さつきとカンタ
初めて投稿します。
拙い文章ですが、楽しんでもらえたら嬉しいです。
部屋に入ると、そのまましゃがみ込んだ。
ぽたり、と、透明な雫が膝に落ちる。
一粒落ちると、次々と涙が溢れてきた。
胸が痛い……
息ができない……
さつきは呆然と、流れるままに涙を流していた。
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さつきには、幼馴染がいる。
名前はカンタ。同い年の2人は隣の家に住み、生まれた時から一緒にいるのが当たり前だった。
さつきの母は、とある長編アニメのファンで、家にはアニメキャラクターのぬいぐるみやパズル、マグカップなどが至る所に飾られている。そんな彼女は待望の第一子が生まれた時、迷うことなくそのアニメキャラクターの名前をつけた。
「ナウシカと迷ったけど、5月生まれはやっぱりさつきよね!」と言う母に、5月に生まれてよかった、とさつきはつくづく思う。
夏に生まれたカンタは、父の「夏の太陽を浴びて茂る木の幹ように、大きく逞しく育って欲しい」という想いを込めて「幹大」と名付けられた。
奇しくもアニメ所縁の名前がついた子どもたちに、さつきの母は「生のさつきとカンタ!しかも、幼馴染!!」と、鼻息荒く興奮していたのを、賢夫であるさつきの父は見なかったことにした。
幼馴染の2人は、カンタの弟も交えて3人で遊ぶことが多かった。さつきは鬼ごっこやサッカーを好む活発な性格で、男子と一緒によく遊んでいた。
小さい頃は、気にせずのびのびとしたいように過ごしていたさつきだが、小学校最後の年にクラスの女子から「男子ばっかと遊んでるよね」と言われ、気にするようになった。高学年になり、なんとなく男女の距離ができていたこともあり、男の子に交じって遊ぶこともなくなっていった。
必然、同性の友達と過ごすことが多くなり、おしゃれを気にするようになっていったさつきは、ショートボブだった髪を伸ばすようになった。
カンタも男友達といることが増え、同じクラスにいても会話をする機会は減っていった。
そんなこんなで小学校、中学校と過ごし、さつきとカンタが高校生になる頃には、すっかりただの同級生になっていたのだった。
もちろん、お隣同士なので、家族ぐるみのお付き合いは続いていたが、それが学校生活まで影響することはなかったのだ。
さつきは、その日常が当たり前になっていたが、一方で少し寂しさを感じていた。その理由に心当たりがあったものの、今更どう声をかけていいか分からず、カンタとの距離が縮まることはなかった。
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昼休み、職員室に呼ばれた帰りに、さつきは中庭を抜ける渡り廊下を歩いていた。体育館前の自販機に寄ろうと思ったのだ。
自宅近くにある県立神森高校に入学して2ヶ月、さつきは高校生活を満喫していた。勉強は嫌いな方ではないし、4月に入部した野球部ではマネージャーとして充実した日々を過ごしている。高校から知り合ったクラスメイトのセナと麗奈は、にぎやかで、一緒にいると些細なことも楽しく、ずっと前からの友達のような気安さがあった。
廊下を歩くさつきの髪を風が撫でていく。乱れた髪を手櫛で整えていると、中庭の奥から声が聞こえてきた。
告白、かな…?
