3話:S.O.D. 要求に応じて柔軟に
「よし、このまま魔王の城“死屍累々”を目指そう」
「ひぃ、ひぃ……ちょ、ちょっ、ちょっと待ってよ!」
「どうしたのだ?」
「のだ? じゃないわよ! 疲れちゃったの! 少し休ませてよ!」
「――5分、だ」
「? 5分? ごふん、ってなに?」
「……0、数えろ」
「えっ? なんて云ったの?」
「300、数えろ」
「なにそれ?」
「300数え切る迄、休んでもいい」
「すくなっ!!!」
不渡の海ことアズライグル海峡をまさか、歩いて、ううん、走って渡りきってしまった。
朝、出立して今、昼下がり。飲まず食わずのぶっ続けで走ってきてヘトヘト。
あたしはアスリートじゃないっつーの! 女神じゃなかったら途中で絶対へばっちゃってるよ。
抑々、風雅は大丈夫なの?
長時間走ってきた事よりも、あの時間停止って能力。あんな化物染みた力を使い続けて平気な訳? けろっとしてるし、杞憂かな。
それよりも――
【界抑止力】、大丈夫かな?
世界の定説が覆されると“歪み”が生まれる可能性がある。ナグルマンティ的に不渡の海を渡ってしまったという行為が、英雄的行為として受け取られるのか、それとも不正行為として受け止められるのか、女神のあたしですら分からない。
――神性介入だけはご勘弁を。
「――そろそろ、行くか」
「ちょっとー! あたし、まだ200くらいしか数えてないんですけど! それに……」
「それに?」
「魔王ドグラマグラの事、なんにも知らないでしょ、風雅は!」
「――知らん」
「魔王の居城に行く前に、なにかしらの情報や手掛かりを掴んでおかないと」
「――いらん」
「イラン?」
「必要ない」
ちょっ――
こいつ、なに云っちゃってるの!
魔王相手に徒手空拳で挑むつもり?
一体、何人の勇者が奴に倒されてきたと思ってるのよ。
「あのね? 魔王ドグラマグラは脅度4<恐怖>に該当する本物のバケモノ、真の脅威なの。今迄、何百人もの選ばれし勇者達が奴の魔の手に倒れたのよ」
「その勇者達の中に、俺はいない」
「……そりゃそーだけど。イキッてるだけじゃ奴を斃せない」
風雅はポケットから矩形の金属の板を取り出し、指先でそれに触れる。
ぽうっと板一面が淡く光り、それをこちらに向ける。
「? なにそれ?」
「通信端末だ。画面をよく見ろ」
「?? 99?なに、この数字?」
「今迄、俺が勇者として召喚され、攻略した異世界の数だ」
「!? ウソ、でしょ……」
俄には信じられない数。
勇者の召喚が必要な異世界と云えば、その世界には略確実に魔王が存在している。中には、魔王が複数存在している世界もあるだろうし、魔王を超える脅威が存在している世界だって考えられる。
そんな異世界を、99箇所も攻略済み、って事なの?
もし、それが本当ならこいつ、絶対者級じゃない!
「……恐怖相当の魔王、斃した事あるの?」
「無論、だ。恐怖であれば、下準備や前段取り、攻略アイテム、加護、謎解き、支援者無しでも権能を駆使すれば勝てる。多少、頭を使う必要はあるだろうし、相性によっては苦戦する場合もあるだろうが、よく見て闘えば問題なかろう」
「そんな漫然とした魔王攻略法なんて聞いた事ないんですけど!」
「“要求に応じて柔軟に”、それが俺の攻略法」
「なに、その“高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に”みたいなしょーもない作戦はッ!?」
「ああ、大丈夫。作戦名は<おれをだいじに>だ」
―――――
聳え立つ険しい山肌。上空には翼竜が群れをなし飛び交う。その麓。
黒耀石を削り出したかの様なその城郭風の建造物の至る所に蟹足腫を思わす生物の病変らしきものが蠢いている。血管にも似た脈打つ刻印が無数に這い、ドス黒い液体や煙を噴出させている。
偏に、怪奇的。
そう、それこそが――
――魔王の居城“死屍累々”。
本気ですか……。
本当にきてしまった――
魔物や魔王の部下と思しき類との遭遇もなく、唯々只管に歩み続け、拍子抜けする程淡泊と、つい迂闊と、辿り着いてしまった。
苦闘も難敵も謎解きもなく、頼もしい仲間を得る事もなく、掛替のない出会いもなく、伝説の武具を手に入れる訳でもなく、魔王の秘密を探る事もなく、始まりの街にさえ立ち入る事もなく、物語も哀愁も達成感もなく、卒然、思い立ったが儘、済し崩し的に、一気に最終攻略目標に到来。そして、魔王に挑戦。
有り得ない――有体に云って有り得ない。
「着いた、な」
「……着いちゃったよ。ありえないんですけどー!!」
「なにが、だ?」
こいつ、どうかしてる。
なんの苦労もなく、このナグルマンティ最凶の敵の居城に辿り着いたっていう事実が出鱈目過ぎる。
「今迄、数多の勇者や英雄、強者達が魔王ドグラマグラを倒そうと挑み、志半ばに散っていったのよ! こんな魔王の手の者と一切出会さない様な超幸運に縋って辿り着いても、倒せる筈がないわ」
「幸運? なにを云っているんだ?」
「群生している筈の魔物や化物、魔王の軍勢や手下と全く遇わずに此処迄辿り着けたのは、ラッキー以外の何モノでもないでしょ!」
「――成る程。そう感じていたのか」
「当たり前でしょ!」
風雅は示指を立て、妙に芝居がかった態で小刻みに振り、
「幸運に縋ったのではない。技能と権能を併用していたのだ」
「え?」
「第貳の権能<淨玻璃鏡>。不可視の固有空間を作り出し、移動出来る。空間内部から外を見る事は出来るが、外界から内側を観測する事は出来ない。つまり、俺達を発見する事は出来ない。例えるのであれば、MM号に乗って移動していた様なもの、だな」
「……その例えの意味は全然分からないんだけど、要は敵に露見ずに来られたって事?」
「そうだ。スキル“超絶知覚”を発動させ、視力や聴力を向上し、それらしきものを先んじて見付け、敢えてそれらを避けてきたので敵との接触そのものを回避してきた。併用する事で、万が一にも気取らせる事がない万全の極秘旅が出来た訳だ」
「……そーいうの、最初に云っておいてよ」
云われてみれば、海峡は一直線に踏破したのに上陸してからは彼方此方くねくねと歩いてきた。こいつなりに警戒をしてきた、という訳ね。
ほんの少しは考えているみたい。
という事は――
「ラッキーに頼った訳じゃないってのはよ~く分かったわ。だったら、この魔城の攻略法も既に何か考えているのよね?」
「――ああ」
「なになに? 教えて!」
「――特に、ない」
「えっ?」
「特別、何か考えてはいない。強いて云えば――」
「云えば??」
「――力圧し」
「!? …………っぇぇえええ゛ーーーッッッ!!!?」