで。

ムキになって読みまくったレース編みの技術はメキメキとあがったさ。

なんか悔しかったので、次の10年目の時に総レースのドレス的な物をプレゼントしてみた。ら、普通に喜ばれてさらに負けた気分になったけどね。




100年目に「特別ですよ」と好きな世界で1ヶ月遊べる権利をもらった。

けど、本読むのに忙しかったので別に行かなかった。

だって好きな物自由に出せるのに態々現場まで行かなくても、ねぇ。


ら、110年目に「エスコートしてあげます!」と無理やり連れ回された。

まぁ、目の前で焼かれたお肉は美味しかったし、沈む夕日は綺麗だった。久しぶりに視覚を文字追うこと以外に使ったわ。


素直に「楽しかった」と伝えてみたら、その後は10年毎にボーナスとは別に連れ出されるようになった。

若干面倒だったけど、まぁ、10年に一回と思えば楽しくもあったので付き合った。

気分は休日に家族サービスするお父さん。




350年目に「移動になったので担当変わります」と最初の御使さまにご挨拶され、その後は10年単位も100年単位も電話(念話?)通達のみで、時間だけが過ぎていった。


読書係だけで常時100人近くいるらしいし(会ったことないけど)、意外と入れ替わり激しくて(だいたい100年前後?)新人補充も大変らしいので、文句も言わないベテラン枠な私が放置される、のは分かるけどちょっと放置されすぎじゃないかな?


最初の引き継ぎの挨拶以来顔見てないから新しい御使さまの顔、忘れちゃったんだけど。


ま、困ってることないし良いか。




記念すべき1000年目。

ふと思いついて御使さま達の書籍も見てみたいと願ってみた所、あっさりと叶ってしまった。


1000年目ボーナススゴい!


と言っても娯楽的な物はほぼ無くて、書類や取説チックなものがほとんどだった。コレって本のカテゴリーなの?

創世の手順書、みたいなものまであって「コレって本当に?」と思いつつ興味本位で読んでしまった。

メッチャ煩雑で面倒だったので、創世手伝いだけは行きたくないと真剣に思ったものだ。


だって100年単位で不眠不休の超絶ブラックだったし。

エリートコースで次期神候補の登竜門らしいけど。おまけに付け加えれば、私をスカウトしてくれた御使さま、そこに移動したみたいだけど……。


私は一介の読書係で満足です。


あ、ちなみにとある御使さまの書いた報告書が面白かった。報告という名の仕事に対する愚痴だったんだけど非常に面白かった。創世の闇を見たって感じで。





2000年過ぎたあたりから、ふいっと暇になってきた。

書物って文明の証だよね。

そもそも、文字が発明されなきゃ存在しないわけだし。


そしたら、ね。

やっぱり無限にあるように思えた本も有限だったみたいでさ。

底が見えてくるんだよ。


神様管理してる世界で、現在文字文明まで進化した世界2つあるんだけど、知的生命の思考回路ってどうも似た方向に行くのか、カブる話は出てくるし、そこから自分の興味の出る分野となるとさらに限られてくる。


手をつけてなかった分野にも手を出してみたけれど、心から楽しいかといえば微妙だし、そうなると飽きるのも早い。まぁ、読むけど。


何回目かのボーナスで瞬間記憶能力的なものを貰ったせいで、一回読んだものは、「あ、コレ読んだ」ってなるのも痛かった。


それまでは、100年くらい間あければ一回読んだくらいじゃ内容うろ覚え〜〜になってたのに。

余計な能力を〜〜と、返却を希望したけど、一度つけた能力は取り除けないそうだ。


おかげで推理小説やトリック系は読み返しが出来なくなった。

中身が分かってるびっくり箱を開けたって面白くないやい!