昼休みの中庭から聞こえてくる男女の声。すぐそう思って、そっとその場から離れようとした。他人の想いを好奇心で覗いてはいけないと思ったのだ。
高校に入って…いや、中学の頃から、男女の雰囲気は少しずつ変わってきて、誰が好きだとか、あの子とその子が付き合っているとか、そういう話題が聞こえるようになった。さつきは他人事のようにそれらの話を流していたのだが、恋愛への興味がないわけではなかった。ただ、自分にとっては遠い話のような気がして、どう反応していいのかわからなかった。
自分が人を想って、恋い焦がれる姿を想像できなかったのだ。
「…ごめん」
ふいに聞こえてきた声に、足が止まった。
聞き覚えのある声に、思考が停止した。この場を離れなければと思うのに、足が縫いとめられたように動かない。
「好きな人がいる…」
そう応えたのは、間違いなくカンタの声だった。
さつきの足が震える。
心臓が激しく胸を打つ。
さっきまで、暑くて仕方なかったはずなのに、なんの温度も感じられず、さつきはただただ呆然と立ち尽くしていた。
遠くの空に灰色の雲が広がっていた。
6月の初めに梅雨入りしたはずが、雨らしい雨はほとんど降っていなかった。
さつきは、帰宅途中に降り出した雨を見てため息を吐いた。
なんで、今日に限って雨が降るんだろう…。
偶然にしたって、タイミングが悪い。
降り出した雨は、今までのツケを払うように、すぐ土砂降りになった。体を叩く雨粒が痛いほどの雨足に、傘を持っていなかったさつきは、すでに全身濡れ鼠になっている。
はぁ。
今日何度目かのため息を吐き、家を目指して歩く。ここまで濡れていれば、急ぐ気にもならない。
とぼとぼと、俯いて歩いていると、昼休みのことが思い起こされてくる。
幼馴染の告白現場は、さつきに衝撃を与えた。
カンタに好きな人がいる。
小さい頃は秘密なんかなくて、親に言ってないできごとも、ふたりで共有していた。
互いに何を考えているか言わなくても分かったし、したいことも同じだった。したいことと言っても、かくれんぼをするか、おやつに何を食べるか、と言った些細なことであったが。
学校で話さなくなり、家への行き来が少なくなるにつれ、さつきとカンタの間に薄いベールが下されていくように距離ができていった。始めは、よく見れば近くにいることがわかったが、高校生になった今では目を凝らしてもカンタの姿は見えない。それ程に、相手のことがわからなくなってしまった。
自分から離れたのに…。
今更、な自分の気持ちがやるせなくて、目頭が熱くなってくる。
それでもなんとか、家まで持ちこたえたさつきだが、自分の部屋に入った途端、決壊した。
雨に濡れたままの自分に構わず、流れるままに涙を零す。
カンタのことがすき…。
ずっとずっとすきだった。
幼馴染はぶっきらぼうで、ちょっと乱暴なところがあるけれど、小さい頃からさつきの嫌がることは絶対にしなかった。
いつも機嫌が悪そうなのに、笑うと少し幼くなるカンタをかわいいと思っていた。
口数は少ないけれど、おしゃべりなさつきの話をいつもちゃんと最後まで聞いてくれた。
離れてからも、カンタのことを目で追ってしまう自分がいた。
何故か、さつきがカンタを見ていることに気づかれてはいけない気がして、こっそりとその姿を目に映していた。
いつも見ていたカンタの横顔は、後ろ姿になっていた。
どのくらい、泣いていたのだろう。
雨はまだ止みそうになく、遠くで雷がなっている。
着替え、なくちゃ…
体はすっかり冷えてしまっている。シャワーを浴びようと、さつきは立ち上がり部屋を出た。
「…なんで、泣いてる?」
ドアを開けると、幼馴染が、いた。
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シャワーを浴びたさつきは、部屋着のロングTシャツとショートパンツに着替えてリビングにいた。ソファーの定位置に腰を下ろしたものの、居心地の悪さにどうしたらいいのか…視線さえも定まらない。
最近、カンタの母は、家庭菜園に凝っている。野菜を育てるのはいいが家族だけでは食べきれず、度々さつきの家にお裾分けが届けられていた。カンタは、母の使いでたまたまやってきたところ、一階に誰もおらず、さつきの部屋のある二階へ来たのだった。
胡瓜とセロリ、いろんな色のミニトマトを、持ってきたカンタはソファーとテレビの間に敷いてあるラグの上で胡座をかいている。テレビから流れる若手芸人の軽快なやりとりに、観客の爆笑が聞こえてくるが、カンタは真顔でただただ流れる映像を見ていた。窓に打ち付ける雨は、弱まりそうもなく、遠くで雷が鳴っている。
沈黙に耐えきれず、さつきから声をかけることにした。
「カンタがウチ来るの、久しぶりだね。」
「おぅ。」
会話が、終わった…。
カンタは、無口だもんな…。
知ってたけど……。
さつきは、先程とは違う意味で泣きたくなってきた。
前は、どうやって話してたっけ?
どんな話、してたっけ?
考えるさつきに、カンタが振り返った。
「髪。」
「え?」
カンタの声に、さつきはきょとんと首を傾げた。
「…濡れてる。」
さつきの髪は、タオルで簡単に水気を取っただけで、ヘアクリップで後ろでまとめている。
「大丈夫!すぐ乾くよ。」
「相変わらず、適当だな」
「適当って、失礼ね!」
カンタの目元が少し和らいだのを見て、さつきも微笑む。懐かしいやりとりは、さつきの胸を温かく満たしていく。
なんか…、気にすることなかったかな…。
さつきがほっと、安堵したのも束の間だった。
「昼休み、中庭にいた?」
びくり、と体が固まったさつきを、カンタは見つめた。
「…ごめんなさい。」
居心地が悪くて、さつきはカンタの顔が見れず、俯いたまま、ソファーの上で膝を抱いて座り直した。
「なんで謝る?」
「えっ…と。偶然とはいえ…その、見ちゃって…。」
と、いうか、聞いちゃって…。
さつきは俯いたまま、目だけでカンタを見た。
カンタは、こちらを見ていた。
「モテるんだね。」
何か会話をしようとしてさつきの口から出たのは、そんな言葉だった。軽い口調だったから、カンタを揶揄ったと思われたかもしれない。
な、何を言ってるんだ!私!!
