1話:急がば回らず直進行軍!
「それじゃ~、この世界“ナグルマンティ”の説明を簡単にしておくわね~……
……――って、その前に素っ裸じゃ、あたしが恥ずかしいから、今、服、用意するね」
胸元に斜に掛けたポシェットから男性物の服を一式取り出し、風雅に手渡す。
服を受け取った風雅は不思議そうな表情を浮かべる。
「どうしたの、風雅?」
「――その小さな鞄に、どうやってこれだけの服や装備を容れていたんだ?」
「ああ~、コレ? これネ♪ コレは女神器の一つで“四次元ポシェット”っていうの」
あれ?
質問、それだけなの?
一気に興味を失ったみたい。
って、あたしが取り出した服を用心深く眺めているけど、なに? どーしたの?
もしかして、趣味に合わない、とか?
お洒落さんって、ファッションへの拘りとか強いから、気に入らない服とかに袖を通したくないのも分かるけどさ~……
でも、全裸よりはマシでしょ?
「――……」
「どうしたの?」
「……――クンクン」徐に服の匂いを嗅ぎ出す。
「えっ! えっ!? なになに?? どーしたの、風雅!?」
「――お婆ちゃん家の臭いがする」
「? ナフタレン?? えっ、それなに? なんなの??」
「ザッツ・オール! なんでもない」
情熱女神翻訳の常時スキル発動でコミュニケーションは問題なく取れるんだけど、どうにも別世界の固有名詞が上手く訳せない。
多分、あたしの残り香、要は、いい香り、って意味なんだろうけど、もう少し翻訳精度の向上が必要ね。
女神聖典に単語登録しておこう、「女神のいい香り=お婆ちゃん家の臭い」、と。これで良し!
あ、着替え終わったみたいね?
――あら、ヤダ!
ちょ~似合ってるんですけどぉ~!
いや、そりゃさ? 風雅に似合うんじゃないかな~、って思って取り出した服な訳なんだけどさ?
まさか、さ? 想像よりも恰好良く着こなすとは思ってなかったのよ、流石にさ。
う~ん……――イイッ! 早く、隣りに並んで冒険したーい!
手とか繋いで、さ? 勿論、恋人繋ぎ、だよ?
キャーッ! 想像したら恥ずかしくなった!
ちょっと、顔赤くなってるかも?
フヒヒ、照れるわ~♪
「ラヴ、着替え終わった。早速だが――」
「ん? ん? ナニなに?」
「――魔王を倒しに行こう」
「うん♪ よし、行こぉ~――……って、ちょっと待って!」
「どうした?」
「いやいや、どーした、じゃなくて! まだ、魔王の事とかなんも説明してないし。それどころか、ナグルマンティについても風雅、なにも知らないでしょ?」
「確かに、な。だが、鉄は熱いうちに打て、と云うだろう?」
鉄は熱いうち、に?
何それ? 慣用句? 諺? なんかの格言とか?
どーゆ~事? なんでいきなり、“鉄”が出てきたの? 金属についてとか、今、話してなかったじゃん!
ああ~、鉄製の武器に火炎属性を魔術付与するってこと?
――でも……えー!? 魔王相手にそこら辺の鉄製の武器使っても無駄だよ~。火の力を込めたところで、掠り傷だって与えられないよ。
もしかして、風雅の元々いた世界って青銅器文明くらいの技術水準なのかも?
う~ん……だとしたら頭ごなしに、そんなショボい武器じゃ魔王を倒せる筈がないでしょ、とか云っちゃ悪いよね……。
「えーとね、風雅。鉄の武器とかじゃ、魔王を倒すのは難しいと思うんだけど……」
「――だろうな」
「えっ? だろうな、って」
「だが、安心してくれ。俺の意志は鉄よりも固い。鋼鉄、否、金剛石の意志、だ。俺には鉄よりダイヤモンドの方が良く似合う。そうだろ?」
「…………ちょっと意味分からないんですけど、少しだけ黙って聞いてね?」
「ああ、勿論、さ」
あたしが悪いのか、翻訳の調子が悪いのか、それとも風雅の頭が悪いのか、原因はよく分からないけど、この人、聞き分けはいいみたい。
取り敢えず、この好機を逃してなるものか!とっとと説明しなきゃ。
全く分からない状態で魔王討伐とかされても、すぐにやられちゃうだけだもん。聖召石使い切っちゃって召喚出来ないから、すぐにやられちゃったら困るんだってば!
「風雅、あっち見て!」南の方角を指差す。
「――ああ。大河、か?」
「あれは河じゃなくて、アズライグル海峡っていう海なの。別名“不渡の海”。その先、微かに見える山影の様なものが見えるでしょ?」
「うむ、云われてみれば、確かに見えるな」
「そう――、あれこそがこのナグルマンティを恐怖のどん底に陥れた“魔王殺しの魔王”ドグラマグラの棲まう居城“死屍累々”。近くて遠い煉獄の大地」
「なるほど。確かに、近い、な」
「でしょ?」
「ああ、あれなら海を渡ればすぐにでも魔王退治ができるな」
「うんうん……――えっ?」
あれれ?