つまり、何が言いたいかというと、読む本がなくなった。

新刊待ちでジリジリしながら、過去の本をパラパラめくってる状態。

うん。暇。




そんな時、ふと。


最初の御使さまが、私を連れ回した時に溢してた言葉を思い出したんだ。


「人の生き様こそが、なによりも面白い物語だ」って。

煩雑で汚くて、だけど、健気でひたむきだ、と。

言葉で綴ると、どうしても起承転結を作り綺麗にまとめてしまうから、直に見なければ分からないこともある。

歴史書では1行で終わってしまう場面も、その裏にはあらゆる人がいて、それぞれの思いを持って生きているんだと。


「見てみようかな。文字じゃなく生で綴る物語を」

初めての本の表紙を開く時の高揚感に似た何かが、じわりと湧き上がってくる。

予想外の展開に驚かされ、憤り、涙する、そんな時間を見てみたい。


幸い10年ボーナス特典の積み重ねで「地上に降りれる日」は、山のようにあるし。

某職場の有給のように消えることもなく、ただひたすらに積み重なった日数は優に人1人の人生分は達していた。


「うん。ちょっと行ってみようかな?」


気になってチェックしてる新刊が出るまで後2週間。

暇つぶしにはなるだろう。

そんな軽い気持ちで、私は、この部屋に来てから初めて『外』へと足を踏み出した。








「神様、少しご報告が」

最近作った世界で、ようやく知的生命体が誕生しそうだとバタバタしている時に背後から声をかけられ、少しムッとしながらも、幾つかの作業に散らばっていた意識の1つをそちらへと向ける。


多重思考を極めているので、そんなことも可能なのだ。

というか、忙しすぎで一つ一つやっていたらとてもではないが間に合わないのだ。


「最近、複数世界の信仰心が局地的に爆上りする現象が続いてまして」

信仰心?爆上り?

気になるワードに、もう少し意識が引っ張られる。


自分のような存在にとって「信仰心」とは甘いお菓子や栄養ドリンクのように、なくても困らないけどあったら嬉しいいわゆる嗜好品である。

たまに無性に欲しくなって、奇跡を起こしてみたりするんだけど、はて?最近そんな指示出したかな?


「気になって調べてみたら、どうも読書係aak3024号、個体名『さくら』が下界に降りて干渉しているようでして」


は?読書係?


読書係とは、確か文明の中で生まれた書物を楽して取り込むために、自分の代わりに読んで貰う存在だったはず。

文字を読む事を苦としない魂をスカウトして、辞めたくなったらすぐに解放するのを根底条件に働いてもらって、職業環境改善の為なんか細やかな特典をつけるようにしてたけど、複数世界に干渉できるほど権限与えてたっけ?


首を傾げると、御使が少し困り顔で肩を竦めた。


「それが、大体100年前後で辞めていく人の中で、どうも2000年越えの魂が居たようで。普段なんの主張もなく大人しくしていた為、管理係もすっかり存在忘れてたみたいです。オート機能で勤続10年ボーナスや100年ボーナスを付与し続けた結果、能力的に私達と然程差がないほど成長してしまっていて、ですね……」


チリも積もれば‥…って、こうゆう時に使うんですかね‥…と、遠い目をする御使に、遂に意識の半分が持っていかれた。


いや、でも確か読書係って遊びに行ける希望の世界は一つだけ、とか。定められた一定ライン越える干渉をしたくなった場合は、その世界に転生する事、とか制約なかったっけ?

記憶を探りつつ首を傾げれば、ふよりと御使の目が泳いだ。


「それが、本人特に希望が無いとの事でオート設定していたボーナスを順次与えてたんですが、1000年超えたあたりでオートのネタが終了しまして、誰かが適当に我々御使クラスのボーナス一覧を纏めてスキャンしてしまったらしく……」


おいおい。

それって大問題じゃないか?誰だそんな雑な仕事したの‥‥と、意識してその頃の記憶を探ると………。

あ、私だ。

報告受けた時、別の事で立て込んでて上の空で返事してるわ。挙句にたまたま手近にあった一覧を中身も見ずにスキャンしてた。

何してんの、私!?


いやいや、言い訳させてもらうとその時一つの文明が未曾有の大災害で滅亡するかしないかの瀬戸際でね?