さつきは、慌てたが、言った言葉は戻すことはできない。フォローしようと思うけれど、余計なことを言いそうで、口を閉じる。顔が熱い気もするが、青い気もする…。
ますます俯くさつきに、今度はカンタが声をかけた。
「さつきは、好きなヤツいる?」
それ、今聞く!?
焦ったさつきは、つい、ぽろりと言った。
「…多分、いる?」
「多分、かよ」
ふっと、カンタが可笑しそうに笑う。
笑った…。
さつきもつられて、笑った。くすくすと笑うさつきに、カンタが、手を伸ばした。不意の行動に、ピシリと固まるさつき。垂れた一房の髪を掬うと、赤くなった耳にかけた。
「動揺しすぎ…」
「だって、急に」
触れるから…。
言おうとして、雷鳴に遮られた。
「きゃっ!?」
大きな音に驚いたさつきは、思わずソファーからカンタの目の前にずり落ちた。顔を上げると、吐息を感じる至近距離にカンタの顔があった。
2人の目が合う。
まだ幼いふたりが、公園にあるイモムシトンネルで内緒話をした距離だった。オレンジ色の夕日が世界を夜に塗り替えようとしていたとき。カンタが言った。
『おおきくなったらケッコンするぞ』
さつきは、うれしくて元気いっぱい頷いた。
だって、カンタがいれば絶対楽しいから。
だって、カンタといっしょにいたいから。
だって、カンタがすきだから。
さつきは自分のキモチを思い出し、観念した。
だって、しょうがない。
その想いは、自分の身体に染み込んでいるんだもの。
今更、切り離すなんてできない。
できるわけ、ない。
「あのね、多分、じゃなかった。」
吸い込む空気が熱い、気がする。
「…好きな人、いるよ。今、目の前に。」
カンタが切れ長の目を、いつになく見開いてこちらを見てくるのがなんだか可笑しくて、さつきは床についていた幼馴染の手に、そっと自分の手を重ねた。
胸がどきどきしているのに、なんだかじんわりあたたかくて。
好きな気持ちを相手に伝えるって、しあわせな気持ちになるんだな、とぼんやり思った。
重ねた手をカンタが握り直した。
「俺も、目の前に好きな人がいるよ。」
好き、が通じ合うって泣けるんだな。
瞳が潤むのを感じながら、さつきは思った。
ぎゅっと互いの背に腕を回し、抱きしめ合う。カンタの少し高めの体温が心地よかった。とくん、とくん、と、ふたりの鼓動が重なって聞こえる。ふたりでひとつになったような気がした。
「だいすき…」
想いが言葉になって、溢れる。
さつきを抱きしめる力が増し、そして、緩まる。顔を上げると、こちらを見つめるカンタの目にさつきがいた。
そうして、ゆっくりと。
ふたりの唇が重なった。
雨はまだ、止みそうにない。
遠くの空で、雷が光ったのに、ふたりは気づかなかった。
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ある雨の日、幼馴染のふたりは恋人になった。
ふたりの関係をふたりの家族に報告すると、さつきの母は「生のさつきとカンタカップル!尊い!!」と言い、隣にいた賢夫の父は、それを聞かなかったことにした。
カンタの父は、男の責任をカンタに説き、さつきに「パパと呼んでくれ!」と要求した。すぐカンタに却下されたが。「娘が欲しかったんだ!!」と、力説する父には目もくれず、カンタはさつきに微笑んだ。
「これで、公認だな。」
カンタには、幼馴染の恋人がいる。
名前はさつき。同い年の2人は隣の家に住み、生まれた時から一緒にいるのが当たり前で、これからもずっと一緒にいたいと思っている。
永遠を誓う日は、晴れて欲しい。
そうカンタが願ったのは、さつきにプロポーズした、ある雨の夜のことだった。
《Fin》
読んでいただき、ありがとうございました。
いつか、カンタ視点を書いてみたいです。