もしかして、あたしの聞き間違い、かな?
それとも、あたしが云い忘れたのかな? アズライグル海峡は渡れないって。
「えっとね、風雅。アズライグル海峡は決して渡れない海なの。別名……」
「不渡の海、だろ」
「そう、正解! 不渡の海! ――アレ? あたし、云ったっけ? 云ったよね? それ、知ってるって事は云ったって事だよね?」
「ああ、そうだ。そう聞いた」
云ってたじゃん! やっぱ、あたし、云ってたじゃん!
あ~、説明不足か。
とんとんとーん、と説明しないとコイツ自分の世界に入っちゃうから、ちょっと先走り過ぎたかもね。もう少し、丁寧に説明しなきゃ、だね。
「アズライグル海峡はね、決して渡る事ができない海なの。
過去、何十年何百年もの間、何百人何千人もの屈強な海の男達であってさえ、この海を乗り越え向こう岸に辿り着けた者は一人もいないの」
「なるほど。だが、かつて挑んできたその男達の中に俺は入っていない」
ちょっ……――
そりゃそーでしょ! あんたはさっき、あたしが召喚したばっかなんだから。
「兎も角、ネクロニグロに辿り着く為には二通りの方法しかないの。一つは西の大陸に向かい、その儘南下して縦断し、海路で北を目指す。もう一つは東の大陸を目指し、陸伝いでぐるりと回る陸路」
「その方法だと魔王の居城に到着する迄、どれくらいの時間がかかる?」
「えっ? う~ん……はっきりとした事は云えないけど、距離的には順調にいって2、3年ってところかな?
険しい山道や不毛の大地、湿地帯や大森林、砂漠やなんやと道なき道を進まなければならないだろうし、路銀や物資の調達、情報収集に謎解き、魔王討伐の有志を募ったり、魔物や魔王軍との交戦も考慮すると最低でも5~7年くらいかかると思った方がいいかも?」
「悠長過ぎる。却下だ」
「エーッ!!」
却下、って。
じゃー、どーやって行くつもりなのよ?
ちょっとこの人、性急過ぎるんじゃない?
「――矢張り、アズライグル海峡を渡る」
「…………あのね、風雅。アズライグル海峡は本当に誰も渡れないのよ。
潮流の関係で舟を出しても進めないし、仮にほんの少し沖に出られたとしても天候が荒れやすい上、高波が頻発、磁石も狂うし、海棲の魔物も頻繁に出没するの。海水温も低いから投げ出されたら、まず助からない。流れが速く漂流物も多いから、どんなに頑丈な船を作っても、渡る事は不可能だわ」
「なら、空を飛んで行けばいい」
「ええーっ!? どーやって空を飛ぶつもりか知らないけど、それも無理。
海峡上空は常に突風が吹き荒び、西から飛来する砂塵のせいで鑢の中を進む様なもの。さっきも云った通り荒天に見舞われたら稲妻に打たれる可能性も高いし、冬場だったら凍えてしまうわ」
「舟も駄目、飛んで渡るのも駄目、という訳か」
「そう、そういう事。これはもう、ナグルマンティに定められた大前提みたいなもの。海の水がしょっぱいのと同じ、それくらいの必然なの。
これを【界抑止力】と云うの。分かり易く云うと“定説”ってヤツ。
人間が、生命が、例えそれが選ばれた勇者であったとしても、曲げる事の出来ない絶対的なルール。そしてそれは、魔王も同じ。だからこそ、魔王も海峡を渡って来れないし、この地が未だ平和を維持できている理由になるの」
「――……」
あっ、――黙っちゃった。
うーん、云い過ぎたかな?
でもね、それくらい海峡を渡るってのは不可能な事なんだよ。
あたしが女神で、あなたが女神じゃないってのと同じくらい、これはもう当然の事なの。それがこのナグルマンティのルール。
「――理解かった」
「分かってくれた?」
「ああ、攻略した」
「? なにを??」
「海峡を渡る方法、だ」
エエーーッッ!!?
まだ、性懲りもなく、海渡るつもりなの!?
ったく、なに考えてんのよ。
そんな自信あるってんなら、その方法、教えてみなさいよ!
「どうやって渡るつもりなの?」
「歩いて渡る。走ってもいいがな」
「――え゛え゛っ!!? ど、どっ、どーーやってよ???」
「左足を一歩踏み出す。その左足が沈む前に右足を踏み出す。踏み出した右足が沈む前に今度は左足を踏み出す。
これを繰り返せば、自ずと水面を歩む事が出来よう」
……――
あー……
――あたしも、気付かっちゃった。
こいつ、アホなんだ――