7話:完全主観モノ
―――がちゃり。
「し、しゅ、すっ、すっっごーーい!!! 本当に力圧ししちゃうとか、考えもしなかったよ!」
「――ああ」
「これってさ? 若しかして、もしかしてなんだけど、どさくさ紛れに魔王も倒しちゃってるんじゃないの!」
「――だとしたら役得だな。だが――」
「だが?」
「それでは、俺が納得できない」
「えっ!?」
風雅が納得いかない、ってどういう意味なの?
魔王と戦いたい、って事なのかな?
まぁ、矢鱈と自信家だし、あれだけ凄い力を持っていれば、魔王と腕試ししてみたい、ってのも何となく分かるけどさ。
「ラヴ!」
「!? は、はい?」――な、なによ、急に。
「直にドグラマグラが現れる」
「ああ~! やっぱり、魔王、健在だよね~」
当たり前、か。
居城が倒壊し、その事故に巻き込まれて死亡する魔王、ってのも考え難いしね。
でも、少しは期待しちゃうよね。
この被害によって、ほんの少しでも魔王本人が損傷負っていてくれれば助かるんだけど。
「奴を決して見てはいけない」
「え!? どういう事?」
「そして、俺も見るな!」
「え? えーっ!? な、なんでよ!」
見てはいけない?
魔王を? 風雅も?
なんで?
なんで急に、そんな意味不明な事を云うの?
「ドグラマグラも俺も、共に見るな。聴くな。嗅ぐな。感じるな!
目を閉じ、耳を塞げ。五感を、知覚を、感性を、もし、女神特有の超感覚があるのであれば、それさえ閉ざすんだ」
「ちょっ、ちょっと~! そんな器用なマネ、出来ないよ!」
「なら、――5分、だ!300、数えきる間だけ、俺が匿う」
「え!? ど、どーやって?」
「――今は云えない。権能の一つ、そう考えておけばいい」
――おかしい。
まるで、焦っているかの様。そう感じさせないよう取り繕おうとはしているけど、微かな焦燥感を見てとれる。
限定解除した時とも違う、なにか。
この違和感――
なにか、なんかしらの危険を背負っている、そんな印象。
つまり、――危機。
危機的状況に置かれている、そういう事なんだ!
それなら、――
――あたしが取る選択は唯一つ、
「分かったわ。風雅の好きにしてちょうだい……」――委ねる、彼に。
あたしが――
非力な女神のあたしが出来る事は、勇者を――風雅を――唯、信じる事だけだから。
「――物分かりがいいな。すまない、5分だ。5分間だけ、君を一人にする。必ず、終わらす。だから――」
「……待ってる」
「――……」
――の権能発現!
300秒の間だけ、ラヴをいないものとする!
―――見抜くぞ!
パンパンパン!
玉座にあって拍手が響く。
現れたな、魔王。
待っていたぞ。
「見事、――だ。余が顕現せし魔城“死屍累々”を地形ごと消し去るとは。お蔭で、――」
「城にあった余の配下は一人残らず死滅した、――だろ?」
「――城にあった余の配下は一人残らず…………」
ドグラマグラの黒々と鈍く光る柘榴色の瞳が三白眼気味に上向く。
「……なにをした?」
なにかしたではなく、なにをしたに変わったな。
そう、――
――それでいい。
既に終えた気付き得ぬ事象への吐露。それが関心を抱く対象への疑問形へと変わった。その機微が糸口。
そして、――
――冴え。
言葉尻、その僅かにさえ気付き得る今であるからこそ、見逃さない。
その柘榴を思わすお前の左目。罅割れた傷を伴ったお前の左顔面に、その瞳は確かに存在している!
両の眼差しで俺を、俺の姿を追っている。
ああ、断じてお前は隻眼等ではない――
―――推考。
繰り返す時の中、何故、お前は常に俺を視認出来たのか?
俺の権能を、その効果を知らぬ儘、時閒停止で時を止めていようと、淨玻璃鏡による不可視存在であろうと、お前は確実に俺を追っていた――
――少なくとも、そう見えた。俺にもラヴにも。
にも関わらず、肝心な時に、お前を見失う。俺もラヴも。
お前の姿を喪失し、次に確認し得た時、俺には確実な死が待っている。
瞬きをする遑さえなく、俺に死という結果が訪れる。まるで、逆に時を止められていたかのように、不可視を使われていたかのように。
この二つに共通しているのは、観測者の存在。
お前を観測する者、俺とラヴ。
併し、ラヴは俺を、俺はラヴを、観測し得る。そしてそれは、お前も。
お前は俺とラヴを観測し、俺はお前とラヴを観測し、ラヴはお前と俺を観測し得る。
この時、お前を見失う観測者が一人だけ存在する。
――それは何よりも、お前自身。
お前自身の観測、即ち、お前の主観による視点において、お前自身は観測されない。恰もお前自身が存在し得ない、そんな画角が目の前に展開される。
解答、――ドグラマグラ、貴様の権能の正体は、主観操作系――
―――斯くの如し。
権能の齎す大凡の効果は理解かった。
後は、どう“攻略”するか。
ラヴをこの場から隠したのは、観測者の数を最小にする為。
俺はお前を、お前を俺を、互いに見るしかないこの限定環境であればこそ、攻略の糸口が見付かる。
凡そ、こいつの権能には、物理、が伴う。
それが、奴の左目。
奴が権能を発現する時、奴の左目はその権能の効果にある者の左目と置き換わっている。
死にゆく俺を見守るラヴの目が赤かったのは、泣きじゃくったからではない。少なくとも、左目のそれは、泣き腫らした故の赤ではなく、お前の瞳の色、柘榴だった。
物理を伴うのであれば、俺自身が目を潰しても意味はない。
奴の左目を俺の眼窩に置かれるだけで主観を失う。
権能を使わせる前に倒す、これが一番。
だが、それは無理な話だ。
何故なら――
今、俺が直視しているのはドグラマグラではなく、
――俺本人なのだから。
ああ、既に使われていたよ、奴の権能を。