滅亡か存続かの会議と報告書と山でそれどころじゃなかったというかね?


改めて一覧確認してみると、複数世界への干渉も許可しちゃってるな。干渉上限も御使レベルまでは解放されてるし、タイミング良ければ死者の甦りも可能なんじゃ無いか、これ?


「………信仰心が上がっていると言う事は『悪い』事はしてないと言う事だな?」

久しぶりに声出した。少しかすれてるな。使わないと神の肉体とはいえ劣化するのか。新発見だ。


「そうですね。とある魔法が使える世界では瀕死の人間を治癒魔法で救ってみたり、砂漠化の進む国で乾燥に強い植物を提供してみたり。幸か不幸か、文明がそれほど発達していない世界を巡っているようなので、「神の奇跡」と解釈されて、結果信仰心が上がったみたいですね」


「では、しばらく様子見で良いだろう。人手を割かずに信仰心が上がるのなら此方としても問題はないし、読書係は他にもいるから、1人ぐらいチョコチョコ抜けたところで大丈夫だろう」


「………では、そのように」


そうして、神の許可のもと放置続行された読書係aak3024号、個体名『さくら』。


その後も、好みの本がないならば、書いてくれる人を育てれば良いんじゃない!と作家を育てようとしたり、捨てられた王族拾ってみたり、と、楽しく「人の綴る物語」を観賞していく事になる。










剣と魔法のファンタジー世界、最高だね!

困った事は魔法で解決。

どこかのボーナスでもらった能力のおかげで、魔法書熟読したら、全属性最高ランクの魔法も使えるようになったしね。

神様図書館、どんな秘匿された魔法書でもお取り寄せ可能だから読み放題だし。


「魔の森」的な場所に、結界張ってお家作って、拾った子供を育てながら、お仕事部屋(笑)で今まで通りに本も読みつつ。

あ、読書に集中しすぎて時間を忘れても大丈夫。

タイムワープで元の時間に戻れば良いから。

わーい、何でもありだね。


ちなみに育ててる子供はどこぞの王国の王様のご落胤だったり、迫害されてた魔族と人のハイブリットだったり。


見守り甲斐がありそうでしょ?

適度に知識を与えつつ健やかに育ってるよ?

可愛いよ?


ただ、やり過ぎはよろしくないので程々にね。

いずれは人の世界に帰すよ?

人は人と関わってこその人生でしょう。

私が言うなって話だけどさ。


だって、森の隠者の話を延々眺めててもあまり面白くないしね。

巨悪を倒せとまでは言わないけど、ちょっとした冒険とか恋愛とか、見たいよね。

せっかくの美男美女予備軍なんだし、うちの子達。


いってらっしゃい。

お母さん、ここで死なないように見守ってるからさ。





育ててリリース。

そして観察。並行して相変わらず読書。


私的に非常に充実した日々。たまに自分も旅してみるのもまたオツな感じで。


そんな日々の中、育った子供の1人に『捕まって』『食べられ』そうになったり。

無事に神格化した元御使さまと再会して助手にスカウトされてみたり。










物語は生まれていくのである。



読んでくださり、ありがとうございました。


本を一回読む→熟練度1〜10な、感じ。何度も同じ本を読むことで熟練度が上がっていきます。

人間、力を手に入れたら試したくなるのが普通だと思うので、ある程度の年数経つと地上へと降りていっちゃいます。

後、基本、読書係同士の交流は無いため、孤独に耐えられないってのもある模様。


諸々平気な主人公は、どこか壊れちゃってます(笑


そして、作中でもチョロッと書きましたが地上に降りるには、諸々制約があります。持った知識をそのまま全部渡しちゃうと、世界の秩序がめちゃくちゃになる恐れあるので。

なので、本来はそう簡単に「俺ツエエエエーー」にはなりません。



しかし、これじゃほぼプロローグですね(笑

その後の主人公のアレコレは皆様の脳内構成でよろしくお願いします。


